これから打ち上げに行かねえか?と原田から声をかけられた。
番組収録が終わって、ちょうど帰ろうとしていたところだ。
「新八も来るっていうからさ。な?どうだ?」
そういえば、以前永倉からの誘いを断ったことがあったなぁと、沖田は考えを巡らせる。
「僕が行ってもいいんですか?」
「あぁ、構わねえよ。つーか、むしろ来てくれ」
「じゃあ、お邪魔します」
「よし、そう来なくっちゃな」
既に個室を予約してあるんだと、原田はニヤリと口角を上げた。
土方とはまた違う整った顔に、沖田はうっとたじろぐ。
「僕荷物取ってきますね」
「おう、下にタクシー呼んであるからな」
共にスタジオを出て、楽屋の前でひとまず別れた。
「お、お帰り」
楽屋の中では土方がゆったりとくつろいでいた………わけではないのだろうが、椅子に座ってコーヒーを飲んでいた。
テーブルの上には、最近買い換えたばかりのスマートフォンや書類が無造作に置かれていて、忙しく仕事をしていたのであろうことが伺える。
「あの、土方さん」
「んー?」
「あの、これから打ち上げに誘われたんですけど、行ってきてもいいですか?」
「打ち上げ?」
途端に眉を吊り上げた土方に、沖田はやっぱりダメかぁと肩を竦めた。
「誰とだ」
「えと、左之さんと、新八さん。個室を予約してあるそうです」
だから一般人にバレて騒ぎになることはありませんよ?と暗に示したつもりの沖田は、土方の頭の中で、個室で3Pが始まっちまったらただ事じゃねぇぞ、などという考えが飛び交っているとは夢にも思わなかった。
「やっぱりダメですか?」
「……何の店だ」
「さぁ?そこまでは」
「本当に飯屋だったか?」
「知りませんけど、打ち上げなんだからご飯食べるんじゃないですか?」
「カラオケみてぇな、完全密室ってこともありえるだろ?」
「完全密室って……」
刑事ドラマじゃないんだから、と沖田は思う。
「ダメならダメで断ってくるからいいんです。ただ、聞いただけですから」
「……俺も行く」
常套文句を口にした沖田は、土方の思わぬ返答に目を丸くした。
いつもなら、十も二十もネチネチと小言を言われた後で、行かない方向に上手く言いくるめられるところだ。
「俺がいれば、何かと安心だからな。襲われても守ってやれるし、たまに顔出しときゃ牽制にもなるし」
襲われるって、熱狂的なファンに…?
沖田はトンチンカンな土方の言葉に首を傾げつつ、気が変わってダメと言われる前に、いそいそと身支度を整えた。
「総司、何で保護者までついて来てんだ?」
土方と共にタクシーのところまで行くと、原田も永倉も揃って苦々しい顔をした。
「お前らの下心なんざ俺にはお見通しなんだよ」
「そういうアンタだって下心持ってんじゃねーか」
言い合いを始める三人を、沖田は理解できずにオロオロと見守る。
「ちょっと、これから打ち上げなのに喧嘩なんて止めてくださいよ。下心下心って、みんなして女の子でも呼ぶ気なんですか?僕一応まだ高校生なんですけど」
「……………」
奇妙な顔をして固まった三人を不審そうに見つめてつつ、沖田がさっさとタクシーに乗り込もうとすると、今度は誰が沖田の隣になるか、誰が助手席に座るかで紛争が勃発した。
「土方さんはいつも一緒なんだから前行けよ」
「いつも一緒だからこそ勝手が分かってるんじゃねぇか」
「隣に座るだけで勝手も何もねぇだろ!いいから前行けよ」
「左之の言うとおりだぞ。いつも一緒じゃ総司だって気が滅入るじゃねぇか!なぁ、総司?」
沖田は呆れて大人たちを眺めていたが、話を振られ、うんざりして助手席のドアを開けた。
「僕が前に乗りますから。それでいいでしょ?」
かくして、大人三人がぎゅうぎゅうと後部座席に押し込まれることとなった。
「おい新八、お前もう少しあっち行け。むしろドアから落ちろ」
「土方さんこそ股閉じてくれよ!俺の幅これしかねぇんだぞ!」
「足が勝手に開くんだよ」
「何だよその苦しい言い訳!」
「新八うるせぇ」
「左之まで何だよ!」
タクシーが動き始めてからも、大人たちの大人気ない紛争は続く。
「僕、みんなが仲良くしてくれないなら帰りますけど」
が、沖田の一言で言い合いは鎮火し、冷戦へもつれ込むこととなった。
「しゃぶしゃぶか……」
予約していた店につきタクシーを降りると、どこかホッとした様子で土方が言った。
「やっぱりカラオケじゃなかったですね」
沖田がクスクス笑いながら指摘すると、土方はばつが悪そうに顔を背けてしまった。
「おい、早く来いよ総司!」
「はーい」
永倉に呼ばれて沖田が暖簾をくぐる。
土方も、今一度闘志を燃やし直してから沖田に続いた。
「僕豚しゃぶがいいです」
「ちゃんと野菜も食うんだぞ」
「野菜は黙っててもついてきますよ」
「俺は牛が食いてぇ」
通された個室で、誰が沖田の隣に座るかで再び一揉めあったものの、嫌いな食材を処理してもらえるからという理由で沖田が土方を指名したため、 残る二人は涙を飲んで向かいの席に収まった。
それから各々が注文に夢中になり、ようやく落ち着いたのは、ドリンクが運ばれてきてからのことだった。
「お疲れ様でしたー!」
「乾杯!」
生ビール二杯とウーロン茶とオレンジジュースが掲げられ、カチンと音を立てる。
「いやーやっぱうめぇなぁ!仕事の後の一杯ってのはよ!」
「新八さんオヤジ臭いです」
「総司〜!」
「まぁ、土方さんのウーロン茶はウーロン茶で笑えますけどね」
「んだよ。俺は羽目を外さないように飲まねぇだけだ」
「飲めねぇなら飲めねぇって正直に言えよな。男らしくねぇんだから」
「左之、てめぇは俺を蹴落としてぇだけだろうが」
再び流れ出す不穏な空気に、沖田の眉間に皺が寄る。
「蹴落としたいって、何の話ですか?左之さん、まさかポスト鬼マネになりたいんですか?」
「そんな訳ねぇだろ。つーか、やっぱり土方さんって鬼なのか?」
「鬼ですよー鬼!朝は叩き起こしてくるし栄養のあるものを食べろってうるさいし、ブログを更新しろってしょっちゅう言うし」
「ふーん」
原田はニヤニヤと笑いながら土方を見た。
土方は不機嫌そうにウーロン茶を煽っている。
「まぁ、確かに総司のブログ更新率は低いよな。ファンが泣くぞ」
「だってめんどくさいんだもん」
そこへ、ようやく食材が運ばれてきた。
「よっしゃ食うぞ!!」
「総司も目一杯食えよ?そんな細いとすぐ倒れちまうぞ?」
「はーい」
早速とばかりに肉をつかむ沖田のために、土方は野菜を鍋に突っ込む。
「しゃーぶしゃーぶ……土方さんこれくらいでいいですか?」
「それじゃ生だろうが。もう少しやれ」
「これくらい?」
「あー、よし。食っていいぞ」
火の通り具合を一々土方に確認する沖田を見て、永倉は呆れ顔で言った。
「総司、別に土方さんの許可なんか取らなくていいんだぜ?自分の好きなようにしゃぶしゃぶしろって」
「新八、そんなこと言ってるけどよ、もし総司が生の肉を食って、腹でも下したらどうするんだよ」
「土方さんが過保護すぎんだよ!」
いつも通りの土方とのやり取りにケチをつけられるが、沖田には何がいけないのか分からない。
「おー、総司はゴマだれ派か!」
「ポン酢も好きですよ?」
「どうせなら後ですき焼きも頼むか?なぁ、土方さんいいだろ?」
「ん、あぁ…おい、総司器貸せ」
「ひょっひょはってくらはい」
沖田が肉を租借し終えてから土方に器を差し出すと、土方はそこに肉やら豆腐やら白菜やらを大量に詰め込んだ。
「ネギはいらないですって。それより白滝ください」
「あと何が食いてぇ?」
「んー、食べたいっていうか、お肉は僕にしゃぶしゃぶさせてください」
「しゃぶしゃぶしてぇのか?分かった、好きなだけやれ」
土方と沖田のやり取りを、原田と永倉は呆れ顔で眺める。
「なぁ、お二人さんはいっつもそんな感じなのか?」
「え?」
永倉が微妙な顔をして問うと、沖田は不思議そうに首を傾げた。
「何か変ですか…?」
「いや、総司は全く変じゃねぇよ。頭イカれてんのは土方さんの方だからな」
「左之ってめぇ!」
「やっぱり左之さんもそう思います?土方さんって頭おかしいからこんなに僕の面倒見てくれたりネギばっかり食べさせようとしたりするんですよね!」
「総司……」
ショックを隠しきれない土方の元へ、更なる追い討ちをかけるように、永倉が爆弾を放り込む。
「つーかな、総司が"お肉しゃぶしゃぶ"っつうのはよ、アレな意味にしか聞こえなくてヤバいから止めた方が……っふがぁ!!」
土方は怒りを通り越して青ざめた顔をして、永倉の顔目掛けてお絞りを投げつけた。
そのまま物凄い迫力で怒鳴り始めた土方の横で、沖田はキョトンとしながら原田に話しかける。
「ねぇねぇ左之さん、アレな意味ってなんですか?」
「さぁな」
「うそ。どうせ知ってるくせに」
「可愛い、ってことなんじゃねぇか?」
「えー、男に対して可愛いっていうのはちょっと……」
「てめぇは!!そんなに死にてぇならさっさと腹でも詰めて来い!!!」
原田との会話を続けようとするも土方の大音量にかき消され、沖田はやむなく口を噤んだ。
「頼むから、俺が手塩にかけて大切に大切に育ててる総司に悪影響を及ぼさねぇでくれ!!!」
「わ、わ、悪かったって!つい魔が差しちまって…」
「魔羅の間違いじゃねぇの?」
「………左之、どうやらてめぇも死にてぇみてぇだなぁ?ああ!?」
「俺は腹詰めるくらいじゃ死なないぜ?」
「ったくてめぇらは公衆衛生上の問題を抱えすぎなんだよ!不浄!不潔!ただの害悪だ!」
「おいおい、土方さん酔ってんのかぁ?」
少し騒ぎすぎかつ顔の赤い土方に、永倉が怪訝な顔を向ける。
「どうやったらウーロン茶で酔えるんだよ!?」
土方はうんざりだとでも言うように椅子に沈み込んだ。
文句をぐちぐち垂れながらも、沖田の器にせっせと食材を取り分けることは忘れない。
「今後は脳内に総司を思い浮かべることも一切禁止だからな」
「ハァ?それじゃあ会話ができねぇだろ!」
「土方さんきもちわる…」
今まで黙って傍観しながら肉をしゃぶしゃぶしていた沖田だったが、今の発言にはどん引きだと土方に白い目を向けた。
「そ、総司、俺は害悪共からお前を守ろうと…」
「それを言うなら土方さんが一番の害悪だろうが!」
「俺のどこが害で悪なんだよ!?俺は至って純粋に…」
「至って純粋に邪な思いを抱えてるだけだろ?」
「原田てめぇ…!!」
再び始まった無意味な論争に、沖田は深々とため息を吐く。
どうして言い合うことしかできないのか、理由が沖田には分からない。
喧嘩するほど仲が良いということなのかな、ということでひとまず自分を納得させた。
それから取り皿に入り込んでいたネギをこっそり土方の器に移し、再び肉をしゃぶしゃぶする。
何で僕がお肉をしゃぶしゃぶしちゃいけないわけ?と、再び永倉の言葉の意味を考えてみたが、やはり答えは分からないままだった。
数時間後。
一名を除き大人たちがほろ酔いになったところで、打ち上げはお開きになった。
「じゃあな、総司。気を付けて帰れよ?」
帰宅方向の違いから、永倉と原田両名は、店の前で沖田に別れを告げる。
「大丈夫ですよ、土方さんが家まで引っ付いてくるんで」
「チクショー!土方さんばっかり美味しい思いしやがって!」
赤い顔で原田にもたれ掛かりながら文句をたれる永倉を、土方はフンと鼻で笑った。
「悔しかったらマネージャーに転向すりゃあいいじゃねぇか。まぁ、マネージャーになったところで総司の担当にはなれねぇだろうがな」
「クソ〜!」
何やら叫びながら遠ざかって行く永倉と原田を見送って、土方と沖田はタクシーに乗り込んだ。
「ねぇ土方さん」
「何だ?」
「どうして僕がお肉をしゃぶしゃぶしちゃいけないんですか?」
内心ドキリとしながら、土方は平静を装って口を開く。
「いや、いけなくねぇ……つうか俺はむしろ……」
「むしろ?」
「あ、いや、……その、あんまり深く考えるな。新八が適当に言っただけだろ」
「…………何か誤魔化してますね」
沖田ははっきり言いたがらない土方に痺れを切らし、グッと身を乗り出した。
「ちゃんと教えてくださいよ」
「………」
「ねぇ?土方さん?」
間近に迫る沖田の顔に、土方はとうとう根負けして白旗を上げた。
「っ分かった!分かったよ!いつか俺がきちんと教えてやるから!だからそれまで待ってろ!まかり間違っても他の野郎には聞くんじゃねえぞ?」
「えー!なんで今じゃないんですか!」
「教えるにはまだ早ぇんだよ」
「えー!」
何故か赤くなって目を逸らしている土方を沖田は納得いかずに眺めていたが、やがて諦めて引き下がる。
お互いにモヤモヤとした気持ちを抱えた土方と沖田を乗せて、タクシーは夜の街を滑っていった。
十万打キリ番を踏んでくださった翡翠様に捧げます。
まずは、ものすごく遅くなってしまったことをお詫びいたします。
本当に本当にごめんなさい!
めらんこりっくシリーズで、総司総受けというリクエストだったのですが、そえていますでしょうか…?
総受けで色々考えてみたんですけど、めらんこりっくにあまり他のキャラが出てきていないことに気付きまして(笑)
大鳥さんとか芹沢さんとか出せばよかったんですけど、原田&永倉だけにしてみました。
良かったら受け取っていただけると嬉しいです…!
遅くなって本当にすみませんでした!
20130630
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