捧げ物 | ナノ


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新入社員の歓迎会で初めて一対一で会話をした時、僕は自分の上司に一目惚れした。

会話と言っても名前や出身地など、聞かれたことに答えただけの本当に些細なもの。

しかも相手の性別は男ときた。

それなのに一目惚れだなんてどうかしてるって、そんなことは言われなくても分かってる。

男の目から見ても格好いいと思うその容姿だとか、まだ若いのに部長を務めているその能力だとか、端っこに座っていた僕のところまでわざわざ来て話しかけてくれたことだとか。

惚れる要素はたくさんあった。

本当は新歓の日にもっと話してみたかったんだけど、新人の僕が最初から出しゃばって上司にべったりするわけにもいかず、それから今まで結局仕事でしか話していない。

お昼を一緒に食べに行くこともなければ、帰りが一緒になることもない。

フロアは同じだけれど向こうは部長。デスクも遠いし接点は皆無に近い。

それでも僕の一目惚れは続いている。

本当に、どうかしている。



それから半年近くが経過して、僕も僕の同期もだいぶ仕事や職場に慣れてきた。

そして上司がどんな人かも、段々と分かってきた。

とにかく、とんでもなく怖い。

彼の怒鳴り声を聞かなかった日はないくらいだ。

僕の同期を含め、先輩たちも沢山叱られている。

僕も何度か怒られた。

どんなに初歩的なミスでも、見つかれば"もう辞めろ"だなんてとりつく島もないような怒鳴り方をするんだ。

こんなこともできない奴に、うちの仕事は任せられねぇ。だから、もう明日から来なくていい。

そういう厳しいことを何度も言われて、ゆとり教育の犠牲者かつほやほや社会人の僕は何度も何度も泣きそうになった。

まぁ多分、密かに好きだったからっていうのもあるんだろうけど。

ほら、好きな人に詰られるのって辛いでしょ?

それにさ、僕には手強い恋敵が居たんだ。

そいつは斎藤一っていう僕の同期で、一番の成績で入社試験に合格したらしく、同期の中では所謂エース。

誰もが一目置くような存在だった。

それこそ、何となく通ってしまった僕なんかとは雲泥の差で。

僕がしょっちゅうするような"初歩的なミス"なんかまずしないし、ミスしたとしても、それは誰が見ても仕方なかったっていうような類のもの。

だから斎藤一は、誰もが認めるエリートだった。

エリート街道まっしぐらで、そのうち土方さんの……あぁ、土方さんってのが上司の名前ね、で、その土方さんの補佐とかするようになって、肩を並べて……って、もう考えたくもない。

そうだよ、これは立派なやっかみだ。

だけど仕方ないじゃないか。

土方さんったら、斎藤一ばっかり依怙贔屓するんだから。

斎藤よくやった、斎藤でかしたぞ、斎藤飯でも食いに行くかって。

斎藤斎藤うるさいんだよもう。

僕なんか片手で数えられるくらいしか、一緒にご飯に連れて行ってもらったこともないってのにさ。

斎藤一が土方さんと他の先輩たちとご飯食べに行ってる間、僕が何してるかって?

残業だよ残業!

斎藤一は優秀でいらっしゃるから、僕みたいに凡ミスする奴とは違って残業なんかほとんどないのさ。

んで僕は惨めに残業。

僕と同じくらい……いや、僕より出来の悪い平助と並んで、毎晩遅くまで頑張ってるわけ。


「なぁなぁ総司、」


今日も例に漏れず二人で残業していたら、不意に平助が話しかけてきた。

フロアにはもう出来の悪い二人だけしかいない。

平助のでっかい声は無人のフロアによく響いた。


「なんなの平助。うるさいんだけど」

「うわ、もしかして今すっげ機嫌悪い?」


言うまでもなく僕のご機嫌とやらは、定時のチャイムが鳴って、土方さんが帰ってからずっと下降し続けている。

平助は触らぬ神に祟り無しという諺を知らないらしい。


「分かってるなら放っておいた方がいいなって当然思うよね」

「いやいや、それがさ、永倉さんがさ、」

「ごめん平助、君の爪にホチキスぶっ刺してもいい?」

「な、な!物騒なこと言うなよな!」


僕は堆く(うずたかく)積まれた書類と睨めっこしながら、脅しの意味をこめてホチキスをカチカチと鳴らした。


「なぁ総司、ちょっとでいいから聞いてくれよ!土方さんのことなんだって!」

「え?なに?部長のこと?……なんでそれを早く言わないのさ」

「わ、もう、総司っていっつも横暴だよな!」

「いいから早く言いなよ」


僕が土方さんを好きなことを、平助は何となく知っている。

こんな奴に知られたなんて全くもって不本意だけど、お昼も残業もいつも一緒では、隠しきれなくて当然だったんだと思う。……そう思いたい。

僕が再びホチキスを鳴らすと、平助はおっかなびっくり話し始めた。


「な、なんかさ、永倉さんが言ってたんだけど、」

「それはもう聞いた」

「……っ…あ、あのな、土方さんって、好きな人がいるらしいぜ!」


……あぁ平助、まったく君は爆弾を落とすのが上手だね。

そこだけは褒めてあげるよ。うん。それから殺してあげる。


「……君はさ、何でそれをこの僕にこのタイミングで言うわけ」

「だ、だって!まだ誰だか分かんねえし!それに、土方さんに彼女がいねぇことも分かったじゃんか!」

「そんなの見てれば分かるけど。既婚ってのは論外だし、メールも電話も私用では滅多にしてないし。……まぁ、よっぽど束縛されたくないカノジョならあり得るけど。この前なんか土方さんの誕生日だったのに残業してたし、周りからの冷やかしもないし、いかにも女性からプレゼントされました、みたいなものも持ってないし、それに…」

「あーあーもう分かった!ていうか怖!総司の観察眼こわ!」

「……なんか文句ある?」

「いや、ない、ないです!だけどちょっとストーカーっぽいっていうか、その情熱を仕事に傾ければいいと思うっていうか、」

「……君が僕に殺されたいことはよーく分かった」

「すみません!すみませんでした!」


僕は平助を一睨みしてからホチキスを放り出した。

僕がようやく危険物から手を離したことにホッとしたのか、途端に平助がおしゃべりになる。


「なぁなぁ、でも気にならねえ?土方さんが好きな人!」


僕は落ち込みを通り越して無の境地に達した。

そうしたら少しだけ平助に付き合ってあげてもいい気分になった。


「………そりゃあまぁ、気になるけど。っていうかそもそも何で永倉さんがそんなことを平助に言うのさ」

「違うよ!永倉さんが原田さんに言ってたのを聞いたんだ。何でも土方さんがさ、"永倉、俺は恋に落ちたみてえだ"って言ったらしいんだよ!」


その言葉に、何だかピンときてしまった。

恋に落ちたってことはさ、どう考えても最近出会った人が相手だよね。


「あの鬼の部長が"恋に落ちた"だぜ?!信じらんねぇよな!」

「……まぁ、大体の目星はつくけどね」

「はぁ!?総司相手が誰だか知ってんのか!?」

「斎藤一だよ」


僕が断言すると、何故か平助はげんなりした顔になった。


「何で平助がそんな顔をするのさ」

「…総司さ、それ本気で言ってる?」

「当たり前じゃない。他に誰がいるの?」

「いや………あのさ、総司はさ、あんな堅物を好きになったりする?」


堅物、と平助なんかに言われてしまった斎藤一が、すこーしだけ可哀想になった。

まぁ、擁護してやるつもりなんかさらさらないけど。


「……さぁ?好みなんか人それぞれだし?」


かく言う平助だって、僕が土方さんに好意を向けることに対してかなりの反感を抱いてる。

あんなおっかねぇ人のどこがいいんだよ!って、それはもうぎゃあぎゃあうるさかったんだから。


「えー……俺としちゃあ、絶対総司!って思ったんだけどな」

「……平助。君の目は一体どこについてるのかな。足の裏?」

「な、何でだよ!!」

「僕と土方さんのどこをどう見たらそう思えるの?!」

「だってさ、」

「新歓以来まだ数回しか話したことないんだよ?それどころか毎日のように怒らせてるし、褒められたことなんか一度もないし、もうだめだめだよ」

「あー……そりゃあ確かにだめだめだな」


平助が僕を励ましたいのか落ち込ませたいのか分からない。


「うん。でもまぁ、………斎藤一でもないかもね」


僕はぼうっと宙を見つめながら言った。


「え、なんで?つーかその総司のフルネーム呼び捨てが結構怖いんだけど」

「何で?斎藤一は斎藤一でしょ?」

「はい、もう何も言いません。ていうか、なんで?」

「…そもそも、超常識人の土方さんは男を好きになったりしない」

「あー、確かにな。あの容姿でモテねぇわけがねーし」


平助の言葉にますます落ち込んだ。


「まぁ、まずは仕事早く終わられるようになって、飲みに連れて行ってもらうことが先決じゃね?」

「む、何で平助が正論述べてるのさ」

「はぁぁ!?悪いかよ!」


平助はこれでも僕を励ましてくれたつもりなんだろうけど、僕の心はずーんと沈んだまま。

土方さんに好きな人がいるなんて、そんなの聞いてないよ……。




―|toptsugi#




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