特にこれといった会話もなく静まり返った室内に、キーボードを叩く音とうどんを啜る音だけが響き渡る。
よく食ってるな、とぼんやり思いながら土方が仕事をしていると、やがて総司が箸を置く音がした。
「……ごちそうさまでした」
「おう。じゃあ薬飲んで早く寝ろ」
土方は振り向かないままで答える。
「…土方さんが飲ませてくれたら、飲まないこともないですよ?」
総司の言葉に土方が思わず振り向くと、総司はうっすらと笑みを浮かべて土方のことを見つめていた。
「…………はぁ…」
土方は無意識のうちに溜め息を吐いて、重い腰を上げた。
テーブルの上に予め置いてあった薬の袋を手にし、無言のうちに総司に渡す。
「薬くらい飲めんだろ。お前もう高校生だろうが」
「むぅ…つれないなぁ」
総司はいつものようにあの手この手で俺をやりこめることなく、大人しく薬を受け取った。
減らず口を叩く程の元気もないということなのだろう。
「……早く元気になれよ」
土方が総司の頭に手をやると、総司はそれを鬱陶しそうに振り払った。
「もう…子供扱いはいいですから…けほ」
子供扱いして欲しくないというのなら、何なのだ、この我が儘ぶりは。
土方は薬を飲んで苦そうに顔をしかめている総司を見ながらぼんやりと考える。
「ほら、飲み終わったならとっととベッド行け」
「…はぁーい」
椅子から立ち上がり、ぺたぺたと足音を響かせながら総司が寝室へ歩いていくのを、慌てて後ろから追いかける。
きちんと布団にくるまったのを見届けると、上から毛布を掛けてやった。
「寒くねぇか?」
「はい」
「何かいるもんは?」
「土方さん」
「……………は?」
「だからー、土方さん」
布団から顔だけ出して土方を見上げてくる総司が、可愛くないと言えば嘘になる。
だが、そんなものに絆されていては、社会人は務まらないのだ。
「馬鹿言ってんじゃねぇよ。…ほら、早く寝ろ」
土方は総司の頭を乱暴に撫でてから、後腐れの悪い気持ちで寝室を後にした。
その後ろ姿を、総司がどんな顔で眺めていたかも知らないままで。
無心、無心と自分に言い聞かせながら、ひたすらキーボードを叩く。
そのうちに頭が仕事中の思考に切り替わってきて、土方はすっかり目の前の作業に没頭した。
総司を寝かしつけてからどれくらい経った頃だろう。
仕事がようやく終わり、ボキボキと鳴る首に顔をしかめながら土方が伸びをしていると、寝室のドアが開く音が小さく聞こえてきた。
トイレか?などと思いつつパソコンをシャットダウンしていると、あのペタペタという裸足の足音が近付いてくる。
「…総司?」
土方が後ろを振り替えろうとした瞬間。
普段よりも熱い総司の身体が、後ろからむぎゅっと抱き付いてきた。
「おまっ………」
「…構えばか」
「は?!」
総司は一言そう吐き捨てると、また元通りペタペタと歩いて寝室へ戻って行く。
(何だ?今の……………)
土方は暫し呆気にとられてその後ろ姿を眺めていたが、やがて総司の言葉の意味を飲み込むと、大慌てで総司を追った。
ムスッとしたまま寝室に入る総司の腕をぐいっと掴む。
「あいたっ……」
「お、おお…すまねぇ」
「もう…関節痛いんだから引っ張らないでくださいよ」
総司はそのままかったるそうにベッドに潜り込んだ。
「いや待て待て。待てって」
追うようにしてベッドに腰掛け、総司の顔を覗き込む。
総司は、ばつの悪そうな顔でそっぽを向いていた。
「ごほっ……今更何ですか」
「何って……あんなこと言われて、放っておけるわけがねぇだろうが」
「へぇー。じゃあ、言わなきゃ何時まででも放っておくつもりだったんですか」
「それは……」
「早く寝てくれないかなーって思ってたんでしょ?」
「いや、そうじゃなくて、…」
「どうせ僕のこと鬱陶しく思ってたんですよね?分かります分かります。僕だって自分のこと我が儘だなーって思いましたし。いいですよもう。僕は寂しく一人で寝てますから……けほっ」
「お前なぁ……自分で言って勝手に拗ねてんじゃねぇよ」
上手く感情コントロールの出来ていない総司を、土方は半分呆れ、半分愛おしそうに眺めた。
要するに、素直な甘え方を知らないのだ。こいつは。
甘えたいのに上手くいかなくて、挙げ句の果てには拗ねるしかなくなっている。
土方は、完全にいじけて膨らんでいるその頬を、つんとつついてみた。
「っ土方さんなんてきらい」
「こーら。拗ねんなって」
「だって!…たまにしか土方さん早く帰ってきてくれないから…今日はいっぱい一緒にいれると思ったのに。風邪引いてるから、いっぱい世話焼いてくれると思ったのに」
「……………」
「なのに仕事持ち帰ってくるし。仕事ばっかの土方さんなんて嫌いです」
「…仕方ねえ奴だな」
土方は布団を捲って総司の隣に潜り込んだ。
「っ……離れてくださいよ」
「うるせぇな」
「ほら、早く仕事のとこに帰ってあげないと、仕事が拗ねちゃいますよ」
「それはお前だろうが…」
土方はやれやれと溜め息を吐くと、総司の身体を柔らかく抱き締めてやった。
「ほら。また溜め息吐いた」
「あんだよ。溜め息も吐いちゃいけねぇってのか?」
「だって……僕にうんざりしてるみたい」
「違ぇよ。息が溜まったから吐いただけだ」
「何その屁理屈…」
文句を垂れながらもすりすりと擦り寄ってくる総司に、土方は苦笑を漏らす。
「むぅ……何で笑うんですか」
「いや…風邪引くと、お前って少しだけ素直になるのな」
「っ………そんなことないです」
すかさず距離を取ろうとするのを許さず、土方は総司を更に抱き寄せた。
「悪かったな、放置して」
きっと、土方が仕事をしている間はろくに寝なかったのだろう。
小さく欠伸を漏らす総司の髪の毛を梳きながら、その額に小さく口付けを送る。
「ん……病気してる時くらい構ってくださいよ」
今までも十分…ご飯を作ってやったり、我が儘は逐一聞いてやっていたつもりなんだが。
ここぞとばかりに甘えてくる総司を、土方はどう甘やかせばいいのか思案した。
「……どうして欲しい、総司」
「寝るまででいいから、ここにいてください」
「それから?」
「…寒気がするから、抱き締めてて欲しいです」
「それだけでいいのか?」
「それだけって……僕にとっては大層なことなんですけど、っ…ごほっ!」
「分かったからもう喋るな」
土方の腕の中で丸くなった総司は、それから数分も経たないうちにウトウトと微睡み始めた。
「……あったかい」
呂律の回らない口でそんなことを呟きながら、無意識なのか、猫のように土方にすり寄っては落ち着く場所を見つけている。
「早く元気になれよ……」
(…じゃねぇと俺が心配でダウンしそうだ)
土方は今一度その言葉を呟くと、総司に引きずられるようにして眠りに落ちたのだった。
2012.04.19
15000打を踏んでくださったしずく様に捧げます。
風邪をひいた総司を心配する土方さん、というリクエストをいただきました。
具合悪い時ってなーんか寂しくなりま……せんか??いや、なりますよね、という主張を込めてみました。
この後風邪はもれなく土方さんに移ります。酷い咳に暫く悩まされます。なんとなく、総司が移してくる風邪は強力そうです(笑)
この度はリクエストをどうもありがとうございました!
受け取ってくださると嬉しいです!
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