捧げ物 | ナノ


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沖田の部屋の前まで行くと、襖の前に山崎が座していた。


「山崎………どうしてそんなところにいるんだ」

「副長…!!終わったのですか!」


山崎はうつらうつらしていたようで、土方の姿を認めると慌てて立ち上がった。


「まぁ、何をしたかは大体吐かせたしな……これ以上やったら死ぬ」

「……殺さないのですか?」

「総司のために取っとくんだ。……って言っても、あれじゃあ死んだも同然だろうがな」


土方の言葉に、山崎は暗がりの中目を凝らした。

それから土方の余りにも凄惨な様子に仰天して大きな声を出す。


「……っ副長!すごい、か、返り血が!…それに手も汚れています!湯浴みでもなさったら如何ですか?!何なら風呂焚きしてきましょうか?」


土方の手と着物の酷い汚れに、ずっと聞こえていた浪士の絶叫を思い出した山崎は、狼狽えておろおろと手拭いを出したり、引っ込めたりした。

彼らしからぬ慌てぶりだ。

土方は溜め息を一つ落とすと、山崎の肩を叩いてやった。


「…………御苦労だったな」

「ふ、副長!」

「あいつのお守りは疲れるだろう」


そういう土方の顔は、沖田よりはいくらかましなものの以前よりは痩けてしまっているし、目の下の隈も酷い。

いつもきっちりしている髪が乱れているのも、その心労の大きさの所為なのだろうか。

山崎はいつになく優しい土方の言葉に逆に面食らって、暫くは口も聞けなかった。


「……いえ…俺、は…………それより、副長が酷くお疲れのようです!少しお休みにならないと!」


やっとのことで言葉を絞り出した山崎に、土方は眉を寄せて首を振った。


「俺なら平気だ……それより、総司はどうした。何でお前はここにいたんだ」


言いながら、待てずに土方は襖を開けた。


「総司…?寝てるのか?」


部屋に入り、布団のすぐ傍に腰を下ろす。

目を閉じていつになく穏やかな顔をしている沖田を見たら、長時間の拷問の所為で荒んだ土方の心も少し落ち着いた。


「沖田さん……今日はずっと穏やかでしたよ」

「本当か?」


驚いたような土方の様子から、山崎はいつもはずっと穏やかなど有り得ないことを悟る。


「一度だけ…魘されていましたが…錯乱したり、暴れたりすることはありませんでした」

「そうか……少しは快方に向かってるのか」

「毒が抜けてきたのだと思います。よく眠ってらっしゃるので、少し……その、気分転換したくて…廊下に出ていました」

「あぁ………構わねえよ。ずっと付きっきりは疲れるだろうしな」


土方は安心して深々と溜め息を吐いた。

それから沖田の頭に手を伸ばそうとして、止めた。

手が酷く汚れている。


「山崎……本当に御苦労だった。明日……っつってももう今日だな、皆が起きたら詳しい話を聞いて、色々と処断させてもらう。お前はもう下がっていいぞ」

「ですが………」

「疲れてるんだろう?……悪いことは言わねえから、下がれ」

「は…………では、失礼します」


山崎は眠たそうに、それでも懸命にそれを隠しつつ出て行った。

良い部下に恵まれたと、土方は微笑する。


それから再び沖田に向き直って、頭を撫でてやるために手拭いで血を拭き取り始めた。


「………ん…ぅ…」


土方が汚れを取るのに夢中になっていると、不意に沖田が呻いた。


「総司……?」


土方はすぐさま手拭いをほっぽりだして沖田の顔を覗き込む。

すると沖田の目がゆっくりと開いて……そして、綺麗な翡翠が顔を覗かせた。


「総司、目が覚めたか?」

「……ひじかた、さん?」


土方はハッと息を飲んだ。

総司が自分を呼ぶ声が、何となくいつもとは違って聞こえたのだ。


「総司……?」


土方はそっと沖田の前髪をかき上げた。

すると総司は目を細めて、気持ち良さそうに擦り寄ってくる。


「土方さん……」


土方は困惑して沖田を見詰めた。

何となく、様子が違う。

何時もより、声がはっきりしている。

はっきりとした意志を持って、言葉を発しているように感じられる。

土方が戸惑っていると、不意に沖田が自力で身体を起こした。


「総司!お前………!」


仰天して慌てて手を貸そうとするが、それすら沖田に拒まれてしまう。


「…ぼく………」

「総司?」


掠れて小さな沖田の声を聞き逃さないよう、土方が懸命に耳を傾けると、沖田は信じられないことを言った。


「ぼく、…久しぶりに、土方さんが、わかるみたいです…」

「………っ…!」


土方は不覚にも泣きそうになった。

それは、ずっと咲かないと思っていた花がやっと咲いたような、はたまたずっと鳴かないと思っていた鳥が漸く鳴いたような、小さいけれど大きな福音だった。


「ぼく、何してたんだろ……ひじかたさんが、こんなに傍にいてくれたのに…」

「そう、じ……」


土方が慌てふためいている内に、沖田はぎこちない動きではあったが、倒れるように土方に身体を預けてきた。

ぽすん、と肩に預けられた頭を、土方は反射的に抱え込む。


「あぁ………土方さん、だ……土方さんの、匂い…と、ちょっと血の匂い……」


たどたどしい沖田の言葉が聞こえてくる。

が、それは土方の耳には意味を成しては入って来なかった。

まるで夢を見ているようで、暫く現実が信じられなかったのだ。


「嬉しい、な……土方さんが、分かる、や…」


段々と事態を把握してきた土方は、胸の中にじんわりと温かいものが溢れ出すのを感じた。

温かい。感じていた恐れや不安が、何もかも溶けていくほど温かい。


「………総司!……総司…!」


気付けば土方は、力強く沖田を抱き締めているところだった。


「総司……!よく頑張ったな……!よく…耐え抜いた…な……」


土方の頬を幾筋もの涙が伝い落ちる。


「よく……よく……生きててくれた…」


髪に、額に、頬にと、所構わず口付けを落とす。

それから背中を撫で、頬を撫で、目の前の存在が消えてなくならないように、何度も確かめてかき抱いた。


「ひじかた、さ…ん…」


そのうちに沖田が土方につられるようにして泣き出した。


「ふぇぇ……土方さぁん…ぼく…ぼく…」

「大丈夫だ、総司……良かった、お前がこうして生きててくれて……俺は、ホッとした」

「……ごめんなさい……いっぱい迷惑かけて………ごめんなさ…っ」

「馬鹿、謝るんじゃねぇ……気付いてやれなくて…悪いのは俺の方だ」


言いながら、土方は沖田の涙を拭う。


「違う、んです………ぼく、ずっと……言いたくて……」


ろくに正常な意識もなかっただろうに、ずっとそんなことを考えていたらしい沖田に、土方はまた涙を流した。

"沖田は自分を恨んでいるようだ"

一瞬でも沖田を疑い、そう思ったりしたことが酷く滑稽に思えてくる。


「土方さんごめんなさっ……ごめ、なさ…」

「もういい……もういいんだ………俺は、お前が戻ってきてくれて……それだけで十分だ……」


沖田の胸に、土方の言葉は甘く染み渡った。


「………お前をこんなにしやがった奴らは、永倉たちが捕まえてきてくれたからな」

「っ…ほん、と……?」

「あぁ、……この血は、連中のだ。ちっと痛めつけてやった」

「……………………」

「お前の為に生かしておいてある……連中の処分がお前の役目だ」

「え……?」


疑問を感じて沖田が顔を上げると、土方は優しさの中に厳しさを込めた目で沖田を見つめていた。


「……それで、お前の処分もチャラだ」

「土方さん………」


沖田は土方にしがみつくようにして泣いた。

不安で不安で、何度も死んだ方がましだと思った。

それでも、土方が全て受け止めてくれたから、何とか耐えることができた。

長い苦しみの中で、土方が信じてくれていることだけが、沖田の支えだったのだ。

切腹を覚悟したのに、自分を信じてくれたこと。

ずっと付きっきりで看病してくれていたこと。

何度も何度も沖田を励まし、挫けそうになれば大きな愛で叱責してくれたこと。

それらを、沖田は全てはっきりと記憶していた。

そのどれをとっても容易なことではないだろうに、土方は沖田と真正面から向き合い、逃げずに抱き止めてくれた。


「……辛かったろ?お前は何にも悪いこたぁしてねぇのに………苦しかっただろうな」

「ぼくは……土方さんが分かってくれたから………それだけで救われました……土方さんがいたから、頑張れたんです」


抱き締めてくれる土方の胸に顔を埋めて、沖田は震える声で言った。

それから、今ならようやく言うことができると、今一度大きく息を吸い込む。

もう一つのずっと言いたかったことを言うために。


「ありがとうございます……僕を救ってくれて」

「総司……」


土方は一瞬固まった後で、答えの代わりに沖田に微笑みを投げかけた。

一筋の光が見えた瞬間だった。



堕ちた星

(堕ちた星は、愛する人が救い上げてくれた)



2012.06.17

長らくかかってしまいましたが終わりました。

YUKO様からリクエストいただきました。

浪士に誘拐されて暴行・陵辱など酷い目に遭わされ、更には薬漬けにされた総司を厳しく、だけど愛を持って、土方さんが更正させるお話。

如何でしたでしょうか?

阿片とか麻薬中毒について何も知らなかったんですが、大切なことは全てウィキが教えてくれたので何とかなりました。

今は効果が高いから鼻から吸うけど、昔は経口で使用していたらしい……?

ただ飴状だったのか粉状だったのか分からなくて、そこは誤魔化しつつなんとかやりくりしました。

とにかく経口投与されて咽せ返る総司くんが書きたかったんです!その方が萌えませんか!?(おい

まぁでも17世紀には既に日本にあって、すぐ取締令も出てるので、幕末の諸事情は分からんです。

そこはフィクションだからってことで許してください。

土方さんが一目見て匂い嗅いだだけで分かったとか信じられん。そこはわたしとしては薬売ってた繋がりで知ってましたっていう感じです。

とにかく土方さんだけですよ、総司くんのこと見捨てないのは。

二人の、口に出さなくても分かる強い絆のようなものがお伝えできていれば幸いです。

何というか、気障でカッコつけた終わり方をしてしまいました……すっごくくさいですねー

そして近藤さんがログアウトしていてすみません。彼は出張中だったんだと思います。

いや〜でも総司くん虐めるの楽しかったです〜!

やりたい放題やらせていただきました。
まだ足りないですか?
ならまた書かせていただきます!笑

わたしはYUKO様に気に入っていただければそれで十分嬉しいのですが。
素敵なリクエストをありがとうございました。

感想をくださった方々もありがとうございました!アブノーマルなものを書いてる側としては大いに勇気づけられました。

とにもかくにも無事終えられて良かったです。

ここまで読んでくださってありがとうございました!




*maetop|―




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