捧げ物 | ナノ


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「……というわけなんだ。すまない、一日だけ、総司を預かってくれ!」


何が、というわけだ!と思わず言いたくなるような理由で、総司を丸々一日預かることになった。

総司は複雑な訳あって、俺の親友の近藤さんに引き取られた、彼の遠縁の子だ。

会うのはこれが初めてじゃない……どころか、俺と総司はだいぶ切るに切れない仲を構築してしまっている。

顔を合わせればまず間違いなく喧嘩になるのに、近藤さんにしょっちゅう二人きりというシチュエーションにさせられている所為で、もはや犬猿の仲を通り越し、仲が良いのか悪いのかすら曖昧な境地にまで達している。

厄介と言えば厄介なのだが、俺を差し置いて誰か他の奴が預かるのも、それはそれで妙にムカつく。

そういう複雑な心境で、俺は近藤さんに了解の意を告げた。


(あのクソ生意気な餓鬼、今日は大人しくしててくんねぇかな……)


俺は、自分の狭い部屋を片付けながら考える。

何でも、今回は近藤さんの家に来客があるらしく、いつものようにそこでお守りをすることができないのだ。

子供が好きそうな場所に連れて行くという手もあるが、貧乏学生の身としては、できるだけ安上がりに済ませたい。

色々考えた結果、選択肢は俺の家しかなくなった。

大学生になって、一人暮らしを始めたばかりのワンルーム。

言うまでもなく、男の一人暮らしの典型的な汚さだ。

友達にはこれでも綺麗な方だと言われるが、子供の目には晒せないものも多々あるし、厳しく躾られている総司に何を言われるかも分からないので、一応片付けることにした。

休日くらいゆっくり寝ていたいのに、と愚痴を零しつつ掃除を終え、換気をしてから総司を迎えに行く。

近藤さんの家までは、徒歩で十分強といったところだ。


「トシ、本当にすまないな。総司のことを、よろしく頼む」

「あぁ、分かってるよ」


すっかり準備万端で待っていた総司は、近藤さんの前では見事なまでにいい子を装っている。


「近藤さん、いってきます」

「あぁ、いい子にしているんだぞ?………まぁ、総司なら大丈夫だと思うが」

「だいじょうぶです!ぼく、おとなしくしてます!土方さん、一日よろしくおねがいしますね」

「あ、あぁ…………」


総司は近藤さんに見せつけるように、俺に律儀な挨拶を寄越してきたが、向けられた笑顔はこの上なくどす黒い。


「うんうん、総司は偉いな」


感慨深そうに総司を見つめる近藤さんに、どこがだよ!と心の中で盛大に突っ込みながら、俺は靴を履いている総司を見下ろした。


こいつは、初めて会った時から、何故か俺にだけとてつもなく反抗的だった。

幼稚園の頃は、それでもまだ可愛げがあったものの、小学校に上がった途端に余計な知識がついて、更に生意気になった。

黒光りするランドセルをわざわざ俺に見せに来て、嬉しそうに自慢するところまでは可愛いかったが、触ろうとしたら、土方さんの匂いがつくからやめろと言ったり。

これ見よがしに百点のテストを持ってきて、どこから聞いてきたのか、当時の俺の出来具合と比べて散々コケにしやがったり。

ほんと、生意気で可愛くねぇ。


「じゃ、夜には返しに来るからな」

「あぁ、総司のこと、くれぐれもよろしく頼む」

「…………はいはい」


ようやくスニーカーを履き終えた総司を玄関から先に出し、近藤さんに別れを告げると、俺は自宅に向かって歩き出した。


「まったく、なんでぼくが土方さんなんかと、一日すごさなきゃいけないのかな」


近藤さんの姿が見えなくなった途端に、これだ。

それは俺のセリフだ!と思いつつ、総司の呟きは聞こえなかったことにして、総司の横を歩く。

総司は、遠足用に買ったのだというリュックを背負い、好き勝手に歩いているが、リュックが身体より大きい所為で、まるでリュックに覆われているようだ。


「リュック、重くねぇか?持ってやろうか?」

「へーきです。こどもあつかいしないでください」

「あぁそうかよ」


まだまだ先は長いってのに、この調子じゃ、昼までも保たなそうだ。


「危ねぇから、歩道の内側を歩け」


そう言って車道側に回り、総司の手を取ろうとしたら、このクソ生意気な餓鬼は、つん、とそっぽを向きやがった。


「手なんかつながないもん」


そう言って、すたすた歩いて行こうとする。

俺は内心煮えくり返るような思いをしながら、強硬手段に出ることにした。


「じゃー分かった。総司はプリンはいらねぇってことだな。せっかくだから、コンビニで買ってやろうかと思ったけど、一人で歩けるような奴には、余計なお世話だよな」


意地悪くそう言うと、総司はパッとこちらを向いて、目をランランと輝かせた。


「………プリン?」

「どうした?いらねぇんだろ?」

「手をつなぐのとプリンはべつのはなしでしょー?」

「……………」

「ねー、土方さん。プリン」

「……………」

「プ・リ・ン」

「だぁぁっ!うっせぇ!分かったよ!買ってやっから、その代わり手ぇ繋げ。お前が怪我したら、怒られんのは俺なんだ」


俺は強引に総司の手を取ると、やめろとぎゃんぎゃん騒ぐ総司を黙らせながら、進路をコンビニに変更した。

餓鬼相手に、何意地張ってんだか。


「総司は、これでいいな?」


コンビニのプリン売り場へ行って、子供が喜びそうだからと、プッチンプリンを取ってやる。

すると、総司はむっと頬を膨らませた。


「近藤さんは、いつもいちばん高いのかってくれます」

「………………」


近藤さん!!子供を甘やかしてんじゃねぇ!

俺は何とか総司を納得させようと、プリンだけでなく、杏仁豆腐や、お買い得のアイスなんかもオススメしてみたのだが、結局上にホイップクリームの乗った、プレミアム何たらというプリンを買わされる羽目になった。


「これにしてくれるなら、かんがえます」


そう言って総司が指したのが、コンビニ特製のホールケーキだったため、そんな出費は許されないと、俺は慌ててレジに並んだ。

今月のバイト代が、羽を生やして飛んでいく。


「土方さんって、ひとりぐらしなんでしょ?」


プリンを買ってもらって機嫌がよくなったらしい総司は、途端に饒舌になる。


「あぁ、そうだ」

「ひとりぐらしって、こーねつひとか、たいへんなんでしょ?」

「………お前、光熱費なんて誰から聞いたんだよ」

「近藤さん」


俺は三度近藤さんにがっくりした。

そんな話を、小一の前でするんじゃねぇ。


「ねぇねぇ」

「あん?」

「ひとりぐらしってたのしいですか?」

「いや……まぁ」

「ふぅん。土方さんて、さみしいひとですね」

「っ余計なお世話だ!!」


これだから可愛くねぇんだ、このガキ。

今に見てろ、彼女の一人や二人、作ってやっから。


イライラしながらアパートに着くと、階段を駆け上がる総司を叱りながら、家の鍵を取り出す。

手すりから身を乗り出して、下を覗いている総司の首根っこを掴むと、俺はようやく自宅に舞い戻った。

頑張れ、俺。

たった一日の辛抱だ。


俺は適当に靴を脱ぎ散らかすと、玄関を入ったすぐのところにある台所で、冷蔵庫の中を探った。

こういうところはきちんと躾られている総司は、出船のまま上がることもなく、律儀に靴を揃え、お邪魔しますと言ってから入ってくる。


「アイスココアと、オレンジジュース、どっちがいい?」


総司に聞くと、迷わずココアと返ってきた。

そうだと思って、数日前から用意してある。

オレンジジュースは、万が一の時の保険だ。


「これ、持って行っといてくれ」


総司にプリンの入った袋を渡し、先に部屋に行かせると、俺はココアと自分のコーヒーを用意してから、総司を追った。


「待たせたな」


総司は、今朝綺麗にした部屋の真ん中、ローテーブルの傍にちょこんと座っていた。

物珍しそうにキョロキョロと辺りを見回して、終始落ち着きがない。

まぁそりゃ、総司の家とはまったく容貌が違うだろうし、無理もないだろう。

けど。


「お前なぁ…リュックくらい下ろしたらどうだ」


いつまでもデカいリュックを背負い続けているもんだから、俺は思わず笑って言った。


「あ、はい…………」


総司は初めて気付いた様子で、素直にリュックを下ろし、自分の隣に寄せて置く。

これじゃあすっかり借りてきた猫だ。

さっきまでの勢いはどこへやら、畏まったまま動かない。


「なに緊張してんだよ。ほら、冷えてるうちに食っちまえ」


俺は仕方なく、総司の代わりにプリンの蓋を取って、目の前に差し出してやった。


「いただきます」


これまた礼儀正しく手を合わせてから、プリンを食べる。

美味しいか?と聞くと、素直に頷く総司に、自然と笑みが零れた。


それも束の間、総司はプリンを食べたら元気を取り戻したらしく、俺の部屋を物色し始めた。


「これなぁに?」

「あ?……あー、そりゃあ大学で使う資料だ。バラバラにすんなよ」

「じゃあこれは?」

「それ………は…………何でもねぇ」


俺は、総司が手にしていたものを超高速で奪い取った。


「えー、なに!なに!?」

「多分、餓鬼にはわかんねえ」

「じゃあ見せてくれたっていいじゃないですか!」

「ダメだ。ぜってぇネタにするだろ」


俺は、その薄っぺらいノートを、本棚の一番上にしまった。

これだけは、絶対に……近藤さんにすらバレるわけにはいかないのだ。

恥ずかしくてたまらない。

総司はどうやっても取れなくなったことに、しばらくぶぅたれていたが、やがて諦めて、別の場所を物色し始めた。


「ねぇ、土方さんにはカノジョいないの?」

「あぁ?………なんでそういうマセたことばっか聞いてくるんだよ」

「あー、ごまかすってことはいないんだ!いないんだ!わー、いないんだ!」

「うるせぇ!!今は、教育実習とか始まるし、それどころじゃねぇんだよ」

「うわぁ、いいわけしてるー!いけないんですよ、いいわけ!」


総司は何が面白いのか、きゃっきゃきゃっきゃと笑っている。

こいつが俺の女性遍歴を知ったら何て言うんだろうな。

きっと、指を噛んで悔しがるに違いない。

……まぁ、餓鬼相手に見栄を張っても虚しいだけなのだが。


そうこうしているうちに、総司が俺のベッドの上で遊びだした。

こう見えても、清潔感にだけは拘っているから、俺のベッドはすこぶる綺麗だ。

シーツもしょっちゅう変えているし、布団も律儀に干したりしている。


「わぁ、このベッドふかふか!」

「まぁな」


餓鬼の定番というか、弾力性のあるところで飛び跳ねたくなるのは、総司も同じらしい。

ぴょんぴょん飛んで、埃を撒き散らしている。

俺は仕方なく、窓を開けて本日二度目の換気をした。

そのままベッドの隅に腰掛けて、総司がはしゃぐのを眺めていると、不意に総司が膝歩きで近寄ってきて、囁くようにこう言った。


「あのね、ぼくね、おふとんの上でとびはねちゃいけないって、近藤さんにいわれてるの」

「そうなのか?」

「うん。だからね、これ、近藤さんにはないしょね」


しー、と人差し指を立てる総司が、俺は死ぬほど可笑しくなって、笑いを噛み殺しながら、頭をかき混ぜてやった。


「心配しなくても、誰にも言わねえよ」

「土方さんならそういってくれるとおもってました!」


すかさずそう言う総司は、やっぱりちょっと可愛くなかった。




―|toptsugi#




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