捧げ物 | ナノ


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近しいからこそそれ以上の仲にはなれない。

長く一緒に居すぎて、相手を恋愛対象として見れない。

…否、恋愛感情は抱いても、なかなか告白には至れない。

余りにも近すぎて、関係を壊す勇気が出ない。

二人はちょうど、そんなような関係だった。


(何で、総司なんだろうな………)


土方は一人頭を抱え込んだ。


女に困ったことはない。

こちらから求めなくても、自然と周りに集まってくる。

だから別に、貧窮したあまり、とかいった理由ではないのだが。

何故か、土方はどうしようもなく総司に惹かれているのだった。


自他共に認める悪戯っ子振りには最近益々拍車がかかり、土方すら手に負えきれなくなってきているし、可愛さのかけらもない………はずなのだが。


(あぁくっそ………分からねえよ……)


何故、気付けば視線が総司を追い掛けているのか。

総司のどこにそんなに惹かれているのか。


それは、土方本人にも到底分かり得ないことだった。

というよりむしろ、今土方の中で最大の悩みとなっていることだった。


「土方さん?どうしたんですか?悩み事ですか?」

「………ん?」


土方がふと顔を上げると、先ほどから副長室に転がり込んで、何が楽しいのかごろごろしながら天井を見上げていた総司が、土方の顔をまじまじと見つめているところだった。


「別に……何も悩んじゃいねぇよ」

「そうですか?珍しく筆が止まってたから………あ、もしかして、髪の毛薄くなっちゃったらどうしよう、とか思ってたんですか?」

「阿呆か!誰がんなこと真剣に悩むかよ!」

「やだなぁ、悩みますよ」


そう言って総司はけらけら笑っている。


「………」


その様子を見て、土方はまた思うのだ。

どうして、総司なのかと。


「なぁ、総司」

「はい?」


土方は総司に向き直って、真っ直ぐにその翡翠色の目を見つめた。


「な、何ですか………」


目が合った途端、気まずそうにもじもじし出す総司の手を、土方はぐいっと引き寄せた。


「ちょ、ちょっと!」


自然と土方の胸に倒れ込む形になった総司は、顔を真っ赤にして離れようと暴れ出した。


「総司、」


土方はそれを無理やり抱え込んで、総司の顔に手を這わせる。


「何するんですかっ……き、気持ち悪い、な……」


総司は土方の手から逃れようと顔を逸らした。

その反応を見て、土方は深々と溜め息を吐いて、内心がっくりとうなだれた。


(いっつもこれなんだよな…………)


総司も土方に並々ならぬ感情を寄せていることに、土方はとっくに気付いていた。

いや、それが土方と同じような恋愛感情だと断言はできないが、それでも普通とは少し違う好意を寄せられていることに気付かないほど、鈍感な土方ではない。

総司が投げてくる眼差しを見ていれば、いくら本人がひた隠しにしているつもりだろうと、そこに籠められた情熱にはすぐに気付いてしまった。


が、それならば、といくら土方から働きかけても、総司はいつものらりくらりと交わしてしまうのだ。

総司の考えそうなことは何となく分かる気がする土方だったが、それにしても毎回毎回こうも拒絶されると、それなりにがっくりしてしまうものだ。

土方はつい冷静さを失って強引に迫りすぎてしまったことに気づき、肩の力を抜いた。


「……お前、俺のことをどう思ってるんだよ」

「はい?」


土方は溜め息混じりに腕を組みながら、横目で総司を見た。


…どうしても知りたかったのだ。

なぜ、好意を寄せてくれている筈の総司が、ことごとく自分を拒否するのか。

両想いだと思っていたのは、好かれていると思っていたのは、自分の勘違いだったのか。


「どう、って…………」


総司はそれきり、難しい顔をして黙り込んでしまった。

土方自身、自分が総司を困らせている自覚はあったが、しかしここで引き下がるわけにはいかない。


「何だよ、普段はすぐ過保護だのお節介だのおじさんだの言うじゃねぇか。何で黙るんだ」

「まぁ、それは否定しませんけど。で、でも……土方さんに聞かれたことなんてないですもん」


総司は悩んで当然だとでも言うようにぶつぶつと呟いた。


「でも……そうですね、土方さんのことは……」


思わせぶり―――ではないのだろうが、絶妙な間をおいて口を噤む総司に、土方はごくりと生唾を飲む。


「土方さんのことは、…その、お兄ちゃん……ではないし…保護観察者っていうか、その……やっぱり過保護なおじさんかなぁ」


最後は冗談めかして誤魔化されたような気も若干したが、土方は半ば予想通りの返答に大きく肩を落とした。


「何だよ、おじさんって……俺はそんなに老けてるか?」

「や、そうじゃないけど……でも…」


口ごもる総司を見て、土方は更に脱力した。

何だかとんでもなく大きなものを失ったかのような、そういう喪失感に苛まれる。


何でこんな馬鹿な質問をしたのかと、土方は数分前の自分をひたすら責めた。

答えなど、分かりきっていたではないか。


「あー、分かった。もういい。無理難題を押し付けて悪かったな。俺はいい加減仕事に戻るから、お前もどこか他のところへ行け」


手で総司をしっしと追い払い、すぐに机に向かって筆を取る。

後ろで総司が驚いたように微かに息を飲むのが分かった。


「…………そう、ですか…じゃあ…失礼します…」


当然文句の一つや二つ飛び出して、ここに居座って邪魔をするに決まっていると思い込んでいた土方は、総司の殊勝なまでの弱々しい言葉に驚いて、思わず振り返った。


「…やけに素直じゃねぇか」

「まぁね。だって、邪魔したらおじさん怒るじゃないですか」

「てめぇ……」


おじさんおじさんと連呼する総司に、勿論怒りもこみ上げてはきたが、それよりもまず総司のいつもの調子が感じられたことに安堵した土方は、そんな自分の心境に自嘲の笑みを浮かべた。


今までの色恋事では、こんなに思い悩むことはなかった。

悩むまでもなく、思ったらすぐに行動に移してきた。

それで何も―――いや、二、三後ろめたい過去もあるが、どちらかというと困ることはなくやってきた。

少なくとも、相手の気持ちが分からなくて、ここまで煩悶することは皆無だった。

勿論、相手にこれほど翻弄されるのも、初めてのことだ。


(は……こんなんじゃ到底想いなんざ伝えられねぇな)


のそのそと部屋を出て行く総司を見ながら、土方は密かに溜め息を洩らしたのだった。




―|toptsugi#




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