捧げ物 | ナノ


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メイク担当のお千ちゃんに言われた。

『顔色が良くないです。』

――結果、目の下のくまが消えるまでファンデーションを厚く塗りたくられ、それなりに悲惨な目に遭った。

肌が息苦しくてたまらない。

なんで男なのに化粧なんかしなきゃなんないかなぁ、と思うわけだ。


スタジオまでの廊下を、沖田は不貞腐れながらポケットに手を突っ込こんで歩く。

だってさ、そりゃあ疲れるよ。

来る日も来る日も、収録移動ロケ移動取材移動収録……みたいな生活を送ってるわけで。

休みなんか殆どないし、不定期だし、常に"見られている"という意識でいるのはなかなかに疲れるものだ。

逆に、疲れない方がおかしい。

今日だって夜中まで仕事。

もうあと一個で終わるけれど、スケジュールがタイトすぎて、日の光もろくに見ていない気がする。


益々落ち込みながら沖田が廊下の角を曲がった、ちょうどその時。


「……っと!すいません……って、総司じゃねぇか」

「あ……原田さん」


向こうから歩いてきた、人気絶頂の先輩俳優、原田と正面衝突してしまった。

こんばんはと頭を下げると、笑顔で挨拶し返してくれる。

原田はいい人だ。

大抵の女優と顔見知りで、少し女癖が悪くてスキャンダラスだけど、すごくいい人だ。

沖田がこの業界に入った当初から、所謂新人いびりなどをせずに優しく接してくれた。

沖田は原田のことを尊敬しているし、原田もまた沖田のことを可愛がってくれる。


「どうしたよ、冴えない顔して」

「え、してます?」

「まぁな」

「あー、化粧されたのが嫌で」

「嫌って……別に初めてじゃねーだろ?」

「まぁ、そうなんですけどね?いつまで経っても慣れませんよ」

「そうか……なんか、疲れてんな、総司」

「えっ……」


ズバリと指摘されたことに、沖田は一抹の不安を覚えた。

芸能人たるもの常に笑顔、何があろうと疲労や倦怠感を表に出してはいけないのだ。

にもかかわらず原田にバレるとは……余程酷い顔をしていたのだろうか。

沖田が悶々していると、原田はまるで沖田の心を読んだかのように言った。


「はは、大丈夫だよ。…多分、滅多な奴は気付かねえから」


快活なその言い方に、沖田はほっと安心する。


「それって暗に、原田さんは滅多な奴だって主張してますよね」


そう言って笑みを浮かべると、原田はこのやろーと頭を軽く小突いてきた。


「ま、そんだけ減らず口が叩けんなら、まだ大丈夫ってことだよな」

「まだも何も、僕は大丈夫ですよ?」

「そうかそうか。なら、次の収録も頑張ってこいよ?期待してっから」

「原田さんこそ」


沖田がそう言うと、原田はニヤリと笑った。

そう来なくちゃな、という顔をしている。


沖田は原田に軽く挨拶をして別れると、そのまま目的地のスタジオへと歩を進めた。


「総司!」


スタジオに入ろうとしたところで、また誰かに足止めされる。


「なんだ……土方さんか」

「何だって何だよ!」


沖田は半ば安心したような表情を浮かべた。

土方が収録前に様子を見に来るのはいつものことだ。

ただ今日は、テレビ局に送ってもらったきり顔を合わせず、収録の時間になっても土方が楽屋に来なかったから放置することにしたつもりだったのだが。


「今まで何してたんですか?」


少し咎めるように沖田が言うと、土方は…ここまで走ってきたのだろうか、少し荒い息を整えながら返答した。


「これ買ってきてた」


これ、と言って土方が栄養ドリンクを差し出す。


「何ですか、これ」

「お前、大丈夫か?」

「……質問に質問で返すのってどうかと思います」

「いちいちうっせぇな…お前が最近疲れてんじゃねぇかと思ったんだよ」

「…余計なお世話なんですけど」

「いいから飲んどけって」

「えー」

「えー、じゃねぇんだよ。わざわざ甘めのやつ選んで買ってきたんだから、ほら、さっさと飲め」

「甘めの?」


甘い、という言葉に沖田が敏感に反応する。

黙って土方から瓶を受け取ると、山南製薬のどうやら有名らしいそのドリンクを、一息に飲み干した。


「…こんなの、プラシーボ効果だと思うんですけどねぇ」

「ああ?…いいじゃねぇか何だって。実際モチベーションが上がるならよ」


本当は、土方がわざわざ自分の体調を気にかけてくれ、しかも栄養ドリンクまで買ってきてくれたことが嬉しくて堪らなかった。

本当のプラシーボはそっちなんだけどな、とは思うものの、沖田はそれを微塵も表に出さなかった。

土方にありがとうと言うなんて、考えるだけで顔が赤くなる。


(…これを虫酸が走るっていうんだっけね)


違うそれは単なる照れくささというものだ、と沖田に教える者は誰もいない。


「総司、お前本当に大丈夫か?」

「しつこいなぁ…大丈夫ですよ」

「辛いなら、休んだって構わねえんだぞ?」


土方は、沖田が急に抜けてもそれをフォローできるだけの腕力を持っている。

それを沖田は重々承知していたが、それでも首を縦には振らなかった。


「大丈夫ですってば。今日はもうこれで終わりでしょ?…何とかなりますよ」

「そうか?それならよし、頑張ってこい」


沖田から空瓶を受け取りながら土方が言うと、沖田は先ほどよりはいくらか軽快な足取りで、スタジオの中に姿を消した。

そして間もなく収録が始まる。

その収録映像を見ながら土方が眉を顰めたのは、それからすぐのことだった。




―|toptsugi#




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