捧げ物 | ナノ


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芹沢さん常連の遊廓に、芹沢さんのお供で行くことになった。

いつもは新見さんとか平間さんとか芹沢一派の人が担当している役目だから、余程の大事じゃない限り近藤派の幹部は駆り出されたりしないんだけど、今回は僕が自らお願いした。


「何でお前が行く必要があんだよ」


僕が申し出た時、土方さんはあからさまに嫌そうな顔をした。


「いいんですよ」

「あ?何がいいんだよ」

「だって、たまには芹沢さんたちとも交流しないと、せっかくの金づるなのに、関係がギクシャクしちゃうでしょ?」

「金づるってなぁ……」

「え、違うんですか?」

「…だからと言ってお前が行く必要はねぇだろ。大人しくしてろ」

「嫌ですよー。僕が行くんです。なーんか芹沢さんに気に入られてるみたいだし」

「お前……」


土方さんは苦虫を潰したような顔になった。

…あはは、僕が好きなのは土方さんだから、心配なんてご無用なのにね。


兎に角、僕はそれ以上土方さんが何を言っても聞く耳を持たなかった。

だって、嫌だったんだ。

もし僕が行かなかったら、土方さんが行くことになるのは目に見えてるからね。

土方さんを遊廓に行かせるわけには、絶対いかないでしょ?

…それに、いっつもはぐらかされて、僕だけ大事な席に連れて行ってもらえないことに多少腹を立ててたってのも理由の一つだ。


「…ったく強情な奴だな。仕方ねぇ」


頑固な僕に根負けしたのか、最終的に土方さんは許可をくれた。


「じゃあ、行ってきまーす」

「くれぐれも気をつけろよ」

「気を付けるって、何に?」

「…………察しろ」


僕は首を傾げた。

芹沢さんに気を付けろってこと?
それとも遊女に誑かされるなよってこと?

…心当たりが多すぎて分からない。


それでも僕は、渋い顔をした土方さんをそのまま置き去りにして、芹沢さんたちと一緒に島原へと繰り出した。











「沖田、そう遠慮するな」


馴染みの店の一番広い座敷に通してもらったのはいいものの、すぐさま上等な遊女を呼びつけて、好き勝手に騒ぎ始めた芹沢さんに、僕は心底辟易していた。


「いえ……僕、あまり飲めませんので」

「そんな訳がなかろう。試衛館の奴らとよく飲んでいるのは知っているぞ」

「何だか……飲む気になれなくて」


僕は当たり障りのない言葉を選んで答える。


「どうした、具合でも悪いのか」

「いえ、そういう訳ではないんですけど」

「なら、お前に付いている遊女が気に入らんのか」

「え……」


僕は先ほどから僕のお酌をしてくれていた遊女に目をやった。

芹沢さんに言われるまで気に留めてもいなかったから、少しだけ戸惑う。


「いえ……あの…そういうわけじゃないです…」


僕は視線を泳がせた。

元来、女の人は苦手なんだ。

小さい頃は気の強いお姉さんに育てられたし、それ以降は滅多に女の人と関わることもなかったから、どう接すればいいのかも分からない。

きっと危うい立場に立たされている筈の遊女に何と言ってあげるべきなのか、僕は心底困り果てて頭を掻いた。

僕の様子を見ていた芹沢さんが、にやりと笑ったのにも気付かずに。


「まぁ、少しでも飲んだらどうだ。これは上等な酒だぞ」


酔っているのか、芹沢さんはやけに酒を推し進めてくる。

芹沢さんのことをあまり無碍にはできないし、それに僕がやたら気にかけられているのが気に食わないらしい、芹沢一派の隊士たちの視線も痛かったから、僕は仕方なく勧められた酒をちびちびと飲んだ。


僕の分の徳利がようやく空になった頃、不意に上機嫌な芹沢さんが言った。


「沖田、お前が飲む気分でないなら丁度良い。俺もそろそろ酔いが回ってきた。中座させてもらうとしよう」


お前らはまだ飲んでいろと、芹沢さんは他の隊士たちに言う。

それはつまり、僕が芹沢さんと二人きりで帰らなくちゃならないってことだ。

何となくだけど、僕は今まで芹沢さんと二人きりになることだけは避けてきていた。

何か気まずいし、何を話せばいいのか分からないし、大体僕はこの人のことが嫌いだし。


(嫌だなぁ…………)


そう思ったところで、筆頭局長である芹沢さんの言うことは絶対だ。

一緒に中座するのが嫌だからまだ飲みます、なんて今更言えるわけもないし。


「沖田、行くぞ」

「………………はい」


まぁ、早く帰って土方さんを安心させてあげるってのも一つの手だよね。

僕は意を決して頷いた。











あれ、何でこんなことになってるんだろう。

……そう思った時にはもう遅かった。

気付いたら、芹沢さんの顔の向こうに天井が見えた。

屯所に帰ってきたところまで………いや、帰り道の記憶すら曖昧だ。

僕はどうやって帰ってきたんだろう。

そして、どうしてこんなことになっているんだろう。


「おい、しっかりしろ」


突然芹沢さんの声が聞こえたかと思ったら頬を叩かれた。


「ぅ……んぅ…?」


状況が分からないし、眩暈がして意識が覚束ないことに不安を感じる。


「ふ……少し意識を攪拌させたかっただけなんだがな………あの酒では強すぎたか」


芹沢さんの独り言に、僕は何となく身の危険が迫っていることを悟った。


きっと、物凄く強いお酒を飲まされたんだ。

そんなことをしてどうしたいのかは謎だけど、思えば僕の徳利だけ別にされてたし、何かしらの謀略を仕組まれたことは確実だ。


今こそが、土方さんの言っていた"気をつけろ"って時なんだろうな。

そう思って、僕は夢中で起き上がろうとした。

が、芹沢さんに肩を押し返されて、また元通り畳の上に倒れ伏す。


「っ……っ何なの、さ………」


僕は必死で抵抗して、肩を押す芹沢さんの腕を掴んで引き剥がそうとしたがびくともしない。

酔いが回っている所為で、僕が弱いのか。

それとも、芹沢さんが馬鹿力なのか。


「…ふ……力が入らんだろう」


僕の心の中を見透かしたように、芹沢さんは言った。


「ど、…いう……つもり…です、か」

「どうも何もない。お前が欲しいと、そう思っただけだ。こうでもしないと、お前は気を許さんだろうからな」

「………っ……」


酔った頭でも、拙いことになったというのは重々理解できた。


「覚悟しろ、今この瞬間から、お前は俺のものだ」


そう言って芹沢さんが乱暴に僕の着物の合わせを割り開いた瞬間、僕は逃れられない恐怖に悲鳴を上げた。




―|toptsugi#




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