捧げ物 | ナノ


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土方さんは、すごく綺麗な人だった。

噂には聞いていたけれど、無表情で、無愛想で、だけど瞳が澄み切っていて、例えるならそう、まさに高嶺の花。

黙っていれば男だって放ってはおかないんじゃないか、なんて近藤さんは言ってたけれど、確かにそんな感じ。

口は滅法悪かった。

僕はよくガキ、ガキとけなされたし。

だけど女性には、その見た目の繊細さとはかなり差のある男らしさが堪らないのだと持て囃されて、近所ではすっかり評判の色男で。

とにかく、どこを取っても気に入らない人だった。

鼻につく奴、いけ好かない、きっと友達なんかいないはず、だって意地悪だし。

知っている限りの悪口を並べてみても、それでもまだ足りない気がした。

足りないというよりは、どこかしっくり来ない感じ。

何が違うんだろう、と頭を悩ませていた、そんなある日。

僕と土方さんが一緒に出かける羽目に陥った。

というのも、近藤さんが風邪で寝込んでしまって、土方さんと三人で行く約束をしていた近所のお祭りに、行けなくなってしまったからだ。

僕は近藤さんが行かないなら行かなくていいと言ったのに、なかなかない機会だし、せっかくトシもいるんだから、二人で是非行ってきなさいと言われてしまった。


「土方さんは試衛館の内弟子じゃありませんし、僕とは何の関係もない人ですよ?」

「まぁそう悲しいことを言わないでくれ、宗次郎。仮にもトシは俺の親友なんだし、面倒を見てくれる、ただの兄だと思えばいい」


近藤さんが親友と言ったことに、僕はどうしようもなくむしゃくしゃして唇を噛んだ。

なぜ、どうして、こんな奴が親友なんだ。


僕は絶対に二人っきりは嫌だと思って必死で主張した。


「でも、でも、……じゃあ、源さんは?どうして源さんは来ないんですか?」

「源さんには、今日は別の用事をお願いしてあるからなぁ」

「…………」


呆気なく望みは失せたが、それでも僕は諦めない。

ああだこうだと土方さん以外の可能性を指摘して、しかしことごとく却下された。


「どうして、トシじゃいかんのだね?」


仕舞いにはそんなことまで言われてしまって、ずっと部屋の入り口のところに立って聞いていた土方さんが、とうとう見かねて口を出してきた。


「こいつは、俺のことが嫌いなんだよ」

「宗次郎、好き嫌いはいかんな」

「別に、そうじゃないです」

「トシのことは好きだろう?ん?」


困惑しきった顔で言う近藤さんに、僕は仕方なく小さく頷く。


「なら、トシと行けるな?…俺は、トシと宗次郎には仲良くしてもらいたいんだ」

「…………分かりました。では、行ってまいります」


具合が悪いのにこれ以上手こずらせる訳にもいかないと、僕は仕方なく引き下がった。

この日の為にと近藤さんが用意してくれた甚兵衛を着て、ノリノリで浴衣なんかを着込んでいる土方さんには、目もくれずに試衛館を出る。


「宗次」

「……………」

「おい、宗次…」

「……………」


土方さんが呼んでいるけれど、僕は答えない。

後ろからのんびりと歩いてくる土方さんに追いつかれないよう、必死に大きな歩幅で歩き続ける。


「おい、その調子で歩いてたら疲れちまうぞ」

「…………」

「宗次、」

「っ何ですか?気安く人の名前呼ばないでもらえます?」

「……………」


キッと勢いをつけて振り返ると、土方さんは困惑しきった顔で僕を見ていた。


「……何がそんなに気に入らねえんだよ」


何もかもだ、と言おうとして口を噤んだ。

土方さんの浴衣姿にやけに腹が立つ。

僕も、本当は浴衣がよかった。

だけど近藤さんに「子供は甚兵衛が似合う」なんて言われてしまって、そうじゃなくてもわざわざ僕のために買ってくれようとしている物なのに、とても文句など言えなかった。

それに、近藤さんが似合うと言ってくれるならそれでいいやとも思ったんだ。

けど、今ここに近藤さんはいない。

居るのは、目の前の、ムカつく色男さんだけ。

どうせこの人は、自分が色男で、何を着ても似合うというのを鼻にかけて、お祭りに来る年頃の女を引っ掛けようとしているだけなんだ。

そうじゃなかったら、お祭りなんて行かないはず。

それなのにこぶ付きになってしまって、きっと内心僕のことを疎ましく思っているに違いないんだ。

表向きは立派な保護者面をしようとしているけど、僕は騙されない。


「別に、何も」


心に思っているのとは、全く違う言葉が出た。


「何も文句がねぇんなら、普通、名前を呼ばれたら返事くらいするだろうが」

「……………僕の名前は宗次郎です。宗次じゃありません」


それきり僕は問答無用で歩き出した。

遠くに聞こえる囃子の音を頼りに、ろくすっぽ道も知らなかったけど。

それでもまだ土方さんは後ろから追いかけてきて、何とか僕の気を引こうとする。

土方さんの足なら、僕のことなんかとっくに追い抜けるだろうに、それをしないのがまたムカついた。


「おい、祭りは一人じゃ楽しめねぇぞ」

「楽しめます」


そのままずんずんと歩いていこうとして、とうとうというか、土方さんに腕を強く掴まれた。


「っ何ですか!」

「おい、ふざけんじゃねぇ」

「ぼくはふざけてなんか…」

「いい加減にしろ。俺は拗ねたガキに付き合ってられるほど、寛容じゃねぇぞ」

「拗ねてません!」

「こっちはお前に付き合って、来たくもねぇ祭りに来てやってんだ。ちったぁ有り難く思ったらどうだ」

「っ………」


悔しくて、涙が出そうになった。

そんな恩着せがましく言わなくても、僕は土方さんが来たくないこととか、本当は僕のことなんか嫌いで、迷惑がっていることとか、全部分かってる。

真実を指摘されたようで、なんだか居心地が悪かった。


「……別に…頼んでなんかないです!」


僕はぎゅっと唇を噛み、手を握り締め、土方さんを睨み上げた。


「そう、……」

「嫌なら帰ればいいでしょ!?」


それから僕はくるりと踵を返して駆け出した。


「おい!宗次!!」


お祭りくらい一人で行けるもん。




―|toptsugi#




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