たまにだけど、無性に泣きたくなる。
例えば、急激に孤独を感じた時とか。
いつも強くあることが、ふと辛くなった時とか。
今まで心に溜めてきた傷や我慢といったものが、一気に溢れ出してしまいそうになる。
暇な時、一人で何もすることがないままぼうっとしている時なんかは特に、もう無理だと挫けそうになる。
…好きなだけ泣けたらいいのに。
決して許されないそんな思いに、総司は力なく頭を振った。
ここ数日、はっきりしない曇天が続いていた。
今にも大量の雨粒を落としそうな重々しい雲が、空を覆っている。
それがまるで、自分の心の中を表しているようで。
どうにも気分が晴れなかった。
(素振りでもしてこよう……)
非番で暇を持て余していた総司は、気晴らしになればと木刀を手に立ち上がった。
平隊士相手に試合をしてもらうのもいいが、彼らは総司が顔を見せると途端に怯えを見せる。
歓迎されてないことはよく知ってるし、大体平隊士では相手にもならない。
そう思って、総司は自室の外に出ると、中庭に向かって静かに歩いて行った。
廊下の角を曲がったところで、ふと長い廊下の向こうから歩いてくる土方に目が留まった。
土方もすぐに総司に気付いて、難しそうにしかめていた顔をハッと上げた。
「ひじか……………」
ちょうどいい、構ってもらおう。
そう思って総司が声をかけようとしたところで、不意に土方のすぐ脇の襖がさっと開いて、千鶴が顔を覗かせた。
「あ…………」
土方は総司からすぐに顔を逸らし、千鶴に笑顔で向き直ってしまう。
総司のところまで声は届かないけれど、二人とも笑顔で何かを話している。
「…………………」
総司は肩に乗せた木刀をだらりと降ろして、暫く二人の様子を見つめていた。
それから薄い笑みを顔に貼り付けて、つかつかと二人の方に歩み寄る。
「どうしたんですか、二人とも。昼間っからいちゃいちゃしちゃって」
「お、沖田さん!」
千鶴は近付くまで全く総司に気がついていなかったらしく、総司が声をかけると顔を真っ赤にして飛び上がった。
「総司………ただ話してるだけでそうやって一々からかうのはやめろ」
土方は心底煩わしそうに、溜め息を吐いて言った。
「別にからかってませんよ。事実を述べてるだけです」
そういう土方に、総司は可愛げのない台詞を投げ返すことしかできない。
「ほら、鼻の下伸びてますよー?気持ち悪い」
「伸びてねぇ!てめぇいい加減にしろよ?何なんだよ、気持ち悪いだの何だの、俺の何がそんなに気に入らねえんだ」
にやにやと笑ってみせる総司に、土方はいよいよ本格的に怒り出した。
土方がこうして静かに燃える火のように怒っている時は、いたずらに怒鳴り散らしている時よりもたちが悪い。
総司は能面のように変わらない笑みを浮かべたまま、土方に向かって肩を竦めてみせた。
「別に何も?…強いて言うなら、全部?」
「全部って………あぁ、もういい。おい、雪村。とっとと行くぞ」
「で、でも……沖田さんが…」
「なぁに?千鶴ちゃん。その煩い人のこと、早く連れて行ってよ」
「沖田さん!」
「………雪村行くぞ」
総司は、荒々しい足音を立てながら去っていく土方を、立ち尽くしたまま見つめることしかできなかった。
たまにだけど、無性に泣きたくなる。
例えば、素直になりたいのになれない時とか。
好かれたい人に、嫌われるような態度しかとれない時とか。
自分が、どうしようもなく嫌になる。
*
「それで、その店はどこにあんだよ」
土方は、千鶴に向かって言った。
余程機嫌が悪いと見えて、女の足には些か速すぎる歩幅で、ずんずんと道のど真ん中を歩いて行く。
千鶴は息を切らして辛うじて追いつきながら、土方に答えた。
「こ、この先です!そこの角の……」
「あぁ、あそこか」
土方が目をやると、角の店に、暖簾を超えて長蛇の列が出来ていた。
京の人たちも、存外新しい物好きなようだ。
土方は驚きを感じながらも、千鶴を引き連れてその列に並んだ。
並びながら手持ち無沙汰になって、先ほどからおろおろと土方の一挙一動を見守っている千鶴に話しかけた。
「―――で、これは本当に美味いんだろうな?」
その半分苛立ったような声に、千鶴は益々肩を強ばらせる。
「も、勿論です!沖田さんは、きっと好きだと思います」
「そうか……」
土方は深々と嘆息した。
そんな土方を見かねて、千鶴は恐る恐る口を開く。
「あの………土方さん」
「何だ」
「あの、差し出がましいことはよく分かっているのですが、……沖田さん、喜んでくれるといいですね」
「…………あぁ」
「さっきの沖田さん、仰ることはいつも通りでしたけど、何だかちょっと元気がなさそうに見えました」
「そう、だな」
土方は短く返事をして、ちらりと千鶴に視線を向けた。
「お前、意外と敏感なんだな」
「はい?」
そこで自分たちの順番が回ってきたので、土方は店の者に金子を渡して、目当てのものを買い求めた。
「…おい雪村、お前にも買ってやる。どれが好みだ」
「えっ、私もいいんですか?」
「あぁ。この店まで案内してくれたからな。遠慮しねぇで、好きなのを選べよ」
途端に嬉しそうに商品を物色し始める千鶴を、土方は苦笑しながら見守ったのだった。
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