死者が、どういうわけか知らないがよみがえる。
突如として故郷で起きた超常現象を説明できる者は誰もいない。
総司に勧められるまま調査書にざっと目を通した土方は、お盆休み返上で県警と仕事をするという彼を置いて役所を後にした。
まだ昇りきっていない太陽の下を歩きながら、黄泉がえりについて思いを馳せる。
甦りではなく、黄泉がえり。
黄泉の国から帰ってきた人たち。
単なる変換ミスなのか、何か意図があってのことなのか、調査書の一番上に書かれていた五文字を思い出して、土方はうーんと唸った。
この、現実離れした事態をどう受け止めればいいのか、判断をつけかねる。
黄泉がえりの人たちの家族は皆純粋に喜んでいたと書いてあったし、信じざるを得ない状況だからなのか、作り話だと思っている者は、少なくとも役所には一人もいない様子だった。
別に長く留まる身ではないのだから、知らんぷりをしていればいいのかもしれない。
だが、素知らぬふりをできない訳が、土方にはあった。
(黄泉がえりか………)
本当に死者が黄泉がえるのだろうか。
調査書を読んだ限りでは、黄泉がえりの条件というのは特に見当たらず、死に方も、死んだ場所も、死んだ時期も、死んだ時の年齢も、皆てんでバラバラだった。
どうしたら黄泉がえるのかは分からないが、もしかしたら、あの人を黄泉がえらせることも可能かもしれない。
そう思うと、土方の胸はさざ波だって、いてもたってもいられなくなった。
「あら、もう帰ってきたの」
実家に帰ると、姉はちょうど昼食を作っているところだった。
「どうせ俺にできることなんざねぇよ」
別に不貞腐れているつもりはなかったが、姉は何を誤解したのか、クスクスと笑って台所に消えていった。
その後ろ姿を見ながら、土方は姉に何と切り 出そうか、改めて考えを巡らせる。
姉には、海外に行くことを伝えなければならない。
総司には言わないで去ることもできるが、姉は誤魔化しきれないだろう。
冷やし中華 を持って戻ってきた姉に、土方は控えめに声をかけた。
「あのな、」
「なぁに?」
「九月から、海外支社に転勤することになったんだ」
姉は大袈裟に驚きこそしなかったものの、ちょうど置こうとしていたお茶のコップが音を立て、中身が少しテーブルに零れた。
「それで?」
「それで……暫く帰って来れなくなる」
「それで?」
「それでって……それだけかよ?」
姉は昔から肝の据わった人だったが、まさかここまで冷たい態度を取られるとは思っていなかった。
狼狽えて、テーブルの下でもじもじと手を弄くる。
「だって、歳三は一大事だと思ってるみたいだけど、私にとっては今までと何一つ変わらないもの」
「……………」
「どうせ国内にいたって、行ったきり何年も帰ってきやしないし、連絡だって滅多に寄越さないじゃないの。国内だろうが海外だろうが、たった一人の大切な弟が一人で苦労するのかと思ったら、姉の心配は変わらないわよ」
「……………」
言われて初めて気がついた。
要するに、海外ということに怯え、いつも以上に不安がっていたのは、自分だけだったということか。
周りにとっては、今まで通り忙しいらしいと、それくらいの認識なのだろう。
それが寂しくもあったが、そういう結果を招いたのは他でもない、自分自身だ。
「……言い訳しないのね」
姉は気にする風でもなく、呑気に昼食を食べ始めた。
「私はてっきり、帰って来なかった理由でも弁解されるのかと思ってたんだけど。かっちゃんがどう、とか……」
「違う」
「違わないでしょ」
「違う!」
土方は苛立って、テーブルをバンッと叩いた。
苛立つということはつまり、真実を指摘されたということだ。
"かっちゃん"という名前に、一気に居心地が悪くなり、背中を嫌な汗が伝い落ちる。
土方は無造作に前髪をかき揚げ、それから姉を睨み付けた。
思い出したように、縁側の軒にぶら下げられた風鈴が鳴る。
「…私を睨んでどうなるっていうのよ」
「…………」
「やっぱり昇華できてなかったのね。かっちゃんのこと」
「……そんなんじゃねぇ」
「まぁ、いいけど。他に 吐き出せる相手もいないんだろうから、好きなだけ当たりなさいよ。それで歳三の気が済むなら」
「そんなんじゃねぇっつってんだろ!」
「じゃあ、なに?今まで何が あっても帰って来なかったくせに、急に帰ってきた理由は何なの?転勤になって戻って来られなくなる前に、けりをつけたいことがあったんじゃないの?」
「っ…!」
「私は、別に怒っちゃいないわ。歳三の好きにすればいいと思うし、歳三がどこで何をしようが応援する。だけど、総司君とだけは、きちんと話しなさい」
やはり、姉は何もかも分かっていた。
真実を指摘されることが、こんなにも恐ろしいとは…。
十分に覚悟してから帰ってきたつもりだったのに、まだまだ甘かったようだ。
「………麺が伸びるわよ」
それきり何も言わなくなった姉の前で、土方は暫くうなだれていた。
結局自分は、故郷に縛り付けられて、過去に雁字搦めになって、いつまで経っても前に進めないでいるだけなのだ。
それを誤魔化しつつ何とか今までやってきたが、いよいよ綻びが無視できなくなってしまった。
(俺は、全然ダメだな。なぁ、かっちゃん…)
土方は、心の中でかつての親友に手を合わせた。
▲ *mae|top|tsugi#