捧げ物 | ナノ


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翌日。

今日も夕方からスタジオで雑誌の撮影が控えている沖田を迎えに、土方は沖田の自宅マンションまで来ていた。

昨日はあれから特に目立った事件もなく、無事に収録を終えて、一安心していたところだ。

しかし、いつ何をされるか分からないと思って、土方はできる限り見張っていようと決心していた。

今までは現地集合とか、テレビ局で待ち合わせとかいうことも多々あったが、昨日のことがあってから、一人でタクシーに乗せることすら不安になってきた。

それで、早速車でお迎えというわけだ。

なかなか降りてこない沖田に痺れを切らし、土方が電話をかけると、沖田は転がるようにエントランスから出てきた。


「すいません、遅くなって」

「ったく、何してたんだよ」

「寝てました」

「はぁ………」


こりゃあ、一緒に住んで叩き起こすところからやった方がいいか?なんて危険なことを考えつつ、土方は黙って車を発進させる。

仕事に向かうときに、沖田がはしゃいでいたことなど今まで一回もないが、それでも今日ほど大人しくもなかった。

よほど昨日のことでメゲているのだろうか。

土方は益々不安になりつつも、撮影スタジオに向かった。



「おはようございます」


元気な声で挨拶して、楽屋入りした沖田がスタッフと打ち合わせを始める。

こういう業界では、朝だろうが夜だろうが関係ない。

いつでも挨拶はおはようと決まっている。

最初の頃は変だ変だと言っていたが、最近では慣れてしまったらしい。

いつも通りに笑顔を見せている沖田を横目で見つつ、土方は渡されたレジュメで、今日の撮影メンバーを確認していた。


(昨日の奴は、いねぇみてぇだな)


同じ事務所のモデルはいるが…なんて土方が考えていると、スタッフの一人が、沖田にこんなことを言うのが聞こえた。


「総司くん、昨日派手に転んだんだって?」


さすがテレビ局、話が伝わるのが早い。

昨日と今日では局が違うというのに、もう知れ回っている。


「あっ、そうなんです。大したことはないんですけどね」


そう言って、沖田はズボンを捲って傷を見せている。

何も見せなくてもと思いつつ、笑っている沖田に、土方はホッとため息をついた。

が。


「それ、大丈夫かなぁ?撮影で、見えちゃうんじゃない?」


スタッフの言葉にどきりとする。


「え………」

「困るよ、総司くん。撮影控えてるのに傷なんてこしらえちゃ」


辛辣なスタッフの言葉に、沖田の顔が引きつっている。


「海ではしゃぎたくなるのも分かるんだけどさ、もうちょっと考えて欲しかったよね」


見ていられなくて、土方は思わず割って入った。


「お言葉だが、コイツははしゃいでなんかいねぇよ。自分で転んだんでもねぇしな」


鋭い目つきで牽制するように言ってやると、スタッフは胡散臭そうな顔で土方を見た。


「はぁ………何があったのか知らないですけど、総司くんに非があるかどうかは別として、傷ができたのは事実じゃないですか」

「だから何だって言うんだよ。詳しいことを知らねぇなら、総司を責める権利だってねぇはずだ」

「ひ、土方さん!やめてくださいよ!」


どこか険悪な空気が流れ始めたその場を、一緒にいた別のスタッフが取りなす。


「総司くんには短パン履いてもらう予定だったんだけど、まぁ、今回は衣装変えればいい話だし、ね?」

「ごめんなさい、ご迷惑かけて…」

「いやいや、総司くんは心配しなくていいからね。ほら、早くメイクさんのとこに行っておいで」

「はい、じゃあ、失礼します」


土方は睨みを利かせたまま、衣装を用意して出て行くスタッフを見送った。

それから沖田を待っていようとして、電話が鳴ったので慌てて廊下に出る。

電話の相手は芹沢だった。


「全く、こんな時に…」


しかし、昨日後でかけ直すと言ったきりだった罪悪感もあって、土方は仕方なく通話ボタンを押した。











どうしても沖田と一緒に夕飯を食べたいから、今日にでも連れて来いという芹沢を何とか説得し、沖田は疲れているから落ち着いてからにしてくれと話を纏めたところで、土方は急いで楽屋に戻った。

だいぶ手こずってしまったから、もしかしたらもう撮影が始まってしまったかもしれない。

全く、芹沢の沖田贔屓にも困ったものだ。

事務所の社長に気に入られているというのは、別に悪いことではないだろうが、芹沢の度を越した愛着ぶりには、どこか危険なものを感じる。

沖田がいなかったらいなかったで、終わって戻ってきた時のために、飲み物でも作っておいてやろうかと考え、楽屋のドアを開ける。

すると、沖田がぽつりと座っていた。


「あれ、まだ居たのか」


土方は拍子抜けして、沖田の前の椅子にどっかりと腰を下ろす。

そこで初めて、沖田がまだ着替えていないことに気が付いた。


「おい、衣装はどうしたんだよ?早く着替えねぇと、撮影に間に合わなくなっちまうぞ?」


ところが、土方が何を言っても、沖田は黙って俯いたままだ。


「……総司?大丈夫か?何とか言えよ。おい、総……」


そこまで言って、土方はハッとして口を噤んだ。

沖田の膝の上に、水滴が落ちていくのが見えたのだ。


(よだれ、じゃねぇよな……)


一度溢れ出した涙は、止まることを知らない。

沖田は声も出さずに泣き続けていた。


「総司、お前………」


土方は黙って沖田の横に移動した。

それからふるえる肩に手を回して、そっと顔を覗き込む。


「どうした、何があった?」

「………」

「黙ってちゃわかんねぇだろ」

「……もう、…帰っていいって………」

「は?」

「僕が、衣装なくしちゃったから、…帰れ…て……」


沖田はとうとう堪えきれなくなったのか、土方の胸に顔を押し付けて泣き出した。

ぐずぐずと鼻を啜り上げる音と共に、沖田はしなだれかかるように土方のシャツを掴み、ずっとしゃくりあげている。

衣装をなくした…?

土方は我が耳を疑った。


「どういうことだ?衣装が勝手になくなるわけねぇだろうが」

「トイレから帰ってきたら……なくなってて…」

「ちっ……そういうことかよ」


土方は髪をかき上げた。

これは、完全に第三者の仕業だ。

自分がちゃんと見張っていれば、衣装がなくなることもなかったかもしれないと思うと、悔しくてたまらない。

昨日の海といい今回のことといい、やり方が稚拙すぎる。

犯人のたかが知れるというものだ。


「泣くなよ、総司」

「だって………悔しい…」

「お前がなくしたわけじゃねぇんだから」

「でも……」


土方は沖田の頭をわしゃわしゃと撫でた。


「泣いたら奴らの思うツボだぞ」

「奴らって……土方さん、あの人たちのこと知ってるの?」

「あの人たち…?」


土方が怪訝な顔をすると、沖田はすぐに墓穴を掘ったことに気付いたらしい。


「いや……何でもないです…」


明らかに誤魔化している沖田に、土方の表情がどんどん険しくなる。

土方の無言の「言え」という圧力に、沖田はおろおろと視線を彷徨わせた。


「別に…僕なにも知りません」

「総司っ!」

「知らないったら知らない!」


沖田は乱暴に涙を拭うと、椅子から立ち上がって荷物を掴んだ。


「もう、帰りましょうよ。仕事もなくなったことだし」

「待てよ、俺からスタッフに話つけてきてやるって」

「嫌ですよ。そんな、惨めな真似はしたくないです。こんな仕事に縋らなくたって、僕はやっていけるし」


まぁ確かに、天下の沖田総司を振るなど、単に向こうの大損なだけな気がするが。


「でもよ、こんな理不尽な思いをさせられたままじゃ…」

「土方さん、もういいんですって」


それきり何を言っても拉致が開かない沖田に嘆息しつつ、土方は沖田をつれて楽屋を出た。

土方とて、犯人の目星くらいはついていた。

昨日と今日に共通するのは、同じ事務所の若手がいたことだけだ。

あいつら、ぜってぇに絞り上げてやるからな。

車に乗り込みながら、土方は密かに決心した。











心配だからという名目で沖田の家に上がり込んで、土方は再び驚かされた。

ピコピコと光っていた留守番電話。

それを指摘しても、沖田が素っ気ない態度のまま無視し続けるので、強行突破で再生ボタンを押したら、とんでもないものが聞こえてきたのだ。


『調子乗ってんじゃねぇ。早く消えろ』

「何だ…これは……」


驚きを隠せずに、土方は電話の前で立ち尽くす。

沖田が脇で止めてくれと懇願していたが、土方は電話の着信記録を遡って、今日の留守電と同じ、非通知のものを多数発見した。

恐らく沖田が消したのだろう、留守電のメッセージはきれいになくなっている。


「総司!これは一体何だ!何で俺に言わねえ!!」


あまりの事態に激高した土方は、うなだれている沖田に詰め寄り、肩を掴んで揺さぶった。


「ひ、土方さんには関係ないです」

「馬鹿言うな!俺はお前のマネージャーなんだぞ。知らぬ存ぜぬっていうわけにはいかねぇんだよ!」

「でも!」

「言い訳は一切認めねぇぞ」

「だって………だって、…迷惑かけたくなかったから……!!」


沖田の目に見る見るうちに涙が溜まり、頬を伝って零れ落ちていく。


「何時迷惑だって言ったんだ」

「べ、別に言われてないけど……絶対迷惑だと思う…し……」


しゃくりあげる沖田に、土方は何も言えなくなる。

掛けるべき言葉も見つからず、土方は肩を握っていた手から力を抜くと、代わりに頭を二、三度撫でてやった。


「……ほら、腹くくって話してみろ」


沖田を抱えるようにして、ソファに座らせる。


「いつから、こんなことが始まったんだ」


沖田は、今一度話すことを躊躇してから、仕方無さそうに訥々と話し始めた。


「一カ月くらい前の、収録の時に、…急に、無視、されて…」

「誰にだ?昨日の奴か?」

「同じ事務所の子。………それから、留守電、がちょくちょく入るようになって…」


沖田の話を要約すると、こうだ。

とある事務所の若手タレントたちが、ある日を境に、突然沖田に嫌がらせをするようになったらしい。

悪戯電話だったり、今日のように衣装や小道具をなくされたり、荷物をかき回されたり…。

内容は姑息で、幼稚で、馬鹿馬鹿しいようなものばかりだったが、沖田が土方にすら言えなかったことを考えると、心的なショックはかなり大きかったのではないだろうか。

そう考えれば、あの時レストランで沖田が妙な態度を取っていたのも頷けるし、やけに元気がなかったことにも納得がいく。

気付いてやれなかった自分の不甲斐なさに、土方は激しく落ち込んだ。


「ったく……何で一言も言わねえかな」

「…………ごめんなさい」


沖田は、伺うように土方を見る。


「土方さん、怒ってる……」

「まぁ、少しはな……」

「……うぅ…」


落ち着かずにソファから立ち上がり、苛立ちを隠そうともせず部屋の中をうろつき始めた土方に、沖田は不安そうな目を向けた。

やはり、今まで隠していたことを怒っているのだろうか。


「今日はもう帰る。明日、また迎えにくる」

「え、あ、はい………」


苛々したまま玄関へ歩いていく土方を、沖田は慌てて見送った。


「あ、あの、…色々ご迷惑おかけしました」

「あぁ………」


玄関のドアを開けながら沖田が言うものの、土方は心ここに在らず、という状態で出て行ってしまった。

いつものように、朝ちゃんと起きるんだぞ、なんて言ってくれることもなく去っていった土方に、沖田は深々とため息を吐く。

だから、知られたくなかったんだ。

絶対怒られると思ってたから。

今まで受けていた嫌がらせの数々よりも、土方に嫌われる方がよっぽど堪える。

すっかり意気消沈して、沖田はベッドに突っ伏した。




*maetoptsugi#




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