硝子の檻 | ナノ


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そう間を置かずに、お粥の入ったお椀を持って土方が戻ってきた。

お椀を目の前に差し出される。


「食え」


総司は背中をベッドヘッドに預けると、遠慮がちにお粥に手を伸ばした。

それから一口分掬って口へ運ぶ。


「…………」


美味しかった。

空腹と、それを満たしてくれる美味しいものというのは、えてして人の感覚を麻痺させるものらしい。

ついさっきまで恐怖やら不安やらに身を震わせ、目の前の人に敵意を抱いていたことを忘れそうになるほど、総司は夢中で温かいご飯を頬張った。

その様子を、土方がじっと見つめる。

どこかあどけなさの残る総司を見ていたら、ちくりと胸の奥が痛むような気がしたのだ。


「お前、年は……未成年、だっけか?」

「………はい」

「そうか……」


土方は目を伏せた。

長いことこの仕事をしてきて、今まで一度も罪悪感に苛まれたことなどない。

だからこの胸の痛みはきっと、……そうだ、コーヒーの飲みすぎで胃がもたれただけだろう。


「ゆっくり食えよ」


それ以上言う言葉も見つからなくて、土方は部屋を出ようと踵を返した。

が、ドアノブに手をかけたところで、ふと気になって後ろを振り向いた。

恐らく食べたことで張り詰めていた気が緩んだのだろう………総司が、声を押し殺して啜り泣いていた。


「、ぅぇ…く……ぅ……」

「お前………」


土方は苦い顔をして頭を掻いた。

人に泣かれることには慣れていない。

何かしらしてやらねば、と途方に暮れながら近付いていくと、土方に気付かれたと分かったらしい総司は、慌ててパジャマで涙を拭ってしまった。


「……泣いてません」


咎める前から否定する総司に、土方はピクリと口元を震わせた。


「…急にどうしたんだよ」


さっきまで元気に敵対心を剥き出しにしてたじゃねぇか。

土方はうんざりだという口調で言った。


「だから、泣いて……ませ、ん…」

「お前、しょうもねぇ嘘を吐くのが好きなのか?」


強がっているそばから涙をぽたぽたと零している総司に、土方は呆れかえる。

どうしてやればいいのか分からず、土方はとりあえずしゃくりあげる総司の頭をわしゃわしゃとかき混ぜてやった。


「………お前が辛ぇ思いをしてんのは、それなりに分かってるつもりだ」

「な、にが……」

「けど、早く慣れねぇと、お前が辛いだけだぞ」

「そんなの………分か、ってます、よ」


うざったそうに土方の手を払いのける総司に、土方は深々と溜め息を吐いた。


「余計な、お世話です…から……」

「あのなぁ………」


土方は不機嫌な顔をしながらも、ベッドに腰掛けると総司に向き直った。


「お前な、いい加減その強がりはやめろよ。俺の前じゃ無駄だぞ」

「そんなことな………」

「泣きてぇ時は泣きゃあいいだろ。どこに強がる必要があるんだよ」


総司は、暫く呆けたような表情でじっと固まっていた。

例え土方が何の気なしに言ったことであっても、強がらないでもいいというその言葉は、総司の心のしこりをほんの少し溶かしてくれたような気がしたのだ。

でも………


「……嫌…です、…」

「あぁ?」

「嫌です、土方さんの前で泣くなんて」

「………何でだよ?」

「だって、……負けた気がするから…」

「負けって…………」


総司はどうしてもそこに固執していた。

めげない、屈しない、土方の意のままにはさせない。

そんな思いばかりが、頭の中をぐるぐると回っている。


「はぁ…………もういい。ちゃんと全部食えよ。食ったら寝るなり何なり好きにすればいい」


涙に濡れた目をぎらぎらと光らせて、強い意志を持って土方を睨み付ける総司に、土方は溜め息混じりにそう言った。


「好きにすればって………」

「俺は出掛ける」


総司はきょとんと土方を見上げた。


「……出掛ける?」

「何だよ。何か都合悪いことでもあるか?」

「いや、ない、ですけど……でも、僕逃げるかもしれませんよ?」

「その足枷があるのにか?」


土方は喉の奥で笑った。


「……夜には戻る」


そう言って部屋を出て行く土方を、総司は半ば拍子抜けして見送った。

一体何の用があって、家を留守にするのだろう。

昼間もずっと監視され、あれやこれや痛めつけられることを覚悟していた総司にとっては、些か理解に苦しむ展開だった。

――まさか、昼間はごく普通のサラリーマンとか?

一瞬脳裏を過ぎったおぞましい考えに、総司はぶるりと身体を震わせた。

そんな二面性、考えたくもない。


やがて土方が玄関から出て行く音が聞こえ、総司はハッと我に返った。

それから手中のお椀に目をやり、再び一人ぼっちの食事を再開する。

まるで砂を食べているかのように、味気のないご飯だった。















夜になって、土方が帰ってきた。

朝食を食べ終わってしまったら完全に暇で、結局ずっと寝ていたのだが、お陰でだいぶ体力が回復した。


「…………………」


真っ直ぐに寝室に入ってきた土方を見はしたものの、何と言えばよいのか分からずに居心地が悪くなる。

どこに行っていたのか、とは流石に聞けなかった。


「総司起きてるか」

「………はい」


あぁ、何で返事なんかしちゃったんだろう。

総司はすぐに後悔した。

いっそのこと、ずっと眠ったふりをしていれば良かった。

そうしたら、土方はどうしていただろう?


「具合は良くなったか?」

「……さぁ…」

「………腹減ったか?」

「……はい」


表情一つ変えずに聞いてくる土方を見て、総司は素直に頷いた。


「もう起き上がれるか?」

「多分……?」


総司は慎重に上体を起こした。

あれほど酷かった頭痛は、もう殆ど残っていない。


「あぁ……これ外してやらなきゃな」


そう言って土方がシーツを捲り、総司の足についた鎖を外してくれた。


「………」


ガチャガチャと足枷を外す音を聞きながら、総司は土方の伏せられた目を推し量るようにじっと見つめる。

すると、それに気付いたかのように土方の視線が上げられて、逃れようもなく目がバッチリと合った。


「………………」


土方は相変わらずの無表情で総司のことを見てきたが、やがて見飽きたかのように、何も言わずに部屋から出て行ってしまった。


「は、ぁ………」


何、あれ。……緊張した。


総司は暫しの間放心した後に、慌てて土方を追いかけた。

ふらふらとリビングまで歩いて行き、傍にいるのも気まずかったから、この前の椅子に座ってじっとしていることにする。


「………昼間何してた」


不意に、背を向けたままで土方が聞いてきた。


「………寝てましたけど…」

「そうか……ま、することもねぇだろうしな」


それきりまた気まずい沈黙が流れる。

いや、気まずいと思っているのは総司だけなのかも知れないが。


やがて土方が運んで来たのは、ネギが大量にのったうどんだった。


「………僕、ネギ嫌いなんですけど…」

「………あぁ?」


テーブルの向こう側にどっかりと腰を下ろした土方が、思わず漏れた総司の言葉に片眉を吊り上げる。


「…いえ、何でもないです…………いただきます……」


その反応を見て、総司は仕方なく箸を手に取った。

器用にネギを除けながら、口いっぱいにうどんを啜る。


「………………」


土方は料理が上手いんだと思う。

きっと、今まで沢山の人にこうして料理を振る舞ってきたのだろう。

総司は自虐的な笑みを浮かべた。

それからまたうどんを口に運ぶ。


「あの………」


何かを話す気になったのは、そっぽを向いてコーヒーを飲んでいる土方との間の沈黙に耐えきれなくなったからだ。

元々静かなのは苦手だった。

かといって、喧しいのが好きかと言ったらそうでもないのだが。


「何だ」


弾かれたようにこちらを向く土方に、総司は萎縮しながらも辛うじて口を開いた。


「……あの、…美味しい、です」


土方は驚いたように目を見開いた。

それからまた元の仏頂面に戻って、あぁ、と小さく呟く。


「あの、今日って何日なんですか?」


答えてもらえたことにホッとして、総司はここぞとばかりにずっと訊きたかったことを訊いてみた。


「…知りたいか?」

「…まぁ、はい………」

「知ってどうすんだ?」

「え?」


そう返されると思っていなかった総司は、戸惑って箸を休める。


「知ったところで、どうにもならねえだろ」


すんなり答えてくれない辺り、端から答えてくれる気はないんだろう。

総司は小さく溜め息を落とした。


「そうです、ね…」

「テレビとか新聞とかが一切ねえのも、全て、お前を外と遮断するためだ」


やっぱり。そういうことなのか。


「どうせ二度と戻れない世界のことなんざ、知らねえ方が幸せだろ?」


二度と戻れない世界、ね。

総司は涙が零れないように、慌てて斜め上を見上げた。


「………食べたら風呂入れよ?」


それに気付いたのか、土方がさり気なく話題を変えてくれる。


「うん……」


総司は返事をするだけで精一杯だった。




*maetoptsugi#




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