捧げ物 | ナノ


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すごくきれいな場所だった。

懐かしいような、どこかで見たことがあるような、でも、一度も来たことはない場所。

俺は花畑の真ん中で、空を見上げて横たわっていた。

清々しい空気、爽やかな風、仄かに香る花々。

おかしい、つい先ほどまで、頭上を飛び交う銃弾の中を駆け抜けていたはずなのに。

俺は違和感を覚えて、きょろきょろと辺りを見渡した。

それから上半身を起きあがらせると、いつからいたのか、隣に同じように寝そべる人影が目に止まった。

確かにさっきまではいなかったはずだ。

気配も何も感じなかった。

一体ここはどういう空間なのだ。訳が分からない。

しかも、その人物には見覚えがありすぎた。


「…………」


目を瞑って、気持ちよさそうに転寝している彼に、何と声をかければいいのかも分からず。

黙っていると、不意に向こうから話かけてきた。


「…随分やつれましたね」


第一声がそれか、と思わずツッコミを入れたくなった。

確かに、それはもうやつれたどころの話ではないだろうが。

俺はさっき撃たれなかったか?と今一度疑問が浮かぶ。


「お前は元気そうだな、総司」


俺は目の前の男……沖田総司に言った。

最後に別れた時とは見違えるようだ。

病魔に蝕まれ、血を吐きどんどん痩せ細っていった、あの総司が。

今は血色の良い顔をして、実に気持ちよさそうに寝そべっている。

そこで俺は気が付いた。

あぁそうか。

ここはあの世なのか。

死んだはずの総司がいる理由は、それ以外に思いつかない。

こんなに幸せそうにしているということは、ここは案外天国なのかもしれない。

散々人を斬った俺たちが天国か。

不思議なものだ。


「あのね、ここはいいところですよ。病気なんてないし、お団子だってたくさん食べられるし。それに、近藤さんもいるんです」


井上さんも、山崎くんも、左之さんも、みんな。

総司は穏やかな口調で言った。

それで確信する。

やっぱりここはあの世なのだと。

どうやら俺もとうとうお陀仏したらしい。


「そういえば、僕がここに来た時には既に近藤さんがいたんですけど、どういうことですか?ずっと聞きたかったんですよね〜」


奴はのんびりと起き上がって、内容とは裏腹に、全く刺のない口調で聞いてきた。

天国というのは、総司から刺々しさまでなくしてしまったのだろうか。


「…………すまねぇな。俺は、近藤さんも、新選組も、最期まで守りきれなかったんだ」


ずっと総司には謝りたかった。

一人江戸に置き去りにして、身に響くからと近藤さんの死は最後まで隠し通して。

俺は、総司に顔向けなんざできねぇと、ずっと思って耐えてきた。

この重荷を背負うことが、一人生き残ってしまった俺に残された責務なのだと。


「総司、一人にして悪かった。お前の大切な近藤さんを守れなくて悪かった」


頭を垂れて言えば、総司はちらりと此方を見て、悟りきったような顔で笑った。


「別に、怒ってないですよ。これだから、苦労性の人って困るんですよね。何でも自分の責任だと思って、いつまでも心の枷にして。ほんと、そういうの迷惑なんで、もういい加減にやめてくれません?」

「総司…………」


俺は呆気にとられて総司を見つめた。

もっと、激高して怒られると思っていた。

否、俺はそうなることを望んでいた。

その方が、楽になれると思っていたのだ。

けれど、総司の言葉は不思議だった。

冷たいことを言っているのに、それでいて心に積もる重たい負い目や責任感といったものを、すーっと溶かしていってしまう。


「僕、土方さんが弱い人だなんて思ってないですから。弱くて、不甲斐なくて、何にもできない人だなんて、思ってないですから」


だから、胸張って堂々としててくださいよ。と総司は言う。


「けど、俺は…………お前と離れてまで守ろうとした新選組を…俺は……」

「それはどうでしょうね」

「え?」

「まだ、手遅れじゃないと思いますよ」

「……どういうことだ」

「もう、やっぱり勘違いしてる。あのね、土方さんまだ死んでませんよ」


驚いて顔を上げると、総司は寂しそうに笑っていた。


「まだ、貴方の部下たちが戦ってます。まだ、こっちになんか来ちゃダメですから」


俺は愕然と自分の体を見つめた。

俺はまだ、一人で苦しまなければならないのか。

まだ、楽になることを許してはもらえないのか。


「俺は、お前がいねぇと、もう……」

「大丈夫、土方さんにはたくさん仲間がいますから。慕ってくれる人も、たくさんいますから。一人じゃないですよ」


そう言いながら、どこまでも寂しそうな顔をする総司に、胸が張り裂けそうになる。

思わず手を伸ばせば、驚くほど俊敏な動きで交わされてしまった。


「ダメです、僕に触ったら引きずられちゃいますよ」

「総司っ!」


構わず身を乗り出せば、動きを封じるように、ずいっと目の前に何かを突き出される。

反射的に受け取ると、それは総司が摘んだらしいシバザクラだった。

何だか誤魔化されたような気分になって総司を見れば、「それあげます」と短く言われた。


「総司、何で………」

「僕、ずっと土方さんと一緒に居てあげます。江戸に一人でいた頃はそれすらできなかったけど、今はもう、ずっと一緒に居られますから」

「総司……」

「時が来るまで、この僕が土方さんのこと、守ってあげますから。それで、これ以上寂しさに耐えられなくなったら、貴方のこと迎えに行ってあげますから。ね?そんなに寂しがらないでください」

「嫌だ、総司、……」

「もー、一番組組長が自ら護衛してあげるって言ってるんですよ?滅多にない栄誉なんですから、もっと喜んでください」


喜べるか!と突っ込みながら、俺は辛うじて涙を堪えていた。

俺にはまだ、守るべきものがある。

俺を慕って蝦夷までついてきてくれた部下たちを、ここで見殺しにするわけにはいかない。

まだ死んでいないと言うのなら、大義名分を果たすために、死力を尽くして戦わなければならないのだ。

だからもう少し頑張って、この身を張って、アイツらを守ることができたら。

その時は、総司が俺のことを迎えにきてくれるんだろうか。

土方さんもういいよって、俺を解放してくれるんだろうか。


「土方さん、残念だけど、もう僕行かなきゃ」

「総司、」

「土方さん、ずっと僕のこと好きでいてくださいね。もし浮気したら、その時は呪い殺しますからね」


総司の冗談ともつかない台詞に、俺はようやく笑うことができた。


「ずっと、お前だけを愛してるよ」

「…………うん…」

「もう少しだけ、頑張ってくるな」


そう言った途端、体が落ちていくような感覚がして、辺り一面真っ暗になった。

最後に総司の笑顔が見えた気がして必死に捜すが、どこにも見当たらない。

次第に目眩がしてきて、俺はぷっつりと意識を失った。











「………た君、……土方君!!」


ぼんやり滲む視界に、光が差し込んでくる。

誰かが覗き込んでいるのは分かるが、なかなか焦点が定まらない。
そのうちに感覚が戻ってきた。

感覚というより、激痛。

腹部を襲うそれに思わず顔を歪めると、土方君、ともう一度呼ばれた。


「…お…お、とりさん……?」


だんだんと焦点が合ってきた。

見上げれば、眉尻を下げて泣きそうな顔をした上司の姿があった。

その向こうには、見慣れた自室の天井が見える。


「土方君!よかった!気が付いたんだね!」

「大鳥さん………」

「とりあえず治療をしてもらったんだけど、僕、君が死んじゃったんじゃないかと思って、どうしようかと……」


そう言っておろおろしている大鳥さんに、俺は思わず笑みを漏らした。


「ひ、土方君?!何で笑っているんだい?」

「大丈夫だ、俺はそんなに弱くねぇよ」


総司の言葉を思い出して、再びクスリと笑う。

そういえば、あれは一体何だったのだろう。

夢だったのか、この世とあの世の狭間だったのか。

いずれにせよ、あの時総司は確かに俺の前にいた。

俺の都合の良い妄想かもしれないが、だいぶ穏やかな様子だった。

俺を安心させるために、幸せそうに装っていたのだろうか。


「………総司に会ったよ」


そう言えば、大鳥さんはギョッとしたように青ざめた。


「それってまさか、死にかけたってことかい!?」

「はは、どうなんだろうな」

「笑い事じゃないよ!」

「悪い悪い。………けど、追い返されちまったよ」

「え?」

「土方さんはまだこっちには来るなって。この世界に戻されちまった」

「………………」


なにやら複雑そうな表情をして黙り込んでしまった大鳥さんに、俺は黙って微笑んだ。

大丈夫、あいつが付いていてくれる限り、俺はどこまでも頑張って行ける。

なぁ、そうだろ?総司。

俺がそっちに行く日まで、もう少しだけいい子にしていろよ。

その瞬間、鼻腔に微かなシバザクラの香りが漂ったような気がした。



2012.10.27


志野様より、土方さんが最後まで強くあれたのは総司のおかげ、という内容のリクエストをいただいておりました。大っ変に遅くなってしまってごめんなさい><

リクエストにそえていますでしょうか?

土方さんは総司がいたから頑張れたんだというのを全面的に押し出してはみたのですが……よかったら受け取っていただけると嬉しいです^^

リクエスト、どうもありがとうございました!




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