捧げ物 | ナノ


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早く帰らねぇと。

その思いのみで一心不乱に残業を片付け、珍しくもまだ明るい内に土方が帰宅したのは、他でもない、総司の為だ。


季節の変わり目、ことに新年度が始まる4月には毎年体を壊している総司は、今年も期待を裏切ることなく熱を出した。

大丈夫だからとへらへらしていた総司を無理やりベッドに閉じ込め、学校を欠席させたのは今朝のこと。

横になった途端強がるのは止めたのか、お粥じゃなくてうどんがいいだの柑橘類が食べたいだの、途端に我が儘放題になった総司を宥めすかし、後ろ髪を引かれる思いで出社したのがお昼前。

遅刻した分遅れた仕事を首尾よく…というよりは根気だけでやっつけて、ようやく家に辿り着いたのが、今。

午後7時を少し回ったところだ。


大人しくベッドに収まっててくれればいいが…と一抹の不安を抱えながら鍵を回すと、土方はただいまと声を張り上げた。

するとそう間を置かずにリビングのドアが開き、総司が顔を覗かせる。


「お帰りなさーい」


可愛そうなほどに枯れた声で総司は言った。


「…具合は大丈夫か?」

「まぁ、風邪にとってはいい具合です」

「ったく、ちゃんと寝てたんだろうな?」

「………寝てましたよ」


ブスッと不貞腐れる総司に、土方は疑問の目を向ける。


「…じゃあ何で出迎えなんかしてんだよ」

「た、たまたまですっ。喉渇いちゃって…取りに来たんです…げほっ」

「あぁ、あれじゃ足りなかったか?」


土方は朝、総司の枕元に水の入ったペットボトルを置いていった。

が、それは底をついたらしい。

ゴホゴホと咳き込む総司の背中を押しながら、土方はリビングへと歩いていった。


「夜は何がいい。またうどんか?」

「…うーん、うどんは飽きました。ていうかもうお腹空かない」

「こら。ちゃんと食わねえと薬飲めねえだろうが」

「ちぇー」


総司はダルそうにソファに腰を下ろした。

その額に手をやると、まだかなり熱がある。


「……お前、本当に寝てたのか?」

「寝てましたってば」

「…ソファに寝っ転がってテレビ見てたのは、寝てたことにはならねぇからな?」

「………なりますよ…ッげほっ!」

「あー、…ったく」


土方は前髪をかきあげつつ頭を抱えた。

それから腰に手をやって深々と溜め息を吐く。


「……で?何作ったら食ってくれんだよ」

「プリン」


土方は一瞬ぴきりと固まった後、すぐに踵を返してキッチンへと向かった。

そして、冷蔵庫から取り出したプリンを持ってリビングへと戻る。


「……ほらよ」


ソファの前のローテーブルに乱暴にプリンを置いてやると、総司は抗議の目を向けてきた。


「…なんで市販のなんですか?」

「あぁ?」

「作ってくれたら食べるけど、これは嫌です」


枯れた声でそんなことをのたまって、総司はぷいと顔を背ける。

土方のこめかみがぴくぴくと動いた。


「……あのな、俺がプリンなんざ作れると本気で思ってんのか?」


押し殺した声で尋ねると、総司は妙にいじけたような顔をした。


「やっぱり無理ですか?」

「当たり前だろうが!逆に作れんだったらとっくに作ってるよ!」

「ふーん……じゃあ仕方ないからうどんで我慢してあげますよ。ゴホッゴホッ……あ、ちゃんと玉子落としてくださいね?」

「……了解」


やけに上から目線の総司に頭を痛めながら、土方は再びキッチンに向かった。

まぁ、あれで一応病人なのだから、と怒りたいのを我慢してうどんを温める。

総司の要求通り玉子も入れてやってから、ダイニングまで運んでいった。


「待たせたな。…食えそうか?」


大人しく椅子に座って待っていた総司の前にお椀を置いてやると、総司はちらりと土方の顔を伺ってきた。


「…食べさせてって言ったら食べさせてくれます?」

「お前なぁ、飯くらい一人で食えんだろ?」


幼稚園児じゃあるまいし。

そう言うと、総司は益々不貞腐れたように土方を見ながら、片手で箸を取り上げた。


「けほっ…いただきます」

「おう。しっかり食えよ」


総司が箸をつけるのを確認してから土方が立ち去ろうとすると、途端に総司からお咎めが入る。


「どこ行くんですか?」

「……着替えてくんだよ!」


ネクタイを引き抜きながら苛々したように答えると、総司はそっかと呟いて、ずるずるとうどんを口に入れていた。


寝室へ行って着替えながら、土方は深々と溜め息を吐く。

総司の甘えん坊は今に始まったことではないが、今日はいつもに増してそれが酷い。

此方を困らせたいとしか思えない。

総司の面倒を見ようと思って早く帰ってきたはいいが、こちとて明日も仕事がある。

こうも振り回されていたら疲れ果ててしまう。


ようやくスーツから解放されると、土方は持ち帰ってきた仕事を片手にリビングに戻った。

見れば、総司はまだうどんを食べている。

熱があるのだろう、目はとろんとしているし、顔も赤い。

こりゃあ早く薬を飲ませて寝かせなきゃ駄目だな、なんて考えていると、総司が顔を上げた。


「…土方さん、お水」

「あぁ?水がどうした」

「お水欲しいです」

「………はいよ」


いちいち文句を言うのも億劫で、土方は黙ってコップと水を取りに行ってやった。


「…それ、仕事ですか?」


コップを差し出すと、総司が土方の手中にあるものを指して言う。


「あぁ…早く帰るために家でやろうと思ってな」

「えー…今日くらいやらなくてもいいじゃないですか」

「そういうわけにはいかねぇんだよ……ほら、早く食っちまえ」

「……………」

「あぁ、食い終わったら薬もちゃんと飲めよ」


土方は総司を催促してから、リビングのワークスペースへ行ってパソコンを立ち上げた。




―|toptsugi#




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