無言で襖を開けると、中には土方さん一人しかいなかった。
「あれ?他の人は?」
「………お前が拗ねるから」
追い払ったのだと、土方さんは静かな声で言う。
「そんな、僕が悪いみたいに言わないでくれます?悪いのは無茶をした土方さんですよ?」
「あぁ、分かってる」
僕は膝歩きで土方さんの枕元ににじりよった。
さっきは一君と山崎君がいて、近寄れなかったところだ。
「それで、どうなんですか?」
「傷か?…なに、大丈夫だ。ほっときゃ治る」
「………土方さん」
僕は自分でも恐ろしいと思うほど、低い声を出した。
「何だ?」
「副長ともあろうお方が、そんなずさんでいいんですか?僕にはいっつも口を酸っぱくして言うくせに」
「いや、それは………」
「ちゃんと暖かくして寝ろだの、夜更かしするなだの、野菜もしっかり食べろだの、小さな掠り傷でもきちんと手当てしろだの、そりゃあもう言いたい放題。なのに、自分のことは棚に上げるって、どういうことですか?土方さんは、刀傷なんてどうでもいいんですか?」
「そ、そうじゃなくて……」
「そうじゃなかったら何なんです?周りに心配かけたくないとか、迷惑になるからとか、そういうことを考えてるんですか?」
「いや、まぁ、……」
「あなたみたいに頭の良い人でも、そんな馬鹿なことを考えるんですか?ほんと、ばっかじゃないの?心配ならとっくにさせられてるんで、今更遠慮されても無駄です」
土方さんが何と言おうと、僕の説教は止まらない。
「僕が、あんなに止めたのに。それでも無理やり接待に行った、あの時から心配し続けてるんですよ、僕は。お陰で眠れやしない。一人で落ち着けずに雪見してるしかなかった僕が、土方さんが斬られたって聞いた時、どんな気持ちになったか分かります?」
「悪い…………」
「悪いで済むなら世の中こんなになってませんよ!もう…ほんと……この馬鹿副長!」
目上に向かって馬鹿というのは憚られたが、つい三回も口走ってしまった。
だって、それ以外に表しようがない。
馬鹿じゃなかったら、間抜けとか、あんぽんたんとか、おたんこなすとか、……だったらまだ、馬鹿がましだろう。
土方さんは黙って僕を見上げていた。
いつもならくだらない理由で風邪をこじらせたりして、寝込んだ僕を叱っているのは土方さんだ。
今日は立場逆転とあって、土方さんは、どこか気まずそうに、顔の半分以上を布団に隠してしまっていた。
不貞不貞しい表情をして、目だけをこちらに寄越すその様子に、これ以上怒鳴るのも可哀想な気がしてくる。
が、怒れるのは、土方さんの命に別状はないと分かっているからこそ、なのだ。
その有り難みを噛みしめつつ、こんな不器用な心配の仕方しかできない僕に、土方さんはもう少し付き合って然るべきだ。
「だいたいね、土方さんは普段から仕事をしすぎなんです。もう少し幹部に分配するとか、脳味噌使って遣り繰りしたら如何ですか?そうじゃないと、あなたがよくても、僕がヒヤヒヤします」
「総、司……」
「しかも、必然的に僕に構ってくれる時間は減るじゃないですか。やっぱりそんなのおかしいですよ」
論点は怪我と不養生に留まらず、普段の行いにまで飛躍していく。
土方さんが僕を叱る時、そんなことまで引っ張り出さなくても……というようなことまで持ち出してくる心理が何となく分かった。
「どうして土方さんは、そうやって何でも一人で解決しようとするんですか?周りにこれだけ頼れる人たちがいるんだから、もっと頼ればいいじゃないですか」
「………総司、悪い」
「それとも、僕には頼れないとでも言うんですか?だったら、別に、一君でも山崎君でもいいから頼ればいいでしょ?」
「総司、もう分かった」
土方さんが苦笑しながら言うものだから、僕はようやく、不承不承口を噤んだ。
駄目だな、全然効いてない。
僕が何を言おうと、半分右から左なんじゃないだろうか。
「………たまには僕にも頼ってくださいよ」
僕は口を尖らせてそう言った。
年下だし、問題児だし、と挙げればキリがない自分の欠点くらい、充分分かっているつもりだ。
でも、何よりも、僕はこの臥せっている人の恋人なのだ。
頼ってばかりじゃなくて、たまには頼られたいとも思う。
普段が無理なら、せめて、こうして具合が悪い時だけでも……。
そう思って土方さんを見ると、怪我をしてない方の肩を持ち上げて、僕の方に手を伸ばしてきた。
痛い思いをさせないようにと慌ててその手を掴んだら、そのまま引き寄せられて、僕は土方さんの上にぽすんと不時着した。
「わっ、ちょっと、傷口に響くじゃないですか」
「大丈夫だ。それより、総司」
「もう、何ですか」
「あんまり可愛いこと言うんじゃねぇよ」
そのまま、彼らしからぬ不器用さで頭を撫でてくる。
「俺だって、ちゃんとお前に頼ってる。お前ほど、面に表れないだけだ」
「それってあんまり嬉しくないです」
「でも、四六時中でれでれされたらたまんねぇだろ?」
「え………いや…別に…………ていうか、裏では四六時中でれでれしてるってこと?」
「別にそうとは言ってない」
へぇ、そうなんだ。
僕は新鮮な驚きを感じて、しばらく目をぱちくりさせていた。
「……だけど、それとこれとは違いますよ?僕は、たまには甘えてくださいって言ってるんです」
「んじゃあ、唇寄越せ」
「え?」
「甘えさせてくれんだろ?怪我の見舞いも兼ねて、接吻してくれ」
「なんか、ズルいなぁそれ」
「文句言ってねぇで、ほら、早く寄越せ」
「はいはい」
僕は肩にのしかからないように、きれいに身体を浮かせたまま、そっと唇を押し付けた。
拙いそれをじっとしたまま享受している土方さんに、少しだけ悪戯心が湧いてくる。
舌をちょっとだけ出して、閉じられた唇をつんつんとつついたら、土方さんは目に見えてびくりと動揺した。
それから、
「っ痛ぇ!!」
なんて叫ぶものだから、今度は僕がびっくりして跳ね起きた。
どうやら、身体をびくつかせた拍子に、傷を動かしてしまったらしい。
僕は申し訳ない気持ちでいっぱいになって、慌ててペコペコ謝った。
「すいません、今、山崎君か誰か、代わりの者を寄越しますから……」
「馬鹿やろう」
土方さんは痛そうに顔を歪めながらも、離れようとした僕の手を離さない。
「お前が、甘えろって言ったんだろうが。なのにもう行っちまうのか?」
「や、そうじゃなくて……僕じゃ傷、見れないから……」
「いや、いい。それより、もう一度接吻してくれ。その方がよっぽど効く」
「な、…な……」
恥ずかしいことを平気で言う土方さんに、僕の方が恥ずかしくなる。
しかし、目を閉じて大人しく第二弾を待っている土方さんを、そのまま待ちぼうけにさせるのも憚られて、仕方なく僕は、二度目の口づけを贈った。
そうしたら、雪で凍えきった身体が、少し温まったような気がした。
それから怪我が完治するまでの数週間、着替えを手伝ったり、お風呂のお世話をしたり、腕は動かせるという意見を完全無視し、ご飯を食べさせてあげたりして、甘えん坊な土方さんをしっかり堪能したの
だった。
(ただ、最終的には、やっぱり僕も甘えたいと思った)
2012.06.30
土沖祭りの時に、志野様からいただいたネタです。
"たまには土方さんを甘えさせたい沖田さんと上手く甘えられない土方さん"というリクエストだったのですが、上手く消化できませんでした(泣)
土方さんがなかなか甘えてくれなくて、怪我させてみたらようやく少しデレっとしました。
二人の不器用な感じとかもっと上手く出したかったのに力及ばず。申し訳ないです。
そして、何故この時期に雪。
ひえー、ほんと酷いな
いろいろ変ですが、良かったら受け取ってください。
▲ *mae|top|―