捧げ物 | ナノ


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屯所から逃れるように足早に歩きながら、沖田は脳裏に焼き付いていつまで経っても消えてくれない光景を鮮明に思い出していた。



あの日………沖田は非番だった。

いつものように子どもたちと境内で遊んでから、彼らを一人一人家まで送り届けたその帰り道で、突然攫われたのだ。

一人くらいは斬ったかもしれない。

いきなり頭を殴られて、浪士と思しき連中に囲まれたところまでは覚えているのだが、その後の記憶が断片的だった。

そうだ……確か柄に手をかけた。

だから、やはり一人や二人は斬ったはずだ。

ただ、飛んでしまったその時の記憶などどうでもよくなるほど、その後に起きたことが熾烈すぎた。

気付いた時には見知らぬの家屋の一室で羽交い締めにされていて、意識が戻った途端に輪姦(まわ)された。

血が出ても泣き叫んでも決して行為は止まず、何度も何度も中に出された。

沖田が失神しても、その度に殴る蹴るの暴行を加えられ、本当に死ななかったのが奇跡のような状態だった。

きっと新選組――それも、一番組に相当な恨みがある人たちなんだろう。

だから、すんなり殺してくれないんだ。

そう思って運命に甘んじる覚悟を決めた矢先に、男たちは沖田に殺すつもりはないとはっきりと言った。

それならばずっとこうして肉便器にでもするつもりかと身構えた沖田に、連中はとあるものを差し出してきたのだ。


「おい、あれ出せ」

「………あれって、何、なのさ…」

「………沖田、貴様は労咳らしいな」

「…なんで…それ………」

「ちっとな、人づてに聞いたもんでね」

「……………」


まだ土方ですら知らないことを、こいつらは知っている……それが分かった瞬間、沖田の心に僅かな畏怖が生まれた。


「沖田、お前さんさ、万能薬は欲しくねぇか?」

「は………?万能薬?………」

「飲むと気持ちよくなれるんだぜ」


沖田はぽかんと口を開けた。

そんな薬の存在は聞いたことがない。

あるならばとっくに買っているし、医者だって勧めてくるはずだ。


「…は、………いらない、よ」


暫くの後に、総司は自嘲めいた笑いを漏らして言った。


「何でだ?何で欲しがらないんだよ?」

「貴様の労咳が治るんだぜ?」

「あんたたちが、敵に塩を送るような真似を……するわけがないじゃないか」

「なっ……」

「僕の労咳を治して、どうしようって言うのさ。利点なんて何にもないし、つまりそんな薬は存在しないってことだよ」


総司は自分に説得するように言った。

そう、そんな薬有るわけがない。

一瞬でも希望を持ってしまった自分に、総司はほとほと嫌気がさした。


「分からないぜ……?」


必死に現実を見つめようとする総司に、男たちは甘い言葉を囁いてくる。


「何も分からなくないよ。僕はそんな変な薬は買わな………」

「おいおい、勘違いしてもらっちゃ困るなぁ」

「何も俺たちは薬を売りつけようとしてるわけじゃねぇんだよ」

「そうそう、ただちょっくら試してもらおうとしてるだけなんだ」

「……それって益々怪しいんだけど」


どこまでも気丈な沖田に、連中の一人が薬包紙を見せてきた。

得体の知れないそれに、沖田はぐっと身構える。


「……なぁ、試しに飲んでみねえ?」


沖田は黙って首を振った。


「ふん…まぁいいさ。最初からお前の意見なんか求めちゃいねーからな」


そう言うなり、縛られたままあられもない姿で床に転がっていた沖田の髪を、目の前に立っていた男がぐいっと引き上げた。


「……何するのさ…っ!」

「…何って、薬を飲んでもらうのさ」

「だ、だからそれは嫌だって…!」


青ざめて暴れる沖田に、男は不敵な笑みを浮かべる。


「拒否権なんかねぇんだよ、お前には」


一瞬怯んだ隙に、あっという間に男たちは沖田を押さえつけた。


「ぁっ、く、くそ……やめろったら!」

「ほら、大人しく口開けろ」


沖田は慌てて口を閉じ、不自由な身体を捩った。


「ちっ……何だってそんなに嫌がるんだ?」

「別に飲んだからって死にゃあしないっつうの」


嫌だ、そんな変な薬。

沖田には鋭い予感めいたものがあった。

もう二度と刀を握れなくなったら……もう二度と、土方を識別できなくなったら……。

そんな恐怖が、沖田を突き動かした。


「ったく、手間のかかる奴だぜ」

「おい、お前こいつの鼻押さえろ」

「了解」

「んっ…!んん!」


一人に鼻を摘まれた。

別の男は、沖田の口の上で薬包紙から出した小さな粒を構えて待っている。

焦りと緊張もあいまって、すぐに息が苦しくなった。


「……っぷはぁ!…あ、やだやだ……んぐ!」


口を開けた途端、喉の奥に黒っぽい飴玉のようなものを押し込まれる。


「ぐっ……がはっ!…お、えぇ…!げほっ……」


沖田はすぐに盛大に咽せ返って、薬を吐き出そうとした。


「おおっと、貴重な薬なんだから吐き出してもらっちゃあ困るぜ?」


そんな言葉と共に間髪入れずに水を飲まされて、必死の抵抗虚しく、沖田は薬を飲み込んでしまった。


「うぅっ……けほ……っくそ……」

「はは………すぐに気持ちよくなれるぜ」

「まぁ見てろって」


それが最初だった。

その日から毎日、沖田はその薬を強制的に与えられた。


「おら!ちゃんと全部飲みやがれ!」

「やめろ、よ!…そんなの、僕いらな……うぅっ…!」


最初のうちは悪寒と吐き気が酷くて、何度も嘔吐を繰り返した。

一体自分は何の薬を飲まされているのか。

それすら分からなくて、沖田はひたすら恐怖に怯えていた。


「暴れるんじゃねぇよ、ちゃんと全部飲んでもらわなきゃなんねぇからなっ!」

「も、やめて………そんな薬、いらない…っやだぁぁ……」


沖田がどんなに嫌がっても、男たちは薬の投与を決してやめてはくれなかった。

むしろ、嫌がったり吐き出そうとしたりすればするほど無理に薬を飲ませられ、死にたくなるほど酷い目に遭うのだ。

そういうわけで、沖田は次第に従順になっていった。


……否、それだけではない。

徐々に薬の"効果"が表れ始めていたのだ。

薬を飲むと、身体が軽くなるのを段々感じるようになった。

気持ちよくて、ふわふわ浮くような感覚だ。

それからこの上なく満ち足りた気分にもなった。

今なら一気に百人くらい斬れるんじゃないか。そんな自信まで湧いてくる。

そうして少しずつ、沖田は薬の虜になっていった。



数日後には、沖田は既に薬なしではいても立ってもいられないようになっていた。


「は、ぁ………ねぇ、おねがい……」

「あぁ?何だよ?」


相変わらず床に転がったまま、矜持も新選組としての威厳も何もかもずたずたに引き裂かれた沖田が懇願するのを、男たちは面白そうににやにやと眺めるばかりだった。


「……くすり……ちょうだい、…」


沖田の身体が小刻みに震える。

そわそわして落ち着かない。

時々苛立ちを含んだ目で敵を見上げる。

全て、禁断症状の表れだった。


「は………俺たちゃ貴様のそういう姿が見たかったんだぜ」


男たちは沖田を馬鹿にしたようにせせら笑う。


「新選組の組長がご大層なこった」

「すっかり薬漬けたぁな…はは!」

「この間までの威張りくさった態度はどこにいっちまったんだよ、あぁ?」


数々の言葉に罵倒されながらも、沖田はもはや薬を求めずにはいられなかった。


この頃になると、自分はどうやらとんでもない薬を与えられたようだということに、さすがの沖田も気付き始めていた。


「頼むよ!今までは嫌がったって飲ませてたじゃないか!」

「………だから、それが狙いに決まってんだろ」

「は?」

「貴様を屈服させて薬を強請らせるのが、俺たちの目的だぜ?」


沖田はそこに絶望的な響きを聞いた。


「……っそんな……!」

「総司くんよぉ、お前もう薬なしじゃいられねーんだろ?」

「……………」

「なら、可愛く強請ってみろよ」

「そしたら考えてやらねぇこともねぇぜ?」

「…………くそっ…」


沖田は歯を食いしばって屈辱に耐えるしかなかった。

好きでこうなったわけじゃない。

だから、これは仕方がないことなんだ。


「くすり………ください………何、でも…するから……」


沖田の言葉に、男たちは満足そうに笑った。

沖田は、敵に頼み込んでまで薬を得ようとしているというその屈辱的な事実に、一番傷付いていた。

自分はこんなにも弱かったのかと、何度も自分を呪った。

…が、そんなことにも耐えられるほど、沖田の身体はすっかり薬に蝕まれてしまっていたのだ。


「………なら、代金が必要だな」

「……お、金?」

「いいや」


男たちは沖田を見下ろしてにやにやと笑った。


「どうせなら、もっともっと傷付いてもらおうじゃねーか」

「貴様の身体でいいぜ」


沖田はさっと青ざめた。


「か、身体………?!」

「あぁ。貴様のケツの穴寄越せっつってんだよ」

「いや、ケツだけじゃなくて、お口もかなぁ?」

「がはははは!」


男たちは下品な笑い声を立てる。

その声に、沖田は益々ぞっとした。

今まで散々に弄ばれた身体を庇うように縮こまる。


「あんたたちは……僕のことをもう散々好きにしたじゃないか!それなのになんで、今更そんな…」

「なに勝手なこと言ってんだ?」

「まだまだ足りねぇんだよ」

「男にケツ犯されて、ぴーぴー泣き叫ぶのが貴様の役目だろうが!」

「ち、違う!僕は……!」

「これくらいで薬が手に入ることを有り難く思うんだな」


最初からこいつらの目的はこれだったんだ。

そう悟った瞬間、沖田の目は絶望に濡れた。


「…薬。欲しいんだろ?」

「……っ…」

「なぁ?欲しいんだろ?」


沖田は泣きながら首を縦に振った。





それから暫くして、沖田は解放された。

どんなに酷い目に遭おうが、薬を求めて沖田は必ずやってくる。

そう見越した上で、男たちは敢えて沖田を自由の身にしたのだ。

が、その首にはしっかりと見えない首輪がはめられている。

本当の意味で解放されることなど、もう二度とない。

どうせ行ったって散々犯されるだけだというのに、沖田は自分を止められない。

どうしても、薬が欲しかった。



「………………」


いつもの団子屋を過ぎた辺りで、沖田は後ろを振り返った。

いつもの平穏な町。

人々が行き交い、商売をし、談笑している。


(つけられてる…気がしたんだけど……)


沖田は警戒してじっくりと往来を見回した。

山崎あたりなら、商人なんかに化けられたら最後、仲間でも見分けるのが難しい。


先ほど、土方は確実に自分のことを疑っていた。

山崎と話していたのも怪しいし、このままではバレるのも時間の問題だろう。


でもまぁいいかと、沖田は踵を返して歩き出した。

そこには少し、気付いてほしい、自分を助けてほしいという思いがこめられていたかも知れない。

自分からは絶対に言えない。

言ったら最後、士道不覚悟で切腹なのは目に見えている。

それに、土方を絶望させ、捨てられるのも嫌だ。


…だが、いい加減にこの苦しみから解放されたいというのもまた、沖田の本心だったのだ。




*maetoptsugi#




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