捧げ物 | ナノ


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「お客さん、着きましたよ」


それから緊張のあまり車酔いしそうになっている内に、タクシーが僕の家に着いてしまった。


「あ!あ、僕が払います、これくらい、」


代金を支払おうとする土方さんを、僕は慌てて止めに入る。


「いいよお前は。早く降りろ」

「駄目ですってば!送ってもらっちゃったのに、そこまでお世話になるわけには…!」

「いいから降りて待ってろ」


土方さんの有無を言わさない様子に、僕は渋々タクシーを降りた。

あぁ、もうほんと色々上手くいかない。


「あ、あの、今日はありがとうございました」


暫くしてタクシーから降りてきた土方さんに、僕は大きく頭を下げた。


「いや……俺あんま飲めねぇから早く帰りたかったんだ。こっちこそありがとな」

「え、いや……」


僕は困惑して土方さんを見た。

やっぱりそういう"ついで"の理由だったんだね。

まぁ、もう期待なんかしてなかったけど。


「あの、ていうか、土方さ……土方部長はここで降りちゃってよかったんですか?タクシー行っちゃいましたけど……」

「ん、あぁ……思った以上にお前と家が近くてよ。ここからなら歩いても二十分はかからねぇ」


二十分って結構な距離じゃないかなぁと思いつつ、僕は気まずくなって足元を見下ろした。


「……つーか、お前に聞きてぇことがあってよ」

「え……?」


僕は恐る恐る顔を上げた。

この怖い怖い部長さんが、僕みたいな出来損ないに聞きたいことって、一体……











その頃土方と沖田以外のメンバーは、楽しく二次会で盛り上がっているところだった。


「あのー、永倉さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど…」

「おー、平助!俺のことは新八でいいって何度言ったら分かるんだよ!」

「し、新八さん…」


平助は少し恐ろしい友の為に、一肌脱いでいるところだった。


「何だ?聞きたいことって」

「あの、土方部長のことなんすけど、」

「あー、土方さんがどうした?」

「"恋に落ちた"って言ってたのって本当!?」

「ぶー!!!ちょ、おま、それ何で知ってんだよ!!」

「この前原田さんに言ってたの聞いちゃって」

「………やべーよ…まじやべーよ……このことは口外すんなって土方さんにきつーく言われてんだよ!」

「新八……それ完全にお前が悪いじゃねぇか」


永倉の隣で聞いていた原田がすかさず突っ込む。


「で?で?本当なの?」

「…まーこの際はっきり言わせてもらうとだな…………本当だ」

「マジか〜!うっわぁ…新八さんその相手が誰だか知らねーの?」

「いやいや、あのセリフを言った時の状況からして、相手はアイツしかいねぇと思う」

「マジで!!知ってんの!!アイツって誰!?」

「何でもよ、可愛いんだとさ。俺にゃどこがどう可愛いのかさっぱりだけどよ!」

「か、可愛い!?……てことは女?」

「どんなに怒ってもめげずに頑張ってるところが可愛いらしい」

「な、な!…それってまさか、俺のこと!!?」

「……平助」


原田がゴホンと咳払いする。


「放っておけねえだとか、本気で好きすぎてどう接していいか分からねえだとか、そういうことを色々ぐちぐちと仰せになってたぜ」

「勿体ぶらねぇで誰だか教えてよ!それって新入社員?」

「おうよ」

「え、じゃあまさかほんとに斎藤一?」

「え、何故にフルネーム?」

「いや、それは俺も疑問なんだけど」

「はぁ?じゃあ誰がフルネームで呼んでるんだよ」

「そりゃあ、あの凶暴な総司が…」

「あ、当たり」

「へ?」


平助はきょとんと目を見開いた。











「お前、好きな奴はいるのか」


身構えた途端聞こえてきた質問に、僕はぱちぱちと目を瞬いた。


「はい?」


思わず聞き返しても、相変わらず土方さんは仏頂面のまま。

何を考えているのか、さっぱり分からない。

いきなりそんなこと聞かれても、すっごく面食らうんですけど。


「だから、好きな奴とか、付き合ってる奴はいねぇのかって聞いてんだ」


え?あれ?土方さん酔ってる?
それとも僕が酔ってる?

そう思って土方さんを伺い見るが、至って真剣な目をしている。

ふざけてるわけじゃないんだ……。

そう思ったら、急にカァッと顔が熱くなった。

僕は慌てて目を逸らす。

何というか、その……"好きな人"を想像しちゃったんだ。

暫くしどろもどろしていると、土方さんに深々と溜め息を吐かれてしまった。

「はぁ………お前、いるのか」

「へ?な、何が……?」

「…好きな奴。いるんだろう」


ちらりと視線が交差して、もうどうしていいか分からないくらい顔が熱くなる。

バレた!好きな人がいるってバレた!


「…………そ、そんなの……土方部長には関係ないじゃないですか…」

「誰だよ、どこの娘だ」

「だ、だから!何でそんなこと言わなきゃいけないんですか!?」

「……気になるだろうが。部下のそういうことを気にしてやるのも上司の務めだ」

「うわ…それ絶対違う、職権乱用ですよ」

「いいから、な?言ってみろよ。別に誰にも言いやしねぇよ」

「そ、そういう問題じゃないです!」

「俺も知ってる奴か?」

「いや、その………まぁ……いや、……」


なかなかしつこい土方さんに、僕は閉口して押し黙る。

だって言えるわけないじゃないか!

"僕が好きな人は土方さんです"?

……冗談じゃない。


「じゃ、じゃあ、土方部長には好きな人がいるんですか!?」


あぁ、バカだ。

反撃しようと思って言った言葉がこれとか。

自分で自分を傷付けようとしてるとしか思えない。


「あぁ、いる」

「…っ………」


…あぁ、やっぱり聞かなきゃよかった。

やっぱり平助が言ってたことって本当だったんだ。

僕と土方さんの間を、夜の少し肌寒い風が吹き抜けていく。


僕はこの上なく沈みきって、どんよりとした表情を浮かべた。

あー、明日の僕の天気は雨に決定だ。


「そ、そうですか…………」


何か、もう、全部どうでもいい。


「じゃあ……僕…………僕、ほんとは、土方さんの恋人に立候補しようと…思ってたんですけど、…………やっぱりやめます…」


投げやりな気持ちになったのか、いい加減我慢が出来なくなったのか、悔しくて変に気持ちが高ぶってしまったのか、本当のところはよく分からない。

けど、気付いたら僕はとんでもないことを口走っていた。


「……え?」

「え?……っえ?え?あ、あれ?」


呆然としている土方さんを見て初めて、僕はものすごく大それたことを言ってしまったのだと自覚した。

それから居たたまれなくなってすぐにずりずりと後ずさる。


「あ…あ……な、…何でもないですっ!忘れて!…忘れてください!今のはなかったことにしてください!」

「総、司…」

「そ、そうだ…僕は酔っ払ってるんです、すごく、…だから、何言ったかなんて覚えてませ……」


僕は泣きそうになりながら踵を返した。

大失態だ。大ミスだ。
怒鳴られても仕方ないくらいの大ミスだ。


「失礼しますっ!」


アパートに向かって走り出そうとしたところで、グイッと手首を掴まれて僕は思い切りつんのめった。

そのままバランスを崩しかけたのを、土方さんに抱き留められる。

そしてくるりと身体を返されて。


「……っ」


唇を奪われてしまった。

僕は電池の抜けたロボットみたいに、ぴたりと硬直した。

やだやだ。いくら僕でも勘違いする。

キスなんかされたら、そんな、もう……泣きたい。


「んっ…ゃ…んん!」


慌てて顔を背けようとしたが許されず、むしろ後頭部をがっしり掴まれてより深く口付けられた。


「やめ…っ……」


吃驚しすぎて心が追いつかない。

そのうち酸欠になってきて、僕は土方さんをかなり無理やり引き剥がした。


「……はぁ…はぁ……っ」

「は…ぁ……お前、息継ぎの仕方も知らねえのか」

「…っどういうつもりですか!」


僕は土方さんをいっそ睨むくらいの勢いで見た。

すると、何てことだ、土方さんに優しく抱き締められてしまった。


「いきなり悪かった。ただ、我慢できなくなっちまって…」

「な、な!だから、何で、こんな……」

「当選だ」

「は?当選?」

「あぁ、だからお前、立候補してくれんだろ?俺の恋人に」

「うぇぇ?こ、恋人っ?」

「何だよ……違うとは言わせねぇぞ」

「や、…ち、違わない、です、けど…でも…」

「でも、何だよ?」

「う……だって…信じられな……」


僕がおろおろと視線を彷徨わせていると、土方さんが僕の頬を両手で包んできた。


「だから、お前が好きだって言ってんだ」

「ひ、土方部長の好きな人って……ぼ、く?」

「あぁ、他に誰がいるってんだ。つーか、オフの時までその部長って呼び方はやめろ」

「だって…!土方、…さん、…じゃ、じゃあ、一君は?」


もう僕は大混乱。

今まで僕のこと叱ってばっかりだったくせに、ほんと戸惑うんですけど!


「俺には何で今その名前が出てくるのかさっぱり分かんねえんだが………あー、一つ言うとしたら、仕事の優秀さと好き嫌いは別問題だろ?」

「!」

「それに俺は、お前がへこたれずによく頑張ってることも知ってる」


土方さん、ちゃんと見ててくれたんだ…!

そう思ったら戸惑いは消えて、代わりに嬉しさと感動ばかりが溢れてきた。


「なぁ、まだ言葉が足りねぇか?好きだ、大切にしてぇと思ってる、後なんて言えばいい?」


なんだか陳腐で臭い恋人の甘い囁きみたいなものを耳元で次々と連続ヒットされて、僕は茹で蛸のように真っ赤になった。


「も、もうやめてくださっ……」

「頼む…俺のものになってくれ」

「やだやだ!恥ずかしいですってば!もう分かりましたから!っていうか僕も好きですから!頼まれなくてもなります!」

「…………」


言い切ってから、またとんでもないことをさらりと言ってしまったことに気付いた。

どうしよう、恥じらいのない奴とか思われたかも…!

そう思って盛大に狼狽しながら土方さんを見ると、むぎゅっと音がしそうなほど抱き締められた。


「……お前…やっぱり可愛いんだな」

「んなっ…!」


どうやら、お気に召してくれたらしい。



…斯くして、僕は土方さんの恋人になった。

これはまだ平助には報告してないんだけど、それなりにお世話になったことだし、そろそろ言わなきゃなぁなんて思っている。

それから斎藤一……一君にも、勝手に恋敵扱いして悪かったって、今度お昼ご飯でも奢ってあげようかな。



(ふふ……土方さんが"恋に落ちた"相手って僕だったんですね)
(…おい、ちょっと待て。それ誰から聞いたんだ)
(え?永倉さんが言ってたって、平助が)
(あんの野郎……!!)



2012.06.19


120B.P.Mの空也様に相互記念で捧げさせていただきます。

二人共社会人設定で、両片想いからの両想い、という素敵なリクエストをいただきました!

実はリーマンパロがっつり書いたのは初めてでした。
両片想い大好きなんですけど、書くのは救いようのない下手くそで。総司くんの片想いみたいになっちゃいました。
こんなのでよかったら受け取っていただけると嬉しいです。

空也様、この度は相互リンクありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします!




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