翌日、土方は総司と一緒に役所に行ってみることにした。
が、その前にまず、実家に顔を出さねばならなかった。
昨日つい総司の家に泊まってしまった所為で、到着が一日遅れてしまったからだ。
全く連絡しなかったにも関わらず、姉夫婦は飄々としていた。
特にこれといったお咎めもなく、『そんなことだろうと思った』の一言で済ませてしまうあたり流石である。
この姉夫婦に頭が上がらないのは昔からずっとだが、一体彼らがどこまで見抜いているのか考えると冷や汗が止まらない。
そんな土方にはお構いなしで、総司は要領よく挨拶を済ませてさっさと役所に向かおうとするものだから、一人にされてはたまらないと、土方は慌てて後を追ってきたのだ。
役所内は、想像以上に雑然としていた。
明らかに仮設の受付や、衝立で仕切った面接室が狭いスペースにごちゃごちゃと作られていて、少ないはずの公務員も皆総出で働いているらしく、あちこちを人が走り回っている。
「総司!……と、え?!土方さん…?!」
入り口付近で突っ立っていると、奥からこれまた懐かしい姿が現れた。
「お、平助じゃねぇか。久しぶりだな」
土方は、ワイシャツの胸元に無造作につけられた『藤堂』のネームプレートを確認してから言った。
身長はあまり伸びなかったようだが、顔つきが心なしか大人びた所為で、確信が持てなかったのだ。
「久しぶりだな、じゃねーし!え、ちょ、ウソ、マジで土方さん!?」
「人にマジも何もねぇだろうが」
平助は総司の同級生で、総司を通して知り合った。
人口の絶対数自体が少ないから大抵は知り合いだが、それでも特に仲が良かった連中というのはやはり違う。
「いや〜っこいつは驚いたぜ!なんだなんだ、今は珍しいことが連発する時期なのか?」
「お前も元気そうで何よりだ」
「土方さん、今帰省中?」
「あぁ。お盆が明けたらまた、…向こうに戻る」
総司の手前、海外へ行くとは口が避けても言えなかった。
まだ伝える覚悟が整っていない。
妙な間が開いたのを誤魔化して、他愛のない会話を交わしながら、土方は役所の応接室へと通してもらった。
「別に俺は、家に戻っても構わねぇんだがな」
部外者の自分が、あまり深く関わっても意味がない。
そう思い進言してみたが、総司にあっさり切り捨てられた。
「どうせ帰ったって何にもすることありませんよ。一日中テレビ見てるか、お姉さんに虐められるかしかないんだから。それだったら、ここにいた方がよっぽど有意義だと思いますけど」
「でも、他人に漏らしちまっていい話なのか?」
「村の人はもう全員知ってますよ」
そうなのだろうか。
元々プライバシーなどあってないようなものだったし、守秘意識も無いに等しい村なのは理解できるが。
「それにな、今日から県警も来ることになったみたいなんだ。厳つい顔したオッサンたちが、ついさっき"黄泉がえり"の人たちを連れて会議室に入ってったぜ」
「待て待て」
土方は思わず平助を制した。
突っ込みどころが多すぎる。
「黄泉がえりってなんだよ。神隠しじゃねぇのかよ。それから、人"たち"って一体どういうことだよ」
矢継ぎ早に質問すると、総司から聞いてないのか?と平助に不思議そうな顔をされた。
「行方不明者の記事しか見てねぇし、総司には、詳しいことは分かってないと言われた」
「いやまぁ、詳しいことが分かってるわけではないけどさ……」
平助は、新聞記事と同じような事例が、その後も次々に起きたのだと説明してくれた。
「で、"戻ってきた"人たちの家族に話きいたら、戻ってきたのはみんな死んだ人たちだったってことが判明したんだ。神隠しじゃなくて、黄泉がえりだったってわけ」
「……………」
「あは、土方さん変な顔〜」
総司に茶化されたが否定できなかった。
どこまでも現実主義で、幽霊もUFOも信じない土方にとっては、皆でグルになって大芝居を打っているとしか思えない。
「そ、その、黄泉がえった人たちには、もう話を聞いたのか?」
辛うじて質問すると、勿論と返ってきた。
「ただ、みんな記憶がなくてさ。死ぬ直前までのことしか覚えてねぇんだ」
「気付いたら家の前に立ってたとか、そんなのばっかりでしたよ」
「総司、お前そこまで知ってたなら、昨日教えてくれたって良かったじゃねぇか」
「だって土方さん、信じないって一刀両断だったじゃないですか。からかってるんだろ、とか言うし」
確かにそうだった。
それに、土方が詳しい事情を知ったところであまり意味はない。
どうせすぐ遠くへ行く身なのだ。
日本の傾きかけたしがない村の、どこまで現実なのかもよく分からない事件に首を突っ込んだところで、得られるものは何もない。
そう思うことで、土方は何とか自分を納得させようとした。
本当は、興味がないわけがなかったが。
「あー、相変わらず土方さんは土方さんなんだなぁ。頭が固いっつーか、何つーか」
のんびりとそんなことを宣った平助を、土方は昔のようにひと睨みしておいた。
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