捧げ物 | ナノ


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それから更に数刻。

宴会は益々盛り上がりを見せていた。


「一気飲み!一気飲み!」


音頭を取る藤堂に合わせて、永倉がぐびぐびと酒を煽る。


「お前ら大概にしとけよ……」


土方は微塵も酔うことができないまま、すっかり酔いつぶれて、横でひっくひっくとしゃっくりを繰り返す斎藤の面倒を見る羽目に陥っていた。


「ひっく……そ、総司は…剣が、…強く、て…」

「…………………」

「金平糖が、…好き……で、ひっく…」

「…………分かった分かった、斎藤、悪いことは言わねえからもう寝ろ」


土方はもはや苛立ちを通り越してげんなりしていた。

沖田は自分の調子でちびちびと酒を嗜みながら、相変わらず近藤と談笑している。

忙しい局長とは普段こうしてのんびり話すこともできないであろうことを考えると、仕方ないかと妥協点も見えてくる。

が、やはりどうしても気に食わない。

そうでなくとも下戸なのだから、あまり宴会は好まないのだ。

そう間を置かずにすやすやと寝息を立て始めた斎藤を横にならせて、土方は自らも欠伸を一つ落とした。


と、その時。


「なぁなぁ、俺たちばっか芸見せてるのって、何か不公平じゃね?」


藤堂がとんでもないことを言い出した。


「確かにな。俺たちもたまには見て楽しみてぇよな」


いつもノリノリで腹芸を見せている原田までが話に食いつく。


「急に何を言い出すの?近藤さんの技、みんなだって見てるでしょ?いつも」


妙にぷりぷりした様子で沖田が言う。


「いやぁ……正直見飽きたっつうか…」

「し、新八!」

「だけどよ……こう、盛り上がりに欠けるっつうか、何つーか……」


悪いとは思いつつ、土方も永倉に賛成だった。

理由の半分は、近藤への嫉妬だったが。


「なに、まさか近藤さんにケチつけるつもり?局長自ら技を披露してくれてるっていうのに?」

「まぁまぁ総司、今は局長とか、そういったことは関係ない時間だと言っただろう?」

「近藤さん!でも……!」

「なぁ、総司。そんなに言うなら総司が何か見せてくれよ」


この藤堂の発言には、さすがの土方もぎょっとした。

沖田を見れば、無表情でぴきりと固まっている。

正直、怖い。


「おぉ!確かにな!そういや、総司がそういうことすんのって見たことねぇよな」

「だって総司全然ハメはずさねぇんだもん。いっつも土方さんに悪戯ばっかりしてるけど、破天荒なように見えて、その実いつだってすんげぇ常識人でさ!」

「そうだそうだ!何かしろよ総司!」

「斎藤は……寝ちまってるもんな。まぁ、ここは総司がやるべきだろ」


藤堂、原田、永倉。今までありがとな。

沖田の表情を見て、これは間違いなく斬り殺されると土方はぼんやり思った。

沖田は自分が輪の中心にいることを妙に避けたがる。

放っておかれるのは嫌なものの、かといってこうして自ら晒し者になることも、それはそれで極端に嫌うのだ。

それを考えれば、三人に明るい未来がないことなど明白だった。


が。意外にも沖田は冷静なままだった。


「なに、僕が何か面白いことやればいいの?」


乗り気とも思えるその発言に、土方は思わず眉をつり上げる。

沖田の口調は淡々としていて、怒っているというよりはむしろ何かを思案しているように聞こえた。


「そうそう、何かやってくれよ」

「盛りあがるようなこと?」

「うん!」


沖田は屁でもないという様子で、分かったと頷いた。

そして土方も含め皆が固唾を飲んで見守る中、徐に土方の方に向き直ってきたかと思うと、何の前触れもなしに両手で土方の頬を挟み、……………ぶちゅーっと、この上なく拙い接吻を寄越してきたのだった。


「…なっ………!?!?!」


土方はギョッとして沖田を引き剥がした。


「へっへっへ。色男さんの唇もーらいっと」


沖田はけろりとした顔で悪戯が成功した時のように薄く笑い、口元を拭っている。

なにも拭わなくたっていいじゃねぇかとまた腹が立ったが、皆の手前仕方ない……と思ったところで観衆のことを思い出し、恐る恐る辺りを見回すと……。


近藤は口から泡を吹いて失神していた。

三馬鹿は石のような顔色で、石のように固まっていた。

斎藤は見ていなくて本当によかったと思う。


「じゃ、もう僕ねむたくなったんで中座させてもらいます」


土方を含め皆が固まっている間に、沖田は大きく欠伸をしてとっとと広間から出て行ってしまった。

ピシャリとしまった襖の音に、皆がハッと我に返る。


「あば…あば……」

「おいおい嘘だろ………」

「た、た、た、たいへんだ!総司が土方さんに口付けた!」


あまりの事態に頭がついていかないらしい。

三者三様、思い思いに騒いでいる。

斎藤は、寝たまま。

近藤も、失神したままだ。


「っ総司ぃぃ!!何しやがんだ!待ちやがれ!!!」


土方は慌てて立ち上がると、残された者たちのことなどもうどうでもよくなって、ドタバタと沖田の後を追った。


「総司!!」


スタスタ歩いていく沖田を、廊下の角でようやく捕まえる。


「……何ですかもううるさいなぁ」

「いきなりなにしやがんだよ!」

「何って、接吻ですけど?」

「そうじゃなくてだな…!」

「百戦錬磨の土方さんが、まさか接吻も知らないなんてことはありませんよねー?」

「だからそういうことを言ってんじゃねぇんだよ!!何であんなことをしたのかって聞いてんだ!」

「だって、みんながやれって言うから…」

「誰も口付けろたぁ言ってねぇだろうが!!」

「だって、盛り上がるようなことしろって言った」

「それだって他にいくらでもあるだろ!」

「………しちゃいけませんでした?」

「いけねぇかって…そりゃお前……そうじゃねぇけど………隠しておきてぇんじゃなかったのかよ?」

「別に誰も本気になんかしやしませんよ」


沖田は土方にだけ分かるほどの些細な苛立ちを含んだ声で言った。


「何だよ、お前なんで機嫌悪くなってんだよ?」


見せ物にされたからか?と土方が顔を覗き込むと、沖田は不貞腐れたような顔でつんとそっぽを向いた。


「だって…………つまんないんだもん」

「あ?」

「僕、土方さんが近藤さんの隣に座ったら絶対二人で喋っちゃうと思ってわざわざ間に座ったのに、そしたら土方さん、今度は一君と話してるしさ……つまんないです」

「………………」

「だから、僕を放ったらかしにする土方さんをちょっと懲らしめてやろうと思って。口付けてあげました」


土方は呆気に取られて目の前のほんのり赤く染まった顔を見つめた。


「何だよ………何だよお前それ…」

「………」

「……それ、つまんない、じゃなくて嫉妬だろ?」

「……………さぁ?」


何とか誤魔化そうとする沖田に、先ほどまでの苛立ちが嘘のように消えていく。


「さぁ、じゃねぇよ。…あー………ったく…お前は本当に可愛い奴だな!」


たまらずに土方はむぎゅっと沖田を抱き締めた。

それからちゅっちゅっと沖田の顔に口付けの雨を降らせる。


「わ!ちょ、ちょっと…やめてくださいってば!…ここ廊下……!ん、んん…!」

「なぁ総司……俺にはお前しか見てねえよ。いい加減分かりやがれ」


土方は沖田の腕を自分の首に回しながら耳元で囁いた。


「ん、分かった」


沖田はすっかり大人しくなって、土方の口付けを享受している。


「それから、あんまり近藤さんとベタベタするんじゃねぇぞ」

「へ?……土方さんも嫉妬ですか?」

「うるせぇ」

「うるさくないです。へへ、嬉しいな」

「………分かったか」

「…ん……すき」

「お前………!それは反則だろうが!」


土方は沖田の手をひっつかむと、有無を言わさず副長室に連れ込んだ。

ピシャリと襖を閉めて沖田を畳に押し倒す。


「や、もう……急に盛らないでくださいよ…」

「あんな拙い接吻じゃ足りねぇよ」

「だからって……!」

「なぁ、いいだろ?な?」

「……………まぁ、いいですけど、」


土方は宥め賺すように沖田の髪を梳いた。

すると沖田は気持ちよさそうに目を細め、土方の手を握ってくる。


「ん…そういえば、」

「なんだ」

「土方さんの、手」

「…………細くて女々しい手か?」

「っ怒らないでくださいよ………僕、好きですから」

「…………」

「綺麗です、すっごく」


そのまま沖田は土方の手を弄って遊んでいる。

天の邪鬼なことしか言わない沖田の口から出た褒め言葉に、土方は背筋が痺れ、脳髄が溶けるような甘さを感じた。

が、礼を言うのも照れるのも癪なので、仕方なく態度で示すことにする。


「じゃ、今夜は寝かせねぇから」

「んなっ!」


土方はくすくすと笑って、真っ赤になった沖田の顔に口付けたのだった。











翌日。

朝餉の席で、一悶着が持ち上がる。


「ぷはぁっ!二日酔いにはやっぱり味噌汁だよな!」

「くぅ〜!頭痛に染み入るぜ!」

「だから飲み過ぎんなって言っただろうが」


毎回宴会明けに同じやり取りを繰り返している原田と永倉に、土方は呆れた目を向ける。

その中で、沖田は必死に接吻の下馬評を聞き回っていた。


「そんなことより、どうだった?僕の一発芸、あれでよかった?」


随分と眠たそうな声の沖田に、周りはぶんぶんと首を振る。

沖田が眠い理由を知っている土方は、穏やかな気分でその様子を見守っていた。


「ぜんっぜん!ぜんっぜんよくない!」

「は?何で?」

「悪い総司、全く盛り上がらなかった」

「っ酷い新八さん!!」

「むしろ寒気だよな」

「……左之さんまで!」

「いや………実際背筋凍るかと思ったぜ」

「なにそれ……」

「ごめん総司!総司に何かやれって言った俺が悪かった!もう二度と言わねえから!」


平身低頭謝る藤堂に、沖田の眉がつり上がった。


「そうだよ!そもそも平助があんなこと言うからいけないんじゃないか!」

「いやー……まさか土方さんを出しに使うとは思わなくて……」

「酷い!僕頑張ったのに!男で、俳句ど下手で、お酒もろくに呑めない人と接吻なんて…!失うものしかないじゃないか!」

「あ゛ぁ!?あんだと!?そりゃ一体どういう意味だ!」


ずっと黙って聞いていた土方は、冗談とも取れない沖田の言葉に、とうとう堪忍袋の尾を切らして怒鳴った。


「てめぇは張り飛ばされてぇのか!」

「やですよ。嫌に決まってるじゃないですか」

「なら仕返しに接吻してやろうか!?」

「気持ち悪いんでやめてください」

「………何だとてめぇ!!」


すかさず始まった不毛な言い争いに、周囲は呆れた眼差しを向ける。

相変わらずの喧嘩っぷりと、あくまでも余興だったということもあってか、誰も本気で土方と沖田の仲を疑ってはいないようだ。

というより、疑おうともしていない。


「俺には話がよく見えぬのだが……。総司は一体何をやらかしたのだ」


二日酔いをものともせず、宴会の続きのように賑やかな朝食の席。

その中で一人だけ事態が分からずに、斎藤ははて、と首を傾げるのだった。


(ちなみに近藤さんは数日間魘されて寝込んだそうな)



2012.06.13



時雨様のお誕生日に無理やり押し付けます。

幕末で胃もたれするくらい甘々……になってます?やろうと思えばもっと甘くもできた気がする。

(本当はネタじゃなくて本気だけど)ネタでキスする総司が書きたかったので満足です(笑)

時雨様、お誕生日おめでとうございました〜!




*maetop|―




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