夜の帳もすっかり降りた頃。
ここ、泣く子も黙る新選組の屯所には、その標語らしからぬ明るい笑い声が響いていた。
「がっはっはっ!!左之のその腹芸だけは、何度見ても笑っちまうよな!」
「ひー!お腹捩れるー!左之さんもうやめてー!」
先だっての捕り物に対する上からの報奨金が降り、たまには屯所で宴会も良いのではと、上物の酒と肴を買ってきて、久しぶりに試衛館組水入らずで飲んでいるところであった。
陽気に笑う幹部たちの顔は皆一様に赤く染まり、ほろ酔い状態であることが伺える。
「僕は近藤さんのアレも好きだけどなぁ。ねぇ、やってくれませんか?」
完全に酔いの回った三馬鹿よりはいくらか落ち着いている沖田の甘えた言葉に、近藤は上機嫌で大きく頷いた。
「おう、いいとも!ほれ」
「ふふ、おっきい口だなぁ」
近藤が大きく開けた口に左拳を突っ込むと、やんややんやと沖田が囃す。
近藤、沖田と並んだその隣で、土方は一人酒も飲まずにだんまりを決め込んでいた。
そもそもこの宴会自体、当たり前に近藤の隣に座ろうとした土方を沖田が押し退け、近藤と土方の間にどっかりと腰を下ろしたところから始まっている。
土方の機嫌は言うまでもなく、すこぶる悪い。
沖田の近藤至上主義は今に始まったことではないが、仮にも沖田は現在土方の恋人なのだ。
(ったく……近藤さんにばっかりくっつきやがって)
少しは考えたらどうだと小言の一つや二つでも言ってやりたいのは山々だったが、「だからこうして隣に座ってるじゃないですかー」なんて言われたらたまらないから黙っている。
それに自分たちの関係は二人だけの秘密にしている手前、あからさまに指摘できないのも苛つく要因だった。
「副長、少しお疲れなのではありませんか?先ほどからまったく飲み食いなさっていないようですが」
そのうちに、土方の隣に座っていた斎藤が心配そうに顔を覗き込んできた。
こいつ、と土方は舌打ちする。
一応心配するふりをしてはいるが、実は土方をさっさと追い払って、沖田の隣に座りたいだけなのが見え見えだ。
土方は斎藤が密かに沖田を好いていることを知っていた。
要するに、恋敵には敏感だということである。
総司は俺の、と大きく貼り紙をしたいところだが、隠している以上断言出来ないのがもどかしい。
そんなだから斎藤がつけあがるんだ、と土方の心にさざ波が立つ。
「いや、大丈夫だ。まだ呑める」
「そうでしょうか。俺には随分と酔っておられるように見えるのですが」
俺ぁまだ一滴も呑んでねぇよ!と心の中で突っ込みつつ、土方は目の前の御猪口に手を伸ばした。
その手を横からつんつんとつつく者がある。
「ねー土方さん、近藤さんの手ってすっごくおっきいですよね!」
「あん?」
ようやく沖田に話しかけられて一瞬心が浮上したものの、その内容にまたずーんと沈む。
「そ、総司!トシにまで言わなくても…!」
「近藤さんの手だぁ?………んなもんどうだっていいだろうが」
土方がつい投げやりな口調になると、途端に沖田の機嫌が急降下した。
「へぇ、そういうこと言うんだ。どうせ自分は女の人みたいに細い手だからって、ひがんでるんでしょ」
「うるせぇ!つーかお前そんな風に思ってたのかよ!?」
今まで散々沖田のあちこちを虐め抜いてきた己の手を、土方は暫し呆然として眺める。
「いいえ。別に?ただ、近藤さんはこーんなにおっきな手をしてるのに口に入れることまでできて、すごいなぁって感動しただけですー」
「総司……!お前はこんなことでも感動してくれるのか!何ていい子なんだ!」
近藤がその"おっきな"手で沖田の頭をわしゃわしゃと撫でる。
普段土方が撫でようとすると、髪型が崩れるからやめてくれと散々喚き散らすというのに、けったいなことだ。
その誰かさんの真似をしているらしい髪型も、解く度に結ってやっているのは土方だ。
真似はしたがるくせに、自分で結う技量は持っていないらしい。
いつだかひん曲がって結わかれているのを土方が笑ったことがあり、それからは結うのは土方の仕事になってしまった。
何が嬉しくてあの髪型にしてやらなきゃならねぇんだ。そう思う度、土方は沖田の頭をぐしゃぐしゃにかき乱したくなる。
「えへへ。近藤さんにいい子って言ってもらえて、僕嬉しいなぁ!」
……また始まった。
二人の阿呆みたいなやり取り。
土方は深々と溜め息を吐いて、御猪口の中身を一気に煽る。
「……副長、もうお休みになられた方がよろしいのでは」
「…………………」
すかさず反対側から襲ってきた攻撃に、土方はがっくりとうなだれたのだった。
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