捧げ物 | ナノ


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随分長いことひたすら素振りを続けていた総司は、いい加減に疲れてきて木刀を放り出した。

井戸の水を頭から被って顔の汗を流していると、縁側を千鶴が嬉しそうに歩いて行くのが目に留まった。


(あ………帰ってきたんだ…)


総司は滴る水もそのままに、ぼうっと千鶴のことを眺めた。

よく見てみれば、千鶴は胸に何かを抱えている。


(土方さんと、買い物でもしてきたのかな………)


いいな、と純粋に思う。

決して口には出さないけれど。


声をかけるべきか考えあぐねて総司がそのまま突っ立っていると、千鶴が総司に気がついた。


「あ、沖田さん!」


表情と同じように楽しそうな声で、千鶴は総司に向かって手を振ってきた。


「千鶴ちゃん、おかえり」


何と言っていいか分からずに、総司は何となく言葉をかける。

そして、千鶴の手の中の包みを指して言った。


「それなに?どうしたの?」

「これですか?…これは、土方さんに買っていただいたんです」

「……ふーん………そうなんだ。よかったね」


やっぱりという思いが強くて、総司は大して驚かなかった。


「あの人やっぱり君には甘いんだなぁ…僕がどれだけ言ったって、僕になんか飴玉一つ買ってくれないのに」

「え?そんなことないと思いますけど」

「はぁ?何言ってるの?」


総司が訝しそうに眉を顰めた、ちょうどその時。

噂をすれば何とやらで、総司の後ろから土方の声が聞こえてきた。


「総司」


総司は驚いて振り返った。

見れば、相変わらず不機嫌そうな顔のまま、腕組みをして立っている土方と目があった。

まるで、生まれた時からその顔なのではないかというくらい、いつも変わらぬ顰めっ面だ。


「土方さん……僕に何か用ですか?」

「あぁ。ちょっと部屋まで来い」

「……僕今日非番ですよ?」

「仕事じゃねぇよ。いいからついて来い」


仕事じゃないなら、何なのだろう。

総司が不思議に思って首を傾げると。


「沖田さん、いってらっしゃい」


何故かにこにこしている千鶴に背中を押されてしまい、益々訳が分からなくなりつつも、総司は渋々土方について行ったのだった。


「一体何の用ですか?」


副長室に入ると、総司は乱暴に腰を下ろして早速土方に聞いた。


「まぁ、そうせかせかするなよ」


時間や仕事を気にしていなさそうな常ならぬ土方の態度に、益々疑問は深くなる。


「せかせかするなって……いっつもせっかちに働いてるのは、土方さんの方じゃないですか!」


総司は思わず声を荒げた。


「あぁ…そうだったな」


しかし、いつものように怒鳴り返して来ない土方に拍子抜けする。

これではまるで暖簾に腕押しだ。


「………で、何の用なんですか」

「それより総司、まずはその髪の毛を拭きやがれ」


土方が、総司の濡れっぱなしになっていた髪の毛を指して言う。


「こんなの、放っておけばそのうち乾きます」

「阿呆。そうやってきちんと乾かさねえから風邪をひくんだろうが。あーあー、肩がこんなに濡れちまってんじゃねぇか。さっさと拭けよ」


そう言って、土方がご丁寧にも手拭いを差し出してきた。


「まったく……本当に過保護なんだから」


文句をぶつくさ呟きながらも、総司はその手拭いを享受する。

そっと広げて頭に被せると、土方の香りがふわりと漂った。

途端にずくん、と疼く胸の甘い痛みには気付かないふりをして、総司は無言で頭をごしごしと拭いた。


「ほら。これ、やるよ」


手拭いと自らの髪の毛で視界を遮られていた総司の前に、不意にずい、と小包が差し出される。

それは一見したところ、先ほど千鶴が持っていたのと同じ包みのようだ。


「……………………」


総司は頭を拭く手を止めて、じっとそれを眺めた。


「………何ですか、これ」

「あー……金平糖、だな…」


総司がそっと小包から視線を移すと、土方は珍しく照れたような仄かに赤い顔をして、そっぽを向いている。

それが珍しくて、総司は暫く何も言えずにぼうっと土方を見つめていた。


「……僕に、ですか」

「おう、………最近新しくできたって、雪村が教えてくれてな」

「え、千鶴ちゃんが……」


総司は先ほどまでの一連の出来事を思い返して、何となく納得して俯いた。

何か、勘違いをしていたようだ。


「お前、金平糖好きだろう?美味いか分からねえが、まぁ食ってみろ」


土方の言葉に、総司は遠慮がちに小包に手を伸ばした。

そっと中身を取り出して、一粒口に含む。

その動作を全て土方に見られているかと思うと、手が震えて思うように動かない。


「あ…………」


舌の上で転がした途端、上品な甘さが口いっぱいに広がった。

感じるのはただただ砂糖の甘い味ばかりなはずなのに、ちっとも飽きが来ない。

ずっとどんよりと重く沈んでいた心の靄が、一気に溶かされていくようだ。

土方が、自分のために買ってきてくれた。

それだけで、総司には十分だった。


「おいしい……」


総司は立て続けに二粒目を口に運んだ。


「は、美味いか。よかったな」


土方はぽりぽりと金平糖を噛む総司に、安心したように息を吐いている。


「……でも、どうして急に?」


総司は、ずっと抱き続けていた疑問を口にした。


「僕、別にご褒美もらえるようなことは何にもしてないのに」

「お前なぁ……」


土方は、今度は呆れたように総司を見ている。


「理由がなきゃ、何かをあげちゃいけねぇのかよ」

「えー?…うん、だって……何か戸惑います、こういうの」


どうしても素直に喜べない総司は、すかさず本心を隠して心にもないことを言い始める。

そんな自分に嫌気がさしたところで、素直に喜んでいる自分が想像できないのもまた事実だ。


「そうか。じゃあ、理由をつけりゃあいいんだな」

「理由なんかないって言ったのに、あるんですか?」

「そうだな…まぁ………それやった分くらいは、素直に甘えて欲しいってことだ」

「はい―――?」

「その、だな………たまには俺にも素直になってくれって言ってるんだよ。好きになってくれ、とは言わねえから。せめて、な。一々突っかかるのは止めてくれ……俺だって、傷ついたりするんだよ」

「………………」

「だから、その分の代金だと思ってくれ」


頭をがしがしと掻きながら言う土方を、総司は口を真一文字に結んで見つめていた。

何も、言葉が出てこない。

この目の前の男は、何て酷いことを言うのだろう。


「あー……やっぱり気持ち悪かったか?」


見当はずれなことを気にする土方を、総司は苛立ちの籠もった目で睨み付けた。


「………酷い」


長い沈黙の後ようやくそれだけ言った総司に、土方が目を見開く。


「何で…そんなこと言うんですか?」

「あぁ?」

「僕は、この金平糖の分しか、貴方に甘えちゃいけないんですか?」


そんなことない、というのは総司とて分かっているようなものだったが、素直に甘えてやるのは少しばかり癪に障る。

絶対素直になんかなってやらない。


総司は驚いたように固まっている土方を横目で睨んで、すくっと立ち上がった。

勿論、手には大事そうに金平糖の包みを握り締めて。


「お、おい、総……」

「土方さんなんて、きらいです」

「総司………、」


恐らく総司は、その瞬間に土方が見せた傷ついたような顔を、一生忘れることはないだろう。


「こんな方法でしか、僕に甘えさせてくれない土方さんなんて、だいっっきらいです」

「っ総司!」

「おとといきやがれってんだ!」


彼らしからぬぞんざいな口調で言い捨てると、総司は土方に向けてべーっと思い切り舌を出してみせた。

どうしていいか分からずに戸惑っている土方に、思わずクスッと笑みが漏れる。


やはり、土方をからかうのは大好きだと思った。

……そして、土方のことも大好きだ。


「……こんな甘え方しかできない僕で良かったら、いくらでも甘えてあげますよ」

「な…………」

「それと、僕が今一番欲しいものはね、金平糖じゃないですから」


そう言い残すと、呆気に取られたままぽかんとしている土方を尻目に、総司は今度こそ副長室を後にした。


気付いたら、心はからりと晴れていた。

もう、泣きたいとは思わない。

土方が、心の靄を払ってくれた。

あんなことを言われたら、少しくらい自惚れてしまっても致し方ないと思う。


(いつか………いつか、好きって言えたらいいな…)


そして、土方の心を手に入れることが出来たらいい。

総司は心の中で密かに決意すると、手中の金平糖を見て、こっそりと嬉しそうに微笑んだのだった。


欲しいのは貴方の心


2012.03.06

(あ、手拭い返し忘れた…………まぁいいや、あとで返しに行くついでに構ってもらおう)





土沖で両片想いということでしたが、ただの総司の片想いみたいになっちゃいました(泣)

違うんです!土方さんも総司が好きなんですけどストレートには好きって言えないヘタレなんです!←必死

…渾身の駄作ぶりです(×_×)

ちなみに最初は金平糖じゃなくてかすていらを予定してたんですけど、絶対そんなメジャーじゃないわと思ってやめました。

こんなのでよかったら、是非受け取ってください。

リテイクもちろん受け付けます(笑)

瑞穂様、この度は相互リンクありがとうございました!




*maetop|―




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