捧げ物 | ナノ


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テープの入れ替えに伴って、出演者は暫しの間休憩になった。

出演者控え室の隅っこに、煙草を吸わない組で固まって沖田が座っていると、不意に土方が姿を現した。


「あ、土方さん」


沖田の声に、他の出演者が土方の方を振り返る。


「……これ」


土方は短く呟いて、沖田の手に何かを乗せた。


「!」


驚いた表情をする沖田に、出演者たちは疑問を浮かべる。


「……何で分かったんですか?」

「んなもん見てりゃすぐ分かる。頭が痛ぇ時、お前はいつも首を触るからな」

「え……そんなことしてます?」


沖田は思わず不安になって、隣にいた共演者に意見を求めた。


「へ?何が?」

「僕の癖です。頭痛いと首触るらしいんですけど、」

「ん〜……?そういや…………い、いや…俺は分かんねぇな……」


その出演者は、物凄い顔をしてこちらを睨んでいる土方に気を遣って答えた。


(……お前の些細な癖が分かるのは俺だけなんだよ!)


要は、そういうことである。


「良かったぁ。変な癖とかすぐにネットでネタにされるからなー。あれきついんだよね」

「あ、分かる分かる。俺も同人サイトとかよく見るんだけどさ、」

「え、同人サイトって何ですか?」

「まぁ、総司くんならドリームが多いのかなぁ」

「うんうん、暇なときにでも『沖田総司、夢、ランキング』とかで検索してみ?そうしたら……」

「すみませんが、総司の奴に変なこと吹き込まないでくれませんか」


話に食いつき、そのまま下世話な話でわいわいと盛り上がり出す共演者たちに、とうとう見かねた土方が水を差した。


「え、変なことなんですか?」


どうやら何も知らないらしい沖田は、話についていけずに土方に助けを求める。


「あ、もしかして、土方さんがそんなに躍起になって隠そうとするようなことなら、俳句とかそういう関係ですか?」

「そうだ、まさにそれだぞ、総司。お前は俳句の入門みてぇなサイトなんざ見たかねぇだろう?ん?」

「土方さん……」


あまりにも必死な土方に、共演者たちは皆呆れ返る。


「本当ですか?何か怪しいっていうか…」

「ほら、もう休憩終わるぞ。とっととそれ飲んじまえよ」


土方にいいように誤魔化され、スタジオに戻る準備を始めた出演者にも煽られる形で、沖田は『それ』―――すなわち、土方が先ほど気を利かせて持ってきてくれた頭痛薬を飲み込んだ。

正直、収録が始まってから頭が痛み出して、すぐにでも寝てしまいたいくらいだったのだ。

土方が気付いてくれて、本当に良かった。

自分から頭が痛いだなんて泣き言、絶対に言えないから。


「はぁ苦かった。…じゃあ僕行きますね」

「お前、無理はするんじゃねぇぞ?」

「分かってますよ。もうあと半分だけですから」

「あぁ、後半も頑張れよ」

「言われなくても頑張りますよ」

「笑顔がちっと硬かったぞ」

「はいはい。お小言はそれだけですか」

「…終わったら好きなもん食いに連れていってやるから、しっかりやってこい」

「え!ほんとですか!」


土方の言葉に、沖田の顔がパァっと輝く。

元来脳の構造は単純なのだ。


「こんなことで嘘吐いてどうすんだよ」

「じゃあ僕パフェ食べに行きたい!」

「パフェって……こんな夜中にか」

「む……好きなものって言ったのに」

「あー、分かった分かった。パフェな、パフェ。美味ぇとこ探しとくから、早く行ってこい」

「はーい」


先ほどといい何といい、土方の洞察力の鋭さにはいつも驚かされる。

栄養ドリンクも土方の励ましも効果はそう長く続かずスタミナが切れかけていたため、正直あと半分も尺が残っているのは気が遠くなりそうだった。

が、そういう沖田をちゃんと見抜いて上手くフォローしてくれる土方は、本当にすごいと思う。

すごいと思うし、有り難いとも思うが、そんなことは決して土方には言わない。言えない。


最後に肩をぽん、と叩かれると、沖田は再び元気づけられてスタジオに戻った。











パフェの力かどうかはさておき、沖田は後半の収録も首尾良く終えることができた。

ある程度台本通りとはいえ、急な無茶ぶりにもしっかり対応できた。


…が、その日沖田がパフェを食べに行くことは適わなかった。

楽屋で帰り支度をしていた時、とうとう疲労がピークに達して倒れてしまったのだ。

共演者たちに挨拶を済ませてからやっとの思いで楽屋に帰ってきて、ソファに倒れ込むなりすーっと意識を飛ばしかけた沖田を見て、土方が血相を変えて駆け寄ってくる。


「総司っ!!大丈夫か!」

「う、ん……?…あ、…土方さん…」

「おい、しっかりしろ!」


がくがくと沖田の身体を揺さぶる土方に、沖田は弱々しい笑みを浮かべて応えた。


「だいじょぶですよー……ちょっと、眠い…だけです」

「ちっ…無理しやがって……!」


だからあの時無理はするな、辛いんだったら休めって言っただろうがなどと喚き散らした後で、土方はきびきびと水を持ってきたり、マスクをかけてくれたりした。


「ん…ありがと…ございます」

「いいからお前は黙ってろ……」


荷物の支度も全てやってくれた後で、心配そうに立てるか?と聞いて手を貸してくる。


「立てます、よ…ほんと、心配しないでください…ちょっと、疲れたんです…」

「熱はねぇのか?本当に、疲れてるだけなのか?どっか痛むとか、そういうのは……」

「もう、うるさいですよ……大丈夫って言ってるんだから…少しは信じたらどうですか」

「お前の大丈夫ほどあてにならねぇもんはねぇんだよ」

「ほんとに…眠い…疲れたんです、それだけですから…」

「そうか……分かった。しんどいかもしれねぇが、車まで我慢して歩いてくれるか?…お前だって、スキャンダルにはなりたくねぇだろ?」

「そうですね…なりたくないです……」

「よし、じゃああと少しだけ頑張ってくれ」


土方は手早く荷物を抱え込むと、沖田を支えるようにして、一目を避けつつテレビ局の廊下を歩いた。

無事に騒がれることなく沖田を駐車場まで連れてくると、土方は自分の車の助手席に沖田を座らせてシートベルトを締め、大慌てで自らも運転席に乗り込む。

表にはきっと、どこで情報を仕入れてくるのか、出待ちの女の子たちが勢ぞろいしているだろうから、地下駐車場からいかにスムーズに出るかで明暗は別れてしまう。

腕の見せ所だ、と一人で意気込んで、土方はアクセルを踏み込んだ。


「家に着くまで寝てろよ」

「ん、でも悪い…」

「馬鹿やろう。こんなときにまで気を遣ってんじゃねぇよ」

「………はーい」


ちらちらと助手席を気にしながら運転する土方と、深くは眠らないようにしようと気を遣う沖田。

車内に漂う緊張感は、何事も無く出待ちの集団を交わし、車が沖田の家に向かって走り出してからも暫く続いた。


「あー……パフェ食べ損ねた」


暫く走った後でふと、沖田がそんな呟きを漏らす。


「お前、まだ起きてたのか」


前を見たまま土方が言う。


「んー、だって、残念だなーと思って」


心底残念そうに溜め息を吐く沖田を、土方はちらりと一瞥した。


「…ったく、パフェくらい何時でも連れていってやるっつうんだよ」

「え?ほんとですか!」

「嘘は言わねぇ」

「えー、でも信用ならないなぁ…」

「なんでだよ」


語気を荒らげる土方に、沖田はくすりと笑う。


「だって、この前約束したパンケーキもまだですよ」

「あ、あぁ…」

「それからスイパラもまだだし、クレープ買いに行くのもまだです」


何でスイーツばっかりなんだ、と思わずツッコミをいれながら、土方は頭をがりがりと掻いた。


「そんなにあったっけか…」

「ほらねー。忘れてる」

「悪い……」


確かに自分との約束はあてにならないだろうと思って、土方は苦い顔になった。

別に、態とこうしているわけではないのだが。


「…ふふん、でも怒ってないですよ」

「あ?」

「忙しいし、無理なのわかってますから」

「お前……」


他意はなさそうな沖田の笑顔を横目に捉えて、土方は悪いなと罪悪感を募らせる。

無理なら最初から約束などしなければよかったのだ。


「……だから、特別にどれか一個で許してあげます」

「は?!」


しかし、続いて聞こえてきた沖田の言葉に、そんな思いはすぐ吹っ飛んでしまった。


「うーん、今はすごくパフェな気分だからパフェかなぁ……うん、パフェだけで我慢してあげます」

「マジかよ……」


土方は忘れていた。

沖田が、ほんの少しだけ殊勝で、後はたいてい我が儘なことを。


「ね?元気になったら、連れていってくださいよ」

「………はいよ。スケジュール調整しとく」


これは折れるしかないな、と土方は早速頭の中で休みを作る計算をし始めた。

折れるしかないとはいえ、約束を守っていないのは自分の方だ。

確実に落ち度は土方にある。


沖田は土方の返答を聞くと、言いたいことが言えてすっきりしたのか、ふう、と大きく息を吐いて座席に沈み込んだ。

やっと寝る気になったのかと土方が安心していると、また沖田が口を開く。


「あ、…言い忘れてました」

「あん?まだ何かあるのかよ」


沖田は、思い切り息を吸い込んだ。


「…………迷惑かけて、ごめんなさい。あと、心配してくれてありがとうございました」

「っ!?」


意表を突かれすぎて思わず手が滑りそうになるのをなんとか堪え、土方はぐっとハンドルを握り直す。

危ないことはわかっていたがどうしても確かめたくなって横を見ると、沖田は土方から見えないように窓の外へ顔を向けていた。


(何だよ……何だよお前…それは反則だろうが……!)


土方は焦る自分を何とか落ち着けて、格好つけたように「あぁ」と相槌を打ったのだった。



……後日しっかり休んですっかり元気になった沖田が、パフェだけでなくありとあらゆるスイーツを堪能させてもらったのは、また別の話である。



(何これ………)
(ん?どうした?)
(ちょっと土方さん!『沖田総司、ランキング』で調べたら、何か僕が喘いでるのが出てきたんですけど!何ですかこれ!全然俳句じゃないじゃないですか!)
(……調べたのかよお前……………)



2012.04.22




15000打を踏んでくださった来夢様に捧げます。

めらんこりっく★ぷりんすで、忙しすぎて体調を崩し気味だけど土方さんに迷惑をかけないように頑張る総司と、そんな総司を心配する土方さん、というリクをいただきました。

久しぶりのめらんこりっく!
楽しかったです〜(*´ェ`*)

最後の件は完全に遊びました笑
ごめんなさい…

でもやっぱりめらんこりっくシリーズはわたしも好きなので、書けてよかったです。

まぁ、業界のことはよくわからんのですべて勝手な想像なのですが笑

また書きたいですね!

来夢様、この度はリクエストありがとうございました。





*maetop|―




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