人々で賑わう神社の参道を、僕は一人で歩いていた。
辺りは親子連れや兄弟、子どもの集団なんかで溢れかえっていて、自分で招いた結果だというのに、つい惨めな気分になってしまう。
置いてきたあの人のことなんか考えたくない、無関心でいたいというのに、どうしても心に影がちらつく。
江戸で大人気の屋台が所狭しと並ぶ中、提灯をぶら下げて、お面をつけてはしゃぐ子ども達を眺めて、僕は足を更に速めた。
と、その時。
ずっと俯いて歩いていた所為で、前から歩いてきた子とぶつかってしまった。
「あっ」
「いってぇー!」
謝ろうと慌てて顔を上げると、そこにいたのは試衛館の兄弟子の弟だった。
「あー!おまえ、宗次郎じゃねえか!」
「う、…」
これはマズいことになった、お兄ちゃんに告げ口でもされたら、また痛い思いをする羽目になる。
僕は決まりが悪くなって目を逸らした。
その子が手に持っているあんず飴が、きらきらと目に眩しい。
「宗次郎、おまえ、何で一人なんだよ?」
「ひ、とりじゃない……」
「嘘吐くなよ!とうとう近藤先生にも見捨てられちゃったのか?」
「見捨てられてない!!」
大声を出す僕に、周りの大人たちが驚いて目を見張る。
「僕は見捨てられてなんかないもん!それに、君だってひとりじゃないか!」
「俺は父ちゃんが向こうにいるんだ!おまえなんか父ちゃんもいないくせに!」
僕はハッと目を見開いて、口を噤んだ。
ピーひゃらと陽気な音楽が白々しく聞こえてくる。
僕の両親は、僕が生まれてすぐに死んじゃった。
親がいないのは僕の所為じゃない。
「僕……ぼく、は…………」
言わせっぱなしは悔しいけど、何て言い返せばいいか分からなくて、僕は地面を睨みつけた。
「ぼくは……、」
「あぁ宗次、こんなところにいたのか」
その時突然後ろから聞き慣れた声が降ってきて、僕はハッと顔を上げた。
前で僕を睨みつけていた子も、びっくりして僕の後ろを見つめる。
そこには、僕が置いてきたはずの土方さんが立っていた。
手にはちゃっかりお面まで持っていて、なんだ、僕がいない間に勝手に楽しんでたのかと、思わず苛立ちがこみ上げてくる。
「ひ、じかたさん……何で、ここに……」
「あん?」
土方さんは片眉を吊り上げた後で、ちらりと僕の前の男の子を見た。
それから少し何かを考えるような表情をしたあとで、徐に、手中のお面を僕の頭に被せてきた。
「ったく、これ買ってる間待ってろって言ってんのに、全然聞いてねぇんだもんな。気付いたらいなくなってるから、吃驚したじゃねぇか」
僕は思わず、頭上のお面に手をやった。
「ったく、勝手に迷子なるなよな」
全部、土方さんの出任せだ。
恐らく、僕たちの言い争いを聞いていたんだろう。
おせっかいを焼いてくるのはちょっとムカついたけど、それを上回る嬉しさがこみ上げてきた。
土方さんが来てくれて正直ホッとした。
あの時啖呵を切って一人で逃げてきてしまったのを、少しだけ後悔してたから。
「あー、いいなぁ、お面!」
男の子が大きな声を出す。
いつも羨ましがるばっかりで、人に羨ましがられることに慣れていない僕は、照れ臭くなって俯いた。
そんな僕の頭をかき混ぜて、土方さんが踵を返す。
「宗次、行くぞ」
「は、い……」
僕は男の子には見向きもせずに、土方さんを追い掛けた。
「土方さん!」
人混みの中、先ほどとは打って変わってどんどん歩いて行ってしまう土方さんを、僕は必死で追い掛ける。
「土方さん、待って!」
転がるように駆けていくと、不意に土方さんが振り返った。
「宗次」
「土方さん、何であんな嘘…!」
僕が詰め寄ると、土方さんはゆっくりしゃがみ込んで、僕と目線を同じにした。
「宗次、もう一人になるんじゃねぇぞ」
「…………」
一人というのが、単にさっき土方さんを置いていったことを指しているのではないことは、その真剣な眼差しを見たらよく分かった。
「でも………」
「確かに、お前には親はいねぇかもしれねぇが、でも、近藤さんだって、俺だっているだろうが」
僕はびっくりして土方さんをまじまじと見つめた。
土方さんがそんなことを言うなんて思わなかった。
もっと、意地悪な人だと思っていた。
てっきり、僕のことなんか嫌いなんだと……
「……ぅ…く………」
張りつめていた心がほぐれたら、ずっと我慢していた涙が出てきた。
「あー、ほら…泣くんじゃねぇよ。ガキに泣かれんのは苦手なんだよ……」
土方さんが困ったように頭を掻く。
僕は何とか泣き止もうとしゃくりあげて、肩を震わせて、それから、甚兵衛の袖で目を擦った。
すると、土方さんが僕の頭をぽんぽんと叩いてきた。
ズレたお面を直して、綺麗な顔で笑ってくれる。
「お面、仲直りの証な」
僕はまた照れ臭くなって、土方さんから視線を逸らした。
土方さんがわざわざ買ってくれたのかと思ったら、無性に嬉しくなった。
でも、ありがとうなんて言えない。
今まで罵ることしかしてこなかったのに、今更そんなこと言えるわけがなかった。
さて、と立ち上がる土方さんに、せめて置いて行かれないようにと身構えると、思い出したように土方さんが僕に言う。
「宗次、またはぐれちまわねぇように、俺の浴衣でも握ってろ」
早くしろと言わんばかりに見下ろしてくるものだから、僕は恐る恐る、土方さんのきっちり着込まれた浴衣に手を伸ばし、帯のちょっと下辺りをきゅっと掴んだ。
そして、それを確認して歩き出す土方さんにつられて、のんびりと歩き出したまでは良かったのだが。
「おい、そんなに引っ張るな。歩きづらくて仕方ねえ」
ついつい力強く握ってしまうと浴衣がひきつれるのか、自分で言い出した癖に文句ばかりの土方さんに、すぐ腹が立ってきた。
「だって!土方さんが握れっていうから!」
「あぁ、もう!……ったく、仕方ねぇな。嫌だって言うなよ」
土方さんは頭をがしがしと掻いて、困ったように眉尻を下げ、眉根を少しだけ寄せると、浴衣を掴んでいた僕の手を取り上げて、繋いだまま歩き出した。
誰かに手を握ってもらったことなんか数えるほどしかなくて、僕はこそばゆくて、どうしていいか分からない。
だけど、握られた手はあったかくて、頼もしくて、お兄ちゃんがいたらこんな感じだったかもしれないと思ったら、自然と心がぽかぽかしてきた。
……そうか、土方さんは意地悪な奴なんじゃなくって、とっても優しくて、温かい人だったんだな。
いけ好かないなんてことは全然なくて、嫌いじゃないし、むしろ好きかもしれない。
ううん、きっと好き。
僕はこの時初めて、今まで抱いてきた誤解の正体を知った。
いつかこの人に、ありがとうとか、好きだとか、そういうことをきちんと言えるようになる日がくるといいな。
そんなことを思いながら、僕は黙って土方さんについて行った。
あとで土方さんに買ってもらったりんご飴は、何だか甘酸っぱい味がした。
2012.06.26
蜜蜂様よりリクエストで、土沖で試衛館時代、ということで書かせていただきました。
まず何よりも、大変遅くなってしまってごめんなさい!
リクエストいただいたの3月なんです…
もはや履歴も消えちゃって、辛うじて自分の返事で確認したのですが、なんとまぁすっぽり抜けてしまっていたという。
だから何番だったのか分からなくなっちゃって。五千打と一万打の間なんですけど。
この間レスの確認をしていた時に気が付いて、心臓止まるかと思いました。
本当にごめんなさい。申し上げる弁明もございません。悪気はなかったんです……
それから、幕末にりんご飴だのあんず飴だのがあるのかは謎ですが、これでも一応調べたんですよ。
江戸の屋台って言ったら天ぷらか寿司かじゃないのか、とか思いつつ、終いには的屋についてやたら詳しくなりました(笑)
で、まぁ、原材料は水飴と果物だしね、不可能ではないだろう!ということで無理やり使いました。すんごい捏造な気がしますがお許しください。
そういえば、射的とかも二人にやらせたかったな。
蜜蜂様、もしまだ見てくださっていたら、受け取ってくださると嬉しいです。
はぁぁ…もう二度と粗相しないようにしっかりします!
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