捧げ物 | ナノ


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「さむい………」


沖田は熱に浮かされた顔で言った。

額には大粒の汗が滲み、長い前髪が鬱陶しく張り付いている。

結わきもせず乱れ放題の髪の毛は肩まで垂れ下がり、着崩れた着物が肩をはだけさせていた。


「ひじかたさん、さむい…」


寒い寒いと訴える沖田に、土方は無言で毛布を巻き付け、着物を正してやった。

すぐに沖田は縋りつくように毛布に身体を埋め、布団の上で小さく丸まる。

土方は溜まった仕事に手を付けることもなく、ただじっと沖田を見守っていた。


「は、ぁ………はぁ……」


荒い呼吸を繰り返す沖田に、かけてやる言葉も見つからない。

土方は腕を組んで、深々と溜め息を吐いた。



松本医師はあの後すぐに来てくれて、沖田の様子を一目見るなり、土方のことを激しく怒った。


「土方君、沖田君はなぜこんなことになっているのかね!」


松本に詰(なじ)られたことが、まだ土方の心の中でじくじくと熱を持ってくすぶっている。


「君がついていながら、沖田君はどうして麻薬漬けなどになったんだ!!」


やはり沖田が飲んでいたのは阿芙蓉だった。

松本は土方が回収した薬包紙と沖田の症状からすぐにそれを突き止め、既に中毒症状が出ている故、今すぐに離脱治療を施さないと取り返しのつかないことになると診断したのだ。


「沖田君が誘拐されて散々な目に遭ったのは、土方君が一番分かっていたはずだろう!それなのにどうして守ってやらなかったんだね!?」

「すまねぇ……松本先生、すまねぇ…」

「私に謝られても困るというものだよ」


それでも土方は謝ることしかできなかった。

松本の言葉はいちいち的確すぎて、何も反論など思い浮かばなかったのだ。

それに土方は、沖田が自分に何もかも隠していたことにかなり衝撃を受けていたし、沖田の異変に気付いてやれなかったことも酷く悔やんでいた。

松本に叱られるまでもなく、そんな自分に腹を立てていた。

もっと早く気づいていれば、沖田がここまで手に負えない状態になることもなかったかもしれない。

そう思うと、激しい自己嫌悪に襲われるのだった。



その場で出来うる限りの治療を施した後で、松本は離脱による苦痛を緩和する薬を置いて帰って行った。

その後で、一体何事かと心配していた幹部たちを呼び集めて、土方は沖田が何を隠していたのかを皆にはっきりと告げた。


「何だって?!阿芙蓉だと!?」

「それって違法じゃねぇの!?」

「勿論違法だ」

「総司がそんなことするなんて信じらんねぇよ!」


口々に沖田を批判する仲間たちに、土方の心はどんどん重くなる。

無論、土方にも沖田を疑いたくなる気持ちは山ほどあった。

が、ここで自分が信じてやらないで、一体誰が沖田を救えるというのだろう。


「副長、もしやそれはこの間の誘拐騒ぎと何か関係があるのですか」

「俺も何も分からねえ。ただ、総司が俺たちに重大なことを隠してやがったことだけは確かだ」

「…………総司は大丈夫なのか?」

「いや、…………分からねえ」

「総司は、切腹か?」


切腹という言葉に、土方の心は揺れ動いた。


「………何があったか吐くまでは、殺せねぇよ」


"沖田君を大切だと思うのなら、最後まで見捨てずに看病してやれ"

松本が最後に残していった言葉が、土方の頭の中でこだましていた。


「とりあえず、総司の面倒は俺が見る」


自分に言い聞かせるように土方はそう宣言し、心配したり疑ったりする幹部たちを無理やり説得した。

それから薬が欲しいと泣き喚く沖田を副長室に移動させ、暴れる身体を何とか落ち着かせて今に至る。

もうすぐ夜も明ける頃だが、土方は一晩中ずっと付きっきりで沖田の様子を見守っていた。

怒ったり問い質したりしたいことは山ほどあったが、沖田に正常な意識がない限りは、土方に出来るのはこうして見守ってやることぐらいだったのだ。

ちらちらと沖田の様子を伺いながら冷静に考えようとするものの、思考は拡散するばかりで上手く纏まらない。

土方は狼狽しきっていた。

沖田を決して見捨てないという、その気持ちに揺るぎはない。

だが、先ほどの切腹という言葉や、沖田が何一つ自分に言ってくれなかったことを考えると、土方の心は酷くかき乱され、信じようとする気持ちがぐらりと崩れそうになるのだ。


(総司……お前はあんなに強かったはずじゃねぇか…!)


縮こまって、大粒の汗をかきながらも寒いと言う総司を見ていると、何だか遣る瀬ない気持ちばかりが湧いてくる。


(それとも………強いからこそ脆いのか…?だとしても、こいつに危うい一面があることぐらいとうに気付いてたはずじゃねぇか……)


土方は頭を抱え込んだ。

そんな沖田を支えてやることが、自分の役目のはずだったのだ。

沖田を責める気持ちは、いつしか自らを責める気持ちへと完全に変わりつつあった。


「俺は………縋ろうとも思えねぇほど頼りねぇ男なのかよ?」


沖田に問い掛けてみるものの、もちろん答えなど返ってこない。

聞こえているのかすら曖昧だ。

松本が帰ってからずっと朦朧としたままで、時々ハッと我に返ったかと思うと、すぐにまた魘されたり苦しがったりを繰り返している。

薬の切れた沖田は、どこか遠い自分だけの世界へ行ってしまっているように思えた。


土方が険しい顔をして沖田を見ていると、不意に沖田が瞼を上げて、土方の方へぼんやりと視線を合わせてきた。


「………土方、さん……?」

「ん?……どうした」


土方が頭を撫で、額に張り付いた髪をかきあげてやると、沖田は悲しそうな声で小さく呟いた。


「…ひじかた、さ……ごめ、なさ…い………」

「………………」

「……もう、…僕、だめかもしれない」


土方は聞こえない振りをして、びっしょりかいている汗を手拭いで拭ってやることに専念した。


「…苦しい……苦しくて死にそうです…」


訥々と話す沖田の顔色は、青を通り越して白に近く、唇もわなわなと震えている。

目の下には濃い隈ができ、痩せた身体とあいまって窪んでしまっていた。


「…………………」


土方は眉を寄せて目を伏せた。

可哀想で見ていられない。

代わってやれるならどんなにいいだろう。

だが、この苦しみを乗り越えなければ、沖田は先に進めないのだ。


「…………何か欲しいもんはあるか?」


話題を無理やり変えると、沖田は少し考えてから水が欲しいと訴えた。


「よし、持ってきてやる」


土方は、半分逃げるように副長室を出た。

沖田を更生させられるのは自分だけだというのは分かっていたが、あんな沖田をずっと見ているのは正直とても辛かったのだ。

阿芙蓉の毒にやられた者がどうなるのか詳しくは知らなかったが、松本の話からするとかなり酷いものなのだろう。

中毒で死ぬ者すらあるというのだから相当だ。

禁断症状によって、苛つきや幻覚、幻聴まで現れることもあると松本は言っていた。

果たして沖田にもそういうことがあるのかは分からないが、できる限り守ってやりたいと土方は思っていた。

…そのためには、どんなに辛くとも、鬼になるしかないことだってある。

その覚悟を、土方は一晩かけて決めたのだった。


「総司、水を持って…って……なっ!?」


重々しい足取りで部屋に戻り、襖を開けたところで土方は絶句した。

沖田が、震える手で薬包紙を開こうとしているところだったからだ。

まだ隠し持っていたのか、それはどこからどう見ても阿芙蓉だった。


「総司っ!!何してるんだ!!!」

「っひじかたさ…………」


沖田は土方を見るや否や、きまりが悪そうに顔を逸らし、手の中の物を隠すように握り締めた。


「まだ持ってやがったのか!!」

「…ち、違……たまたま袂に入ってて…」

「ふざけんじゃねぇっ!!!」


土方は荒々しく沖田に近づいて、その手から薬包紙をむしり取った。


「っ返してください!」


途端に声を荒げる沖田を、土方は燃えるような怒りをたぎらせて睨み付ける。


「駄目に決まってんだろうが!」


頭ごなしに叱りつける土方に、沖田は我を忘れてカッとなった。

土方の手から薬を奪い取ろうと、なりふり構わず土方に掴みかかる。


「っ……返してよっ!!!」


それをひょいとかわしながら、土方は大股で縁側に出ると、薬包紙の中身を全て庭に撒いてしまった。


「っ何するんですか!!!」


凄まじい剣幕で再び飛びかかってきた沖田に、土方も容赦はしない。

土方は怒りに任せて沖田の胸ぐらを鷲掴み、乱暴なまでに床に放り投げると、その顔に持ってきたばかりの水を思い切りぶちまけた。


「っ…!」

「てめぇは少し落ち着きやがれ!」


沖田の目が見る見るうちに見開かれる。


「…僕は………僕は悪くないのに…!何で分かってくれないんだぁ!!」


抑えきれない苛立ちのままに暴れる沖田の肩を掴み、土方はびしょ濡れになった沖田の顔を乱暴に拭いてやった。


「ちょっと!止めてくださいっ…」

「いいから大人しくしてろ!」

「離せっ!…僕は薬が欲しいんだ!」

「いい加減にしろ!!!」


土方は厳しい口調で言った。

沖田の肩がびくりと震える。


「てめぇは……まだ分からねえのか!!」

「だ、だって………」

「言い訳なんざ認めねぇぞ!あれを飲んでも何の救いにもならねぇことぐらい分かってんだろうが!!」

「だって…もうだめなんです!!…こんなことになるなら……いっそ死んだ方がマシだ…!」

「この……っ…!!」


土方はパシンと派手な音を立てて沖田の横面を張り倒した。


「死ぬなんて言うんじゃねぇ!!」

「う…ぅ…っ…」


みるみるうちに沖田の両瞳に水膜が張り、顔が苦しそうに歪められる。


「誰もお前が苦しむ姿は見たかねぇんだよ!」


土方は打ったことに罪悪感を募らせながらも、低い声で唸るように言った。


「なら、何で……っ!」

「最初に言ったはずだ。あの薬を飲み続けても、一時の楽しか手に入らねぇって」

「でも……でも…」

「俺を信じろ、総司」


沖田は歪んだ顔で、土方を見た。


「俺は、お前を信じてるぞ」

「……そんなの……嘘だ…!」

「嘘じゃねぇ!」

「……っ…」

「嘘じゃねぇぞ、総司。何があったのかは知らねぇが、俺はお前が自ら薬に手を出した訳じゃねぇって、それくらい分かってる」

「……、そんな、の…分かんないよ………」


沖田は真剣な眼差しを投げ掛けてくる土方を、真っ直ぐ見れずに目を逸らす。


「分かるさ。何年一緒にいると思ってんだ」

「…っでも……!」

「でも、じゃねぇんだよ!」


土方の語気が再び強まったことで、沖田は怯えて土方の顔を見た。

思いがけず真摯な視線で自分を見つめている土方に、益々沖田の顔が歪む。

畏怖の色を浮かべる沖田に、土方はため息を吐きつつできるだけ優しい声で言ってやった。


「俺は、お前が俺に何一つ言ってくれなかったことに腹を立ててるだけだ。何か言えねぇ理由があったのかもしれねぇが、それでもお前はまだ俺に頼ろうとしねぇ。信用もしてねぇ。だから、こんなに怒ってるんだ。分かるか?」

「……うん」

「……今は、何があったか詳しく話せとは言わねぇでおいてやる。だから、お前が元に戻ったら、その時には必ず話してくれ」


土方の言葉に、沖田は驚いて目を見開く。


「…元に戻る、って……………僕は、切腹、じゃないんですか…?」

「言っただろうが。俺はお前のことを信じてるって。お前が僕は悪くないって言うんだ、俺はそれを信じる」

「ひじかた、さん……」

「俺は待ってるぞ。何時まででもな。気持ちの整理がついたら、その時は俺に話してくれよ。全部受け止めてやるから」


好きでこうなったわけじゃない。

縋るように土方を見つめる沖田の目はそう言っていた。

それから視線を逸らし、とうとうぽろりと涙を零した沖田を、土方は力強く抱き締めてやった。


「大丈夫だ、総司。大丈夫だ」

「うぇ……ぇ…えぐ…」

「俺がついてる」


しゃくりあげる身体を抱き寄せ、あやすように背中をさする。

そのまま朝までずっと、土方は沖田を抱き締め続けていた。




*maetoptsugi#




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