捧げ物 | ナノ


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「ようこそお越しくださいました」


品格もへったくれもない場所で、床の間にしかれた布団の横、三つ指をついて挨拶する。


「まぁ、そう堅苦しゅうせんでいい。顔をおあげ」


今夜の相手はだいぶ年のいった、堂々と構えた男だった。

相手の言うとおりに顔をあげ、控え目な笑みを作る。


「名は、何と申す」

「………総、です」

「では総、もっとこちらに寄りなさい」

「はい」

「ほう……綺麗な顔をしているな」

「ふふ、お口がお上手なんですね」


扇情的に、ペロリと上唇を舐めてみせると、男は性急に総の着物を捲り上げた。

するりと解かれた帯紐は、そのまま手を縛るのに使われる。


「優しくしてやるからな」


そうは言うものの、どうやら縛ることが好きらしい男は、既に息が荒く、興奮しきっていることが丸分かりだ。

気持ち悪いと心の中では思うものの、総は決して面に出さない。

にっこりと、少しだけ被虐的な笑みを浮かべ、食ってくれと言わんばかりに身体を差し出すだけだ。

本心をさらけ出したら最後、全ての計画が水の泡になってしまう。


「ハァ……総、…どうしてほしい?ここを、どうしてほしいんだ?」

「…ん、も、っと……さわって、ほしいです」

「そうかそうか。可愛い奴だのぅ。ほれ、触ってやろう」


中途半端にはだけた着物の合わせに手を差し込み、胸の飾りを執拗に弄られる。

あとは、あられもない声で喘ぎ続けるだけだ。

土方に教わった通り、鼻にかかった甘い声を出す。

すると目の前の男は、さも満足そうに、歪んだ笑みを浮かべた。











遊廓に潜入して、敵方の情報を聞き出す。

それが、今回総―――もとい沖田総司に課せられた隊務の内容だった。

近藤を始め、幹部全員が反対したのに無理やり計画を押し切ったのは、あの冷血漢の鬼副長をおいて他にはいない。


「総司、やってくれるな――?」


その一言に、沖田はどうしても抗うことができなかった。

今まで、ごく稀ではあったが、土方が沖田を抱くことが、幾度かあった。

その度に沖田は疑問を感じつつも、年上の、決して横には並べない、言わば手の届かない存在に少しは気に入られているのかもしれないと、過った感情を抱いてしまっていた。

恋愛感情とはかけ離れていたにしても、ある種の憧憬、性的欲求、沖田が仄かに感じていたそれらは、今回のことで粉々に砕かれた。

今まで土方が自分を抱いていたのは、こういう時に上手く立ち回れるよう、予め仕込んである手札が必要だったからだと、全て分かってしまったからだ。


(まぁ……僕、刀だしね…)


近藤の刀になると、そう決めた日。

その日から、沖田は人間らしい感情は全て捨て去ったつもりだった。

刀に感情はいらない。

あっても邪魔になるだけだ。

それが理解できない沖田ではなかった。

それでも、何故か胸が痛む。


(確かに刀だけど、……僕、遊女じゃないのに…)


いくら今回の任務を遂行することが近藤の役に立つとは言え、こんなことをするために強くなった訳ではなかった。

いつ来るかも分からない、そんな敵を相手に、一体いつまで潜入していればいいのか。

貞操は守りたいだなんて、そんな考えが沖田にあったわけではないが、刀も振るえないどころか、男らしい所作も禁じられる生活には、いい加減飽き飽きしていた。

惨めだな、なんて思いたくもないのに、頭に浮かぶのは卑下た考えばかりで。


「はぁ………もう嫌になっちゃうな…」


ここは正式な遊廓ではなく、男娼でも何でもごったにして放り込まれている見世だ。

当然合法ではないから、幕府の目を忍んでの運営ということになるのだが、では何故幕府の犬とも呼ばれている新選組が、何のお咎めもなしに潜入などしているかと言えば、それはもう、こういう見世が浪士たちの格好の会合場所になるからに相違ない。

そのためなら、多少の非合法には目を瞑らねばならないと、そういうことだ。


沖田は花魁の耳掻簪を弄くりながら、ぼうっと障子の隙間から月夜を見上げた。

別に、わざわざ女装などする必要はないのだ。

しかし、何でもありの見世だけに、客の嗜好も様々で、今日は仕方なく、女装趣味の客の相手をする羽目になった。

一刻も早く、重い着物は脱いでしまいたい。

もう、今夜は上がってもいいだろうか。


早く係の男が知らせに来ないかと、ちらちら襖の方に目を向けながら、屯所に戻りたいと、そればかりを思う。

すると、突然音もなく襖が開いて、よく見知った男が入って来た。


「……………あなたが何の用ですか」

「大事な知らせを持ってきた」


嫌悪感を隠そうともせずに、沖田は男――土方歳三を睨みつけた。

自らをこんな目に遭わせた男。

沖田の憎しみは自然と彼に向かう。


「そんなの、観察方にでも頼めばいいじゃないですか。副長自ら来るなんて、よっぽど大事な内容なんですか?」


じりじりと焼けるような視線を送る沖田に、土方は静かに答える。


「…………今夜だ、総司」

「な…………」


沖田は目を見開いて、簪を弄っていた手を止めた。

はっきり音にされなくても分かる。

今夜ここに、お目当ての敵がやってくるということなのだろう。


「………俺"たち"は、別の部屋にいる。情報を掴んだら、敵さんはどうしちまっても構わねえ。だが、万一身の危険を感じたら、すぐに助けを求めろ。いいな?」


沖田は、暫く何も言えなかった。

とうとう、今夜で終わる。

それも、きちんと情報を聞き出せたらの話だろうが、沖田に失敗するつもりは微塵もない。が、しかし。


「土方さんは、知ってたんですか?敵が現れるのは今日だって」

「いや、さっき観察方が知らせてくれた」


沖田は、何故土方が今更のこのこ現れたのかという、そのことに義憤を感じた。


「それなら別に、情報が入ってから潜入するんでも良かったじゃないですか」

「………何が言いてぇ」

「別に、僕がどこの馬の骨とも知らない奴らに足を開く必要なんかなかったんじゃないかって言ってるんです」


沖田の言わんとしていることが分かったのか、土方はじっと沖田を見つめたまま黙りこくっていた。

沖田は、それが全ての答えだと思った。


「…そう、ですか。やっぱりあなたは、僕をこういう時役立てるために抱いてたんですね……」

「総、…」

「もう、いいです。あなたの顔なんか、見たくない」

「総司!」

「早く行ってくださいよ。心配しなくても、失敗なんかしませんから。ちゃんと情報を聞き出しますから」


沖田はそれきり、土方には見向きもしなかった。

やがて、来たときと同じように土方が無音で出て行くのを感じて、遣る瀬なく沖田は涙を堪えた。


「これはこれは。新選組がこんなところで何してるのかな」


そんな声が聞こえてきたのは、ちょうどその時だった。


「君は……!!」


そこには、新選組で預かっている鬼の子と、全く同じ顔をした男が立っていた。

いつの間に、どこから部屋に入ってきたのだろう。

相変わらず鬼の不思議な能力には舌を巻くしかない。


「へぇ……お前が女装とはね」

「女装してた奴に言われたくないよ」


上から下までじろじろと見回すその不躾な視線に、沖田は居心地が悪くなってもぞもぞと体を動かす。


「な、何なのさ……僕、これから仕事しなきゃなんないから。さっさと消えてくれないかな?」

「嫌だね。俺はお前に用があって来たんだ」

「はぁ?僕に何の用?」


沖田は片眉をつり上げた。

先ほど土方に失敗などしないと言ってしまっただけに、隊務の邪魔をされたくない。


「君……薫とか言ったっけ?何?また千鶴ちゃんがどうとか言い出すわけ?」


南雲薫は、涼しげな顔でにやりと笑った。


「お前、あの土方とかいう奴に捨てられたんだろ?」

「…なっ…………」


沖田が驚きに色を無くしている間に、南雲は素早く距離を縮めて、沖田を押し倒した。

自分よりはるかに小さな躯体に押し倒されて、沖田はぎりぎりと奥歯を噛みしめる。

いくら力を入れても、相手はびくともしない。


「はは、これから敵の情報を聞き出そうとしている奴が、こんな弱くていいのかよ?」

「うるさいよ………っていうか何で君がそれを知ってるわけ?」

「鬼を舐めちゃいけないよってことかな」


楽しそうに笑う南雲を、沖田は射すように睨みつけた。


「君が知ってるなら話は早いよ。僕、仕事しなきゃいけないから。退いて。今すぐ退いて」

「嫌だって言ってるだろ」

「なに?本当に何なの、君。僕を殺しに来たわけ?なら、さっさと殺しなよ。さすがに殺されちゃえば、土方さんもお咎めはなしにするだろうし」

「あはは………沖田って、土方のことが好きなのか?」

「なっ!……そんなわけないでしょ!僕たちの間には何もないよ!…捨てられるような間柄でもないしね!」

「ふーん。……じゃあ、俺が沖田を犯してもいいってことだよな?」

「………は?」


沖田はまじまじと南雲の顔を見上げた。

薄い唇には、笑みともつかないものが浮かんでいる。

言われたことが理解できず、暫く唇を見つめていれば、やがてそれがゆっくりと近づいてきた。


「っ!」


口付けられたのだと、そう分かった時には、すでに着物の中に手を差し込まれていた。


「ん、むっ!……ゃっ…ん!」


必死に抵抗するが、うまく急所を押さえられているのか、全く力が入らない。

暴れた所為で中途半端にはだけた着物が、余計に沖田を動きにくくする。

何でいきなりこんな……と沖田の頭は破裂しそうだった。

今こそ、土方が言っていた助けを求める時なのかもしれない。

そう思って、沖田は思いきり南雲の唇に歯を立てた。


「っ…!」

「誰かたすけ……っんぐ!」


が、叫ぶ間もなく、南雲に口を塞がれた。


「お前、いいのか?任務とやらが失敗しても」

「!!」

「お前ら新選組が捜してる敵は、俺の仲間なんだ。まぁ、鬼に人間の仲間なんていないから、一時の、って感じだけどね」

「…………」

「任務、成功させたいんだろ?」


怪しく笑う南雲に、沖田は肯定も否定もできず、ただ無抵抗で組み敷かれることしかできない。


「………俺は、土方みたいに沖田を利用なんてしない。大人しく犯されてくれれば、情報のことは善処してあげるよ」

「…………」


南雲に耳元で囁かれる。

沖田は、もう自分がどうするべきなのか分からなかった。

諦めたように目を瞑ると、端から涙が零れ落ちる。

胸の奥が淡く疼くのには気付かないふりをして、そっと南雲の口付けを享受した。











朝、目覚めてみればそこは見覚えのある一室だった。


(僕の部屋………)


屯所に戻ってきたのだと、沖田は感慨深く辺りを見回した。

ここにいるということは、任務は成功したのだろうか?

……恐ろしいことに、昨晩の記憶が全くない。

南雲に無理やり組み敷かれたところまでは覚えている。

が、その後は………一体何があったのか。


答えを求めてキョロキョロすると、待ち構えていたかのように、土方が入室してきた。


「あ…………」

「気がついたか」


体が萎縮して動かない。

この男は自分を利用したのだと、第三者であるはずの南雲までが言っていた。

そして、俺はお前を利用などしないと、そうも言っていた。


「昨日はご苦労だったな。無事に情報を聞き出してくれて、おかげで近々一山ありそうだぜ」

「………………」


恐ろしいほど、記憶がない。

一体自分はどうやって情報を聞き出したのだろう。

それとも、南雲が何かしたのだろうか。

だいたい、彼はどこに行ってしまったのだ。

もう二度と、現れない気なのか。


「その……悪かったな。お前を利用するような真似をして……」


土方が何か言っている。

が、沖田の耳には全く入っていなかった。


(どうして僕を抱いたりしたんだよ…)


今やその気持ちの矛先は南雲ただ一人に向かっていて。

答えのない疑問を胸に、沖田は淡い疼きに耐えるのだった。



2012.09.28


女装総司で薫沖というリクエストを、だいぶ前にいただいていたのですが、なかなか形にできなくて…すみません><

しかもよく分からない話になってしまって……もう全力で謝罪です!!

ゲームは二年くらい前に一度やったきりなので、薫の話し方がまず分からなかったという。

一人称は俺であってますよね…?

そんなだからキャラ崩壊も甚だしいと思うのですが、これが限界でした………すみません!力不足を反省します!

だいぶリクエストに添えていない気がするのですが、良かったら受け取ってください。

遅くなって申し訳ありませんでした!




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