「総司〜ただいま」
ぴくん、と耳が反応する。
僕は重い瞼をゆっくりと持ち上げると、土方さんが帰ってきたのだと理解して、慌てて玄関の方へと駆けて行った。
最も、それは半ば転がっていくような感じだったんだけど。
「みゃー!」
「総司」
転がってきた僕を、土方さんは家に上がりながらひょい、と抱き上げてくれた。
「いい子にしてたか?」
背中を撫でながら聞かれ、僕は気持ちよく頷こうとして…ふと思いとどまる。
「み、………」
「あん?」
僕がふい、と顔を逸らすと、土方さんは不思議そうに僕を見てきた。
「……………」
「……………」
「…まぁいいか。とりあえず飯だ、飯」
割り切ったようにリビングへと歩いて行く土方さんの腕の中、僕は温かい温もりに包まれて安心してぬくぬくすることができた。
「ふぁーあ。今日も疲れたなぁ」
「みゃー?」
「こっちの話だよ。…にしてもお前ってほんと柔らけぇのな」
土方さんは色々ぶつくさ呟きながら、僕の毛並みに指を通すようにして撫でてくれた。
それが気持ちよくて、僕はごろごろと喉を鳴らす。
「はは…ずっと触ってたくなっちまうな…」
土方さんが、何となくデレデレしている。
変だ。気持ち悪……くはない…けど。
土方さんは、僕を抱えたままソファーに鞄を放り出し、キッチンへと向かった。
冷蔵庫を開けてミルクを取り出し、その足でお皿の所まで歩いて行く。
そして。
「………………」
ぴたりと土方さんの足が止まった。
僕はというと、ぎゅっと縮こまって毛玉になった。
だって、絶対怒られるって思ったから。
「……総司、……こりゃあ……一体……」
土方さんはすっごくびっくりしているみたいだった。
多分、怒りよりも驚きの方が強かったんだろう。
何も言えずにあんぐりと口を開いて間抜けな顔をしている。
「何で……お前、……」
僕は毛玉です。
毛玉だから答えないの。
…ていうか猫なんだから、話せるわけがないじゃない。
土方さんは僕のことを乱雑に放り出すと、慌てたように"それ"を手にとって確認した。
それからようやく事態が飲み込めたらしく、ものすごい形相で僕を睨むと、大音量で雷をお落としになられた。
「てっめぇ総司!こんなもんどっから見つけて来やがった!あぁ?ふざけんじゃねぇぞ!」
僕が子猫だと忘れてるんじゃないかっていうくらいすごい剣幕。
まぁ、仕方ない。
僕はね、大事そうに開いて置いてあった土方さんのノートを見つけて、すっごく気に入ったから、それを噛んでずりずり引きずって、挙げ句の果てにはその上で寝ちゃったんだ。
おかげで皺が寄って毛がついて、ノートはよれよれになってしまっている。
「いい子にしてろって言っただろうが!!なに性懲りもなく探し当ててんだよ!この馬鹿やろう!」
性懲りもなくって、僕、初めて見つけたんだけど。
こんなもんって言われても、中身なんか読めるわけないし。
しかも馬鹿やろうって……子猫相手に馬鹿やろうって……どうせ人間の半分も脳みそありませんよーだ。
僕は縮こまって全身の毛を逆立てながら、心の中で土方さんにペロリと舌を出した。
「ったく、油断も隙もありゃしねぇ………総司、こいつは没収だ」
「みぃー!」
土方さんがノートを取り上げようとするのを、僕はここぞとばかりに力を振り絞って、懸命に阻止しようとした。
ノートの端に噛みついて、ぐい、と自分の方へ引っ張る。
「あっこら!てめぇ噛みついてんじゃねぇぞ!離しやがれ!」
パシンと弾かれるようにノートを取り上げられ、反動で後ろへ飛んでいった僕の目に、じわりと水膜が張った。
「み、…みゃ…、ぁ……」
土方さんが怖くて、取り上げられたことが悲しくて、僕は土方さんから逃げるように走り出した。
「あっこら!……待ちやがれ!」
土方さんに捕まる間一髪というところで、家具と家具の隙間の薄暗がりに潜り込む。
「総司〜!!」
土方さんが懸命に手を差し込んでくるが、狭い上奥行きもあるので僕には届かない。
「お前……どんなとこに入りやがるんだよ」
やがて諦めたのか土方さんの手が出て行くと、次いで呆れたような声が聞こえてきた。
僕はもぞもぞと身体を回転させると、暗がりの中からじっと土方さんを見つめた。
「……出てこいよ」
「…………」
僕はムキになって、より奥深くへと後退する。
「出てこいって……もう怒ったりしねぇから」
家具の隙間から、土方さんの困ったような顔と、大きくて温かい手の平が差し出されるのが見えた。
「なぁ、総司。悪かったよ、いきなり怒鳴ったりして」
「しゃー……………」
「お前がアレを気に入ったのはよくわかった。だから早く出て来てくれ。俺が寂しいだろ?な?」
優しく宥めるようにそう言われて、僕の心に植え付けられた恐怖はいくらか和らいだ。
「総司、」
何だか土方さんが情けない声を出すものだから、僕は渋々折れてあげることにして、狭い隙間をずりずりと這い出ていった。
伺うように土方さんを見上げながら、差し出された手に前足だけ近付けると、そのまま引き寄せられて身体を撫でられた。
「ごめんな、ついうっかり怒鳴っちまった」
「………」
「お前が猫だって、一瞬忘れてたんだよ。何しろあいつに似てっからな。いたずらっ子なとこも、狙うもんも、何もかも……」
「……みゃー?」
また意味不明な土方さんの呟きが漏れた。
「もう、怒らねえからな。総司、」
再び疑問を感じながらも、その後いっぱい甘やかしてくれた土方さんを、僕はまた少し好きになったのだった。
(怒ると怖いのはよく悟った。)
……後で分かったんだけど、僕が発見したものは、どうやら土方さん自作の俳句ノートだったらしい。
よっぽど隠しておきたいものなのか何なのかよく分からないけど、その後も土方さんはそれを僕からやたら取り上げようとした。
だけど僕は僕でそれが大のお気に入りで。
土方さんがどこに隠そうが、必ず見つけてその上で寝るのが僕の癖になった。
そして、土方さんと僕の攻防戦も、終わることを知らずに毎日続くことになるのだった。
2012.05.03
タイトルはぼあの曲から。
相互記念に紫葵様に捧げさせていただきます。
拍手お礼文の子猫パロで、というリクエストをいただいたので、もうやりたい放題やらせていただいちゃいました。
どあカリカリと俳句ノートの取り合いはだけは書いてみたかった(ほんとは豊玉発句集がよかったけど)!
総司がちょっとデレすぎたかな。いや、土方さんもだ。
まぁ、子猫ですから(笑)
ふわっふわのちっこい毛玉が動いてると思って読んでいただけると嬉しいです。
土方さんって、猫だぁ?んなもん捨ててこい!とか言いつつ実は自分が一番面倒見て可愛がるタイプだと思います!
ご要望にそえているか分かりませんが、良かったら受け取ってください!
紫葵様、この度は素敵なリクエストと相互リンクありがとうございました♪
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