「お、土方さん」
非番の原田は、刀の手入れに行った斎藤も見送って、そのまま広間で寛いでいた。
そこへ、茶の湯呑みを片手に土方が入ってくる。
「休憩か?」
「あぁ………ちっとも集中できねぇ」
その理由がすぐに思い当たって、原田はこっそり笑みを漏らした。
ほぅ、と大きく息を吐き出しながら腰を下ろす土方を横目で見やり、次いでここにはいない総司に思いを馳せる。
「さっきまで、総司がここに居たぜ?」
「知ってる。今は巡察だろ?」
「あぁ」
ずずっと土方が茶を啜る音が、広間に響く。
「……で、どうなんだよ」
原田の問いかけに、土方が眉を寄せた。
「何が」
「惚けんなよ。総司のことだっつうの」
「………何だよ、お前、気付いてたのか」
「何も俺だけに限った話じゃねぇよ。みんな、気付いてるぜ?」
土方は予想外だったらしく、驚きを隠せないでいる。
「土方さんたちが焦れったくてたまらねぇとよ」
「…んなことを言われてもなぁ………」
土方は癖でがしがしと頭を掻いた。
「総司の気持ちが心配なら、あいつは…」
「そんなのはとっくに知ってんだよ」
土方が総司の気持ちに気付いていたことに、原田はあまり驚かなかった。
その可能性も無きにしもあらずだと思っていたからだ。
「何だよ………気付いてたのか」
では、何故土方は何も行動に移さないのか。
両想いだと分かっていて尚、今の関係を保ち続けている理由は何なのか。
原田は手が早い筈の土方の意図が掴めずに、難しい顔になった。
「じゃあ、何で総司に言ってやらねぇんだよ。あいつ、すげぇ悩んでんじゃねぇか」
「それは、だな…………」
土方は湯呑みを手の中で転がしながら、どう説明するべきか暫し悩んだ。
それから徐に口を開く。
「あいつ……心の準備が全然できてねぇじゃねぇか」
「はぁ?」
総司は、間違いなく土方のことが好きだ。
では、心の準備とは一体何を指すのか。
原田は計りかねて土方に説明を促した。
「だから、俺と恋仲になる覚悟だよ」
「覚悟って………おいおい土方さんよ、恋愛は士道とは別物だろうが」
「んなこたぁ分かってるさ!そうじゃなくて、だな……あーくそ、何て言やぁいいか分からねえ……」
そのまま頭を抱えて悶々とし始めた土方に、原田は哀れみの籠もった視線を送った。
「いいじゃねぇか。土方さんも好き、総司も好きで、他に何がいるってんだよ」
「だから、好きな気持ちだけじゃ足りねえんだよ。新選組だの何だの抱えてるものがたくさんあるっつうのに、色恋事に現を抜かしてる場合じゃねぇだろうが」
「はぁ…………」
どこまでも仕事が一番な鬼副長を、原田は半ば呆れ顔で見つめた。
報われずに可哀想だったのは、土方ではなく案外総司だったのかもしれない。
そんなことを思いながら、原田は慎重に口を開く。
「あのなぁ土方さん、総司を大切だと思うなら、それを伝えてやらねぇと、いつまで経っても誰も報われねぇぜ?」
「だがな………こっちがいくら働きかけたって逃げられてばっかりで、あんなんじゃお先は真っ暗だ」
原田は、土方が色々と働きかけていたことを知って少なからず驚いた。
「何だ……土方さん、手をこまねいて見てたわけじゃなかったんだな」
「当たり前だろ。そんなんじゃあ好きな奴は捕まえられねぇよ」
そこは流石、百戦錬磨の土方だ。
まぁだが、いくら手慣れているとはいえ、総司のような二人とはいない性格の奴を思い続けるのは、大変に骨の折れることだろう。
「けどなぁ………働きかけるっつったって、どうせ想いは伝えてねぇんだろ?」
「まぁな」
「それじゃあダメだろ。お互いに明日の知れねえ命なんだ。愛せる時に愛さねえで、一体いつ愛するって言うんだよ」
いつになく語調の強い原田の言葉に、土方は驚いて目を見開いた。
語調が強いだけでなく、言うことが一々正論だ。
それはもう、言い返す余地など全くないほどに。
「…………お前は、そう思うか」
「そう言ってんだろ?――大体な、土方さん、あんたは今更年下から諭されるほど奥手じゃねぇ筈だろ?昔は散々手ぇ出してたじゃねえか」
「そらぁ昔の話だろうが!今更蒸し返すんじゃねぇよ!」
裏を返せば、簡単には手を出せないほど総司が大切だ、ということなのだろうが、珍しく不甲斐ない土方を、原田は半ば揶揄るように言った。
「………けどよ、左之。俺たち、その、衆道、になっちまうんだぜ?それはちっと、総司の為にどうかと思う、というか、」
「だから、あんたがそうやっていつまでも踏みとどまってるから、総司の奴も可哀想なことになってんだろ?衆道だろうが何だろうが、好きな気持ちに変わりはねぇんだから、いい加減割り切れよ。年上なのに引っ張ってやらねぇでどうすんだって話だ」
原田は、今度こそ苛立ちも露わに土方に詰め寄った。
要するに土方も、背中をあと一押ししてくれる、何かしらの理由が欲しかっただけなのだろう。
好きなだけで、家族以上に傍で暮らしてきた相手…それも男に、好きだと伝えていいものなのか。
誠の意志を背負って日々戦っている者たちが、そんな甘いことを言っていていいものなのか。
そういうことをお堅い頭で悩んでいたのだろうと、原田は溜め息を吐いた。
土方を押し留める物こそ多々あれど、後押ししてくれるものは、好きだという感情以外に皆無だったということだろう。
ならば自分が後押ししてやればいい。
それはもう今やった。
あとは、土方次第だ。
「総司はああいう性格だ。梃子でも動かねえくらい頑固に、自分の感情に蓋をし続けると思うぜ」
最後の一押しとばかりに原田が言うと、土方は目を伏せて眉間を抑えながら、微かに頷いてみせた。
「………分かってるさ。左之、ありがとよ」
「はぁ…ようやく覚悟を決めなさったか?」
「あぁ。覚悟が足りなかったのは、どうやら俺の方だったみてえだな」
「…上手く、いくといいな」
「大丈夫だ。ぜってぇ手に入れる」
今度は打って変わって自信に満ち溢れている土方を、原田は愉快そうに眺めたのだった。
▲ *mae|top|tsugi#