食事の後、半ば無理やりお風呂に押し込められた。
まだ少しひりひりする腕の傷を撫でながら、顔すれすれまで湯船に浸かってぼうっとする。
"二度と戻れない"という言葉が、いつまでも耳にこびりついていた。
いつかここを出て新たな場所へ行くとき、…その時に外の世界は、僕の目にはどんな風に映るだろう。
この後、土方さんは僕を抱くんだろうか。
いや、抱くだなんていう生温いものではないだろうけど。
身体が汚れてしまったら、やっぱり何もかも違って見えるのか―――。
頭に浮かぶのはそんなことばかりだった。
嫌でも考えてしまう。
あまりの嫌悪感に身体が震えた。
このまま湯船に沈んでのぼせてみたら、土方も諦めてくれるだろうか。
でも………そんなことをしても、そのうち必ず抱かれるという事実に変わりはない。
それに今だって、もう戻れないところまで来てしまっている訳で。
今更どう足掻こうと、何を思おうと、総司の未来が絶望的なことに何ら変わりはなかった。
「……っ…う……うぅ……悔し、い…」
総司は溢れる涙を隠すように、湯船に沈み込んだ。
風呂場から上がると、脱衣所に土方が買ってきてくれたらしい新品の寝間着と下着が用意されていた。
総司は無言でそれを身に付ける。
心臓は早鐘のように打っていたし、ともすると再び吐いてしまいそうなほど気分は優れなかったが、それでもいつまでも風呂場に籠もっているわけにはいかなかった。
意を決して風呂場のドアを開け、リビングへと戻る。
しかしそこに土方の姿はなかった。
「…………」
となると、もう残っている場所は一つしかない。
総司はゆっくりと寝室の方へ歩いて行った。
ガチャリと寝室のドアを開けると、薄暗がりの中で、土方はベッドに横たわってぼうっと天井を見つめていた。
予想外の土方のポジションに、総司は一瞬目を見張る。
「……………」
「あがったのか?」
わざわざ言わなくとも答えは明確だ。
黙っていると、土方は腹筋だけで起き上がって、それから手招きしてきた。
「…………こっち来い」
「………っ…」
震える足取りでベッドまでの数歩を進む。
どうしていいか分からずに少し距離を保って突っ立っていると、土方が盛大な溜め息を吐いて立ち上がった。
「ゃ……ちょっと…なに……」
急に腕を掴まれて、思わず制止の声が出てしまう。
しかしそれすら無視されて、――――土方は総司の首からタオルを取って、髪の毛を拭き始めた。
「よく拭けよ。まだ濡れてんじゃねぇか」
総司は一瞬呆気にとられた後で、がちがちに強張っていた身体から力を抜いた。
決して丁寧とは言えない手つきでわしゃわしゃと髪の毛を掻き回されるが、不思議と嫌な気はしない。
「………これくらい自分でできます」
総司は自棄になって力任せにタオルを引っ張った。
「できてねぇからやってんだろうが」
しかし土方も負けてはいない。
強引に髪の毛を拭いてくるので、総司ももう抵抗するのは止めてされるがままになることにした。
「………ほらよ」
やがて土方が手を止める。
頼んでもいないのにありがとうなんて言いたくなかったから、総司は黙ったまま突っ立っていた。
「………………」
何となく不穏な空気を感じて顔を上げると、無表情な土方と目があう。
「……な、なんですか………?」
思わず声が裏返った。
「ぼ、僕もう寝ます、から……」
言い逃れるようにそう言うと、土方が無言で総司の腕を掴んできた。
「なっ………」
離してくれ、と小さく抵抗するも、土方は全く聞く耳を持たない。
そのままぐいと引っ張られ、身構えたのとほぼ同時にベッドに放り投げられた。
「わっ……ちょ、っ……、」
受け身を取り、体勢を整える間もなく土方にのし掛かられる。
薄暗い所為で、上から見下してくる土方の表情はよく見えない。
そっと肩に土方の手が触れて、総司は大袈裟なほど身体をびくつかせた。
「…や、やだっ………」
声が震える。
覆い被さる土方の下で、総司の身体はかたかたと震えた。
顔がよく見えなくて、余計に怖い。
「やだっつってもな……諦めろって言っただろ」
ふっ、と土方の息が漏れる。
やっぱり、今からやるつもりなんだ。
その言葉を聞いたら、余計に恐怖心が湧き上がってしまった。
「いやっ……や、いやだ…ぁ……」
ぶわ、と涙が溢れ出す。
「…いちいち泣くなよ………」
土方の眉間の皺が深くなった。
だが、泣くなと言う方が無理なのだ。
微かに抵抗しようとすると、土方に両手を顔の横で抑えつけられた。
「…うぅ…やぁ…やだぁ、…」
「仕方ねぇだろ。無理やりでも教えねぇといけねぇんだから」
「……で、も……だって…っ」
思わず顔を寄せる土方を拒絶してしまう。
どうしよう、と気後れする心が、刺激に敏感な身体にどんどん置いて行かれる。
身体と心がばらばらになりそうな恐怖。
「お前も男なら覚悟しろよ…」
男だからこそ嫌なんじゃないか!と叫びたい気持ちはかき消えていった。
土方が、パジャマのボタンを外し始めたからだ。
「や、いやっ、い、や…っ…!」
「胸、感じるだろ?」
指先で、突起を潰された。
「…っ…あ…」
徐々に芯を持って固く主張を始めるそれに、土方が舌を這わせる。
舌のざらざらとした感触に肌が粟立ち、ぴちゃ、と響く音に、羞恥心が湧き上がる。
昨日の昼間のことを思い出して、四肢が強張った。
自由になった両手でぐいぐいと土方の肩を押し返そうと力を込めるが、土方はびくともしない。
「っ……んっ…」
「気持ちいい、だろ?」
「気持ちよく、なんかっ、…!」
「気持ちいいんだろ?」
確認するように聞いてくる土方に、総司は強く首を振った。
正直わからなかった。
このまま土方に身を任せて、どこまでも溺れていいのか。
堅牢な理性が、総司を引き止める。
しかし、どうせ逃れようのない身の上ならば……とどこかで諦めている自分がいるのもまた事実なのだ。
「素直になれ、って言っただろうが」
刹那、ぎゅっと突起を摘まれた。
「や、ゃあ!」
背中がしなる。
両眼にはうっすらと涙が滲んだ。
自分の口から漏れる声が信じられない。
土方は更に、舌の動きを再開させる。
「っ、やだぁ…っあぁ」
たっぷりと唾液を含ませて、口の中で突起を転がされ、たまにキツく吸われる。
もう片方は、綺麗な長い指でこれでもかというほどにこね回され、強弱をつけた指使いに息が上がった。
「は…こんなに感じてんじゃねえか…」
既に熱を帯び、固くなっている自身の先端をそっと割り開くようになぞられて、嬌声が押さえられない。
「くっ…あ…うぅっ…!」
身体の疼きが、一気に下半身へと集中した。
涙が一筋の線を作って流れていく。
何も反論できない正直な身体がひたすら憎い。
決して強くはない力でそろそろと扱かれれば、とぷ、と先端から蜜が零れた。
その蜜を掬うように指に絡めて、土方が総司の股座の更に奥、自分ですら触ったことのないところをそっとなぞる。
「いや、だ!…やだぁ…っ…!!」
そのおぞましい感覚に総司は目を見開いて、力の限り抵抗した。
「ったく……大人しくしてねぇと怪我するぞ…」
「いやだぁ!やだやだっ…やだぁ…も…やめ、て…よ…」
涙で顔がぐしょぐしょになった。
悔しい。自分が惨めで堪らない。
足をばたつかせ、土方の手から逃れるように身を捩り、両手で土方を押しのける。
「……悪いな、これが俺の仕事なんだ。やめてやれねぇよ…」
土方の言葉に、総司は一瞬身体中の動きを止めた。
それから糸の切れた傀儡人形のように、ぱったりと身体から力が抜け、総司はベッドの上に身体を投げ出した。
「……ぅっ…ふ、…ぇ…ぇぐ…っ…」
「………………」
肩を震わせ、大粒の涙を流しながら静かに泣く総司に、土方がかけられる言葉など何もなかった。
土方は小さく溜め息を落とすと、自分の汚れきった手を一瞥してから、行為を再開させたのだった。
*
『……っいや、だ…』
暗がりの中、必死でもがくが相手の力は緩まない。
『……やめ…ろっ…』
悪戯に身体の上を蠢く手と、かかる鼻息に吐き気がする。気持ち悪い。
しかし、いくら叫んでも泣き喚いても、相手の行為が終わることは決してなかった。
『…は、ぁっ…くっ…くそっ…』
思えば物心ついた時から、いくら手を伸ばして縋りついても、誰にも助けてはもらえなかったような気がする。
いつも一人ぼっちだった。
愛なんて知らなかった。
いや、今だってそんなものは知らない。
ただ、ひたすらに孤独だ。
だからこそ、この薄汚れた手に倒錯を抱いてしまったのかもしれない。
『ん…っう…く、ぁ……ちくしょっ…!』
自分が惨めだった。
*
まだ薄暗い内に意識が覚醒して、土方は気怠げに目を開けた。
どんな夢を見ていたのか、それすら記憶は曖昧だ。
きっと、また魘されていたのだろう。
身体中、ぐっしょりと汗をかいている。
そのまま起き上がろうとして、土方は違和感に気がついた。
………久しぶりに、ベッドで寝ている。
ハッとして隣を見れば、そこには涙の跡もこびりついたままで、可哀想なほど身体を小さく丸めて眠っている総司がいた。
気を飛ばしてしまった総司の身体を清めることも出来ず、疲れが溜まっていたこともあり隣で寝てしまったのだ。
「…はぁ…………」
徐々に昨夜のことを思い出し、土方は頭を抱え込んだ。
泣きじゃくって散々に暴れる総司の身体を、無理やり割開いてしまった。
いくら仕事だとは言え、嫌がる総司に酷いことをしたと思う。
目を閉じれば、あの時の総司の泣き顔がまざまざと脳裏に浮かんできて、背徳感に心が痛んだ。
が、それと共に、まだ誰も見つけていない宝を発見したような、人知れない興奮も感じるのだ。
そんな自分を、土方は恐ろしいと思った。
決して穏やかとは言えない総司の顔にかかる長い前髪を払い、露わになった額を撫でてやる。
すると総司が微かに身動ぎをした。
「…ん…ぅ………」
瞼を閉じれば、いつも威嚇するように自分を睨んでくるあの瞳が隠れて、総司は酷くあどけなく見えた。
まだほんの子供だ、と土方は思う。
総司には何も落ち度はない。
ただ、運命に翻弄されてしまっただけで。
自分では何も望んでいないのに、勝手に世界が色を変え形を変え、気付いたら完全に自由を失っている。
気付いた時にはもう遅くて、自分は誰かの完全な所有物になっているのだ。
土方は総司に同情していた。
その理由などとっくに分かっていたが、土方は気付かないふりをしていた。
総司が、自分の二の舞になってしまいそうで。怖かったのだ。
土方は考えるのを止めた。キリがない。
早く眠りに落ちて、もう何も考えたくないと思った。
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