捧げ物 | ナノ


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夜、窓を開け放していても寝苦しい日が増えた。

纏わりつくような汗の不快感と、じめじめして重たい大気、爽やかさの欠けた風。

梅雨だ。

今年もまた、苦手な季節がやってきた。

そうでなくとも六月というのは五月病を断ち切れないままにやってくる上、祝日が1日もなく、非常に退屈かつ気怠いこと極まりない月間なのだ。

とはいえ毎日毎日これでもかと降り続ける雨が嫌いなのではなく、単に体が丈夫ではない自分にとって、非常に倒れやすい季節だから、というのが苦手な理由。

低気圧の所為で頭が痛い日も多いのだ。

おまけに最近は土方先生とのデートもご無沙汰で、彼はというと、古典準備室か自宅に籠もりきって仕事ばかりしている。

まぁそれは今に始まったことではないけれど、息抜きもせず今の調子で部屋に籠もっていたら、そのうち頭からキノコが生えてくるんじゃないかと思う。多分、絶対。


(ちょーつまんない)


僕はザーザー降りの窓の外を眺めながら頬杖をつき、指の間でシャーペンをクルクルと回した。

僕の心もザーザー降り…なんていうポエマー精神は残念ながら持ち合わせていない。


(土方先生も、そういうジャンルのポエマーではないよね)


むしろあの人の"ポエム"は飾り気がなく単純明快、見たこと聞いたことをありのままに綴る直球戦法なものばかりだ。


(紫陽花に 雨露垂れる 季節かな)


こんな感じこんな感じと、申し訳程度に開いていた教科書の隅に、似非豊玉宗匠の作品を書き付けてみる。

これを見せたら、土方先生は何を言うだろうか。

教科書を朗読する彼の声を聞きながら妄想。

からかうなって言うかな、それとも得意気に赤ペンを入れてきちゃったりする?

先生の反応を勝手に想像してニヤニヤ笑っていると、不意にパシンと頭を叩かれた。


「授業中に窓の外を見るな」


不機嫌そうに眉根を寄せた土方先生が、教科書を片手に此方を睨んでいる。

彼は教科書の俳句に気がつくと、更に険しい顔になった。


「くだらねぇことしてないで、授業に集中しろ」


わぁ、不機嫌。

何さ何さ。性格までじめじめしちゃってたまらないよ。

くだらないって、僕の俳句、土方先生のよりよっぽど出来がいいと思うんだけど。


(これはちょっと意趣返ししてあげないとね、後で)


プンプンしながら席の間をぬって教壇まで戻る土方先生から視線を外し、再び窓の外へ。

しとしと降る雨は好きだ。

降り始めの雨がだんだんと地面を濡らしていくのや、雀やカラスが慌てて巣に戻り、カタツムリがのこのこ姿を現すのを見るのも好き。


(だけどこの大雨じゃさすがに……あ)


良いことを思いついたと、僕は密かに口元を歪めた。

頬杖をついて、遠くの方まで続く灰色の雨雲を眺める。

沖田!と教壇から再び怒号を飛ばす先生のことは適当にやり過ごした。

こういう時だけ構うなっての。

そのまま脳内フルスロットルで"良いこと"について考えを巡らせたあと、僕はだいぶ主張を強めてきた睡魔に素直に従うことにした。



***



「沖田!ちょっと来い!」


放課後、廊下で土方先生に大音量で叫ばれた。

その場に居合わせた生徒は皆、竦み上がって生唾を飲み込んでいる。

あー、相当怒ってるな。

さすがに授業態度が酷すぎたか。

それにしても、本日の土方先生殿はちょっとイライラしすぎだ。

彼は雨に濡れて"水も滴るいい男"になるのがキライだから、この時期不機嫌がちなのはいつものことだけど。

それに雨じゃあ屋上での一服タイムもお預けだしね。


「何のご用ですかー?僕今からカタツムリに塩かけに行こうと思ってたんですけど」

「くだらねぇこと言ってないでさっさと来やがれ!」


あー、おっかない。

僕は両手をポケットにツッコんだまま、土方先生によって古典準備室へと連行された。


「全くもう、何なんですか?」

「…仕事終わるまでそこで待ってろ。雨だし送ってやる」


アレ?授業態度に対するお咎めはなしですか?

てことは、先生もちょっとは僕のこと放置しすぎたなって自覚してるのかな?

にやけるほっぺを叱りつつ、さり気なく聞いてみる。


「送って、その後は?」

「あぁ?明日も学校だろうが、宿題やって寝ろ」


あぁ、ダメだ。久しぶりに良いこと言ってくれたから特別に恩赦を与えてあげようかと思ったけどこれじゃあ失格だ!

やっぱり先生にはお仕置きが必要ですね。

僕は大きく息を吸い込むと、ダンッと拳で壁を叩いた。

ギョッとして大きく目を見開いた先生に向かって、勢い任せにまくし立てる。


「何が"寝ろ"だよ!ふざけるな!僕がどれだけ我慢してるか知ってるんですか!?僕もう長らく放置され続けてるんですよ!?」

「そ、総司?!」

「僕は多感なお年頃だから放って置かれれば傷つくしアレコレ憶測しちゃうし辛いしもう浮気してやるー!ってなるんだから!土方さんなんてキノコ生えちゃえばいいんだ!腐ったジメジメキノコ!仕事馬鹿!土方さんのドアホー!」


なかなか良い具合に罵詈雑言を並べ立てたと思う。

よし、と心の中でガッツポーズ。

それから、頑張って見開き続けておいたおかげで潤んだ目をシパシパさせ、涙をポロッとこぼして見せた。


「総、司……」


茫然自失でアタフタする先生を尻目に、ワァッと泣き散らしながら古典準備室から走り去る。


「総司!待て!」


土方先生はすぐに追いかけてきた。

予想通りの展開に、ニヤリと口元を歪める。


「総司!頼むから待ってくれ!俺が悪かった!」


ふむ。今の台詞には及第点をあげることにしよう。

が、しかし重要なのはここからだ。

僕は階段を駆け下りて、人気の少ない校舎の裏に飛び出した。

途端に頭上から大粒の雨が降り注ぎ、制服が水を吸って重たく纏わりついてくる。

髪の毛は萎れてうねうねと顔に張り付いた。

僕は雨に濡れるのだってキライじゃない。

酸性雨だかなんだか知らないけど、僕はハゲたりしないから。あ、土方先生はハゲちゃえばいいと思うけど。


「そっ…お前、何してやがる!風邪引いちまうだろ!」


そう間を置かずにバタンとドアが開き、先生が姿を現す。

けれどドアの前の軒下に立ったままで、雨の中を駆け寄って来てくれそうな気配はない。


「先生のバカ………」


今度は本音が漏れた。


「総司!早く戻って来い!」

「やだ!」

「熱出したらどうすんだ!」

「やだ!」

「チッ……」


先生は至極険しい顔で舌打ちすると、再び大きな音を立ててドアを開け、校舎の中に戻って行ってしまった。


「え、あれ…?」


今度は僕が茫然自失。

こんな展開は全く予想してなかったんですけど。

拍子抜けして、雨の中立ち往生。


「僕のプランでは、土方先生が追いかけてきてゴメンって謝って、二人雨の中抱き締め合うっていう、ベタなドラマみたいな展開になる予定だったんだけどな……」


それで、意趣返しにずぶ濡れの土方先生を散々からかって遊ぼうと思ってた。

はは、と小さく自嘲。

やっぱりドラマはドラマ、現実は現実だよね、うん。

土方先生相手に子供じみた真似をした僕が馬鹿だった。


「寒い…」


ついさっきまで生温かった雨も急に冷たく感じられるから不思議だ。

肌にぴったり張り付いたシャツも不快になってきた。

さてと。仕方ないから下校しますか。

のんびりと校舎に戻ろうとしたところで、バタンとドアが開いた。


「ったくお前は変な意地張りやがって…!」


びっくりした。土方先生が戻ってきた。

…タオルと体育のジャージを携えて。

先生は濡れるのも構わずに雨の中をズンズン近付いてくると、僕の頭にタオルをぼふっと被せた。


「アレ?先生どうしたんですか?」

「どうしたんですかじゃねぇよ!アホかお前は!」


こんなに濡れやがって、と僕の体を引き寄せる。


「だって、先生とメロドラの雨のシーンやりたかったんですもん」

「…やっぱりアホだなお前」

「アホじゃないですー」

「いや、アホだ」


僕はされるがまま、土方先生に抱えられるようにして校舎まで戻った。


「僕てっきり、付き合いきれねぇって放置されたんだと思ってました」


些か乱暴に体中を拭かれながら先生に言うと、先生は此方を一瞥して溜め息を吐いた。


「メロドラだか何だか知らねぇけどよ、風邪引いたら洒落にならねぇだろうが」

「雨が降ると先生が優しくなるから梅雨もキライじゃないですよ」

「はぁ?」


わしゃわしゃと頭をかき回され、水分を飛ばされる。


「とりあえず、これに着替えとけ」

「ジャージ?えー、めんどくさい…」

「乳首が透けてんだよ。普通に見せつけられるよりエロい」


そう言って胸にジャージを押し付けられた。


「なっ……ちょっと!見たんですか!?」

「いつものことじゃねぇか」

「土方先生が言うと気持ち悪いです!」

「気持ち悪い……はちょっとヘコむ…」

「ていうか先生だって濡れたんだから……あれ?透けてない」


タオルの下から手を伸ばし、先生の胸元をペタペタ触ってみる。


「俺はきちんとインナーシャツを着てるんだよ。残念だったな」

「うわ、サイアク」


むっとしたから、タオルを無理やり引っ張って土方先生の頭にかけてやった。


「しかも、先生って濡れても髪の毛ツヤツヤのままじゃないですか。僕なんてすぐごわごわになっちゃうのに。ますますムカつく」


髪の毛を拭く土方先生を見ながら文句を垂れ流す。

すると、タオルの下で先生が微かに笑ったのが見えた。


「俺は、お前の髪が好きだけどな」

「………………………」

「何だよ、照れてんのか?」

「照れてません」

「絶対照れてるだろ」

「照れてませ…っくしゅん!」

「あぁ……ったく」


土方先生はくしゃみの止まらなくなった僕にジャージを羽織らせると、首にタオルをかけてどこかへ歩き出した。

黙ってついていくとやがて職員室に辿り着き、外で待っていると、暫くしてから先生が自分のスーツの上着を持って戻ってきた。


「これも掛けとけ」


とジャージの上からそれをかけてくれる。


「先生、僕の授業態度が悪いから怒ってたんじゃないんですか?」


恐る恐る聞いてみると、ポンポンと湿った頭を叩かれた。


「まぁ、苛立ちの半分は、最近お前とろくに話せてねぇのが原因だからな。そこまで怒っちゃいねぇ………っつーか、お前こそ随分とご立腹の様子だったが?」

「あーっと、…僕もおんなじ…です…」

「そうか……」


土方先生は嬉しそうに笑った。

そのたまに見せてくれる子供っぽい笑顔がたまらなく好きなんだけどなぁ…とは口が裂けても言わない。


「じゃ、帰るか」

「仕事は?」

「もう今日はいい」


返事の代わりに僕も笑顔を返した。


「今週末は久しぶりに映画でも見に行くか。どうせ雨だし」

「僕、おうちでいいですよ?」

「じゃあ、借りてくるか」

「土方さん映画見たいんですか?」

「や、別にそういうわけじゃねぇが…暫く一緒に過ごせてなかったから」

「じゃあ、一緒に選びに行きます?」

「そうだな」





遅れてしまいました(T_T)
本当にごめんなさい!!

あまり雨が嫌いではない総司、とリクエストいただいたんですが、途中で迷子になってしまいました……

ただ、雨の中で抱き合ってみたい総司を書きたかっただけです(笑)

こんなもので申し訳ないのですが受け取ってくださると嬉しいです…!

えこさんお誕生日おめでとうございました!


20130612




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