「……俺はな、総司。お前の亡霊に恋してんだ」
目の前に腰を下ろして突然妙なことを口走る土方に、総司は怪訝な目を向けた。
「……急になんですか?気持ち悪い。物語でも始めるつもりですか?僕を慰めようとか思ってるなら、そんな同情なんかいりませんから」
「総司、聞いてくれ」
急に語気を強める土方に、総司はどう対応していいか分からない。
聞いてくれと言われたからには黙っていればいいのかと、仕方なく口を噤んだ。
「俺は……あー…なんつうか、その…」
要領を得ない土方の言葉に、じっと耳を傾ける。
「俺には、お前の……理想、…の、イメージ、みてぇなもんがあるんだ」
「理想?は?何ですかそれ」
「例えば、だな。お前だけは絶対に俺を裏切らねぇとか、俺から離れていったりしねぇとか、本当は甘えたな癖にいつも意地を張ってばかりだとか、構え構えって喧しく言ってきたかと思えば、本当に忙しい時には何一つ邪魔をしてこねぇしおらしい奴だ、とか……まぁ、そんな感じだ」
土方は何かに思いを馳せるかのように、一言一言丁寧に言葉を紡いでいった。
その、どこまでも慎重で、どこか哀愁を孕んだ土方の雰囲気に、総司の心は激しく揺さぶられる。
「だから…もし、自分の……理想、と、今の総司がかけ離れてたらって思うとだな、キツいっつーか、何つーか…」
「じ、じゃあ……じゃあ、何でそれを僕に求めないんです?…何で?」
「………っ…」
「…先生は僕の何を知ってるっていうの?!知ろうともせずに何で勝手に決めつけてるの!?……僕、先生に嫌われてるわけじゃないんでしょ?ねぇ、何でなの?!」
答えない土方に、総司は泣きそうになりながら叫んだ。
「……もう訳わかんないよっ!」
激昂する総司に、土方の眉間の皺が深くなる。
どうにかしてやりたいと思う一方で、総司に触れることすら、土方には躊躇われるのだった。
「………俺は、二度とお前を失いたくねぇんだ」
弱々しい声で土方が呟くと、総司は驚いたように目を見開いた。
「何で………」
「俺は、お前が大切すぎて……いつかお前が離れていくのを見なきゃならねぇくらいなら、もう手に入れてえとすら思わねえんだ」
言い終えると、土方は深々と溜め息を吐き出してから片手で頭を抱えた。
「……………………」
総司はそれを険しい顔で眺めていた。
そんなの……そんなのあんまりだ。
僕が、どんな思いであの時逃げ帰ったか、土方先生は全然分かってない。
総司は徐に立ち上がると、だん、と床を蹴って土方の胸ぐらを掴み上げた。
「…ったら!……だったら何で縛り付けておかないんですか!!どこにも行かないように、僕が土方先生から離れられないように、監禁してでも傍に置いておけばいいじゃないですか!何でがむしゃらに掴もうとしてくれないんです!先生にとって、僕はその程度の存在なんですかっ!!?」
呆気にとられて総司を見上げている土方を余所に、総司はどんどんと土方の胸を拳で叩いた。
この胸は僕のためにだけ脈打てばいい。
この目は僕だけを見つめていればいい。
そんな醜い独占欲が、胸の内から溢れ出てくる。
「僕は、先生のために泣いてあげた。怒りもした。全部全部、先生にフられたからしたことだ!…今更そんなこというなら、先生のためになんか泣かなきゃよかった!」
「っ……」
「僕がどんなに先生を好きだか、先生はちっとも分かってない!先生が勝手に抱いてる…僕の理想だかなんだか知らないけど、そんなの好きって気持ちには全く関係ないじゃないか!!」
物凄い剣幕で怒鳴り散らす総司を宥める手段を、土方は全く知らなかった。
「俺は……お前の…心が欲しいんだ…」
あの頃のように志を同じくして、運命を共にして、そして今度こそ最期まで添い遂げてぇんだ。
土方は心の中で呟いた。
「だから!………だから、みんなあげるって言ってるでしょ!僕の何もかも、人生丸ごとあげるから!だから、僕のこと愛してよ!……お願い、だから…」
総司はエンストした車よろしく、きゅうにぷしゅーと力が抜けてへたり込んでしまった。
ただ土方の胸ぐらをぎゅっと握り締めたまま、半ばそこに縋るようにして、涙をぽたぽたと落としている。
「ど、したら…先生に僕の心が伝わる?…どうしたら、好きだって、分かってもらえるの?」
「そ、…じ………」
「お願い……分かってよ…お願い……」
今や土方は総司の迫力に気圧されて、ただ呆然とその場に佇んでいた。
「ねぇ、先生……」
総司の呼ぶ声に、ふと顔を上げる。
「…………僕のこと、抱いてよ」
「お前っ………!!」
怒鳴り散らした所為かひどく枯れている総司の声に、土方の背筋をぞくりとしたものが駆け抜ける。
「…ねぇ、抱いてよ。僕が下でいいから。そしたら僕のこと、好きになってくれるでしょ?」
「…無理だ。無理に決まってんだろ」
縋りついてくる総司の腕を、土方は無理やり引き剥がす。
「何で?僕が男だから?」
「違ぇよ!そうじゃなくて……」
「だったら別にいいじゃないですか」
「よくねぇよ!」
「どうせ僕が失うものなんか何もないんだか………っぁ!!」
そこまで総司が言った時、バシッという物凄い音と共に、不意に頬に焼けるような痛みが走った。
総司を見下ろす紫紺の瞳には、怒り以外の何の感情も浮かんでいない。
「っ何するんですか……!」
平手打ちとは言え、大の男の強い力で叩かれるのだから、その痛みは尋常ではない。
見る見るうちに総司の頬は腫れ上がり、みみず腫れもまでができあがる。
それが悔しくて、総司は土方に掴みかかった。
「っ総司!!いい加減に落ち着きやがれ!」
「何で怒るんですか!僕はただ、愛してほしいだけなのに!」
「…っ!」
暴れて土方を押し倒そうとする総司を、土方は必死に押さえつけた。
昔はともかく、今は土方の方が上背がある。
ぐいぐいと抵抗してくる総司を、ついに土方は床に縫い付けた。
「い、や、だ!離してよ!」
「うるせぇ!」
土方は衝動に駆られて総司の唇に噛みついた。
「ン゛っ!んんっ……!!」
総司が驚いたように目を見開く。
力の抜けた総司の手をそっと離すと、土方は総司の後頭部に手を差し入れて、かき回すように引き寄せながら深く口付けた。
重力に従って下へと流れていく唾液を、惜しむことなく総司の口へ注ぎ込む。
「はっ…んぐっ…んっ!んっ!」
総司は必死に顔を逸らそうと動き回り、微かに出来る隙間から必死に息を吸い込もうとした。
泣いた所為で鼻づまりの体には、いささか苦しすぎる口付けだった。
深くなる一方の土方の舌に、総司はぽろりと涙を零す。
嬉しくて、切なかった。
「はぁっ…ぁ、急に…卑怯……」
散々口腔を貪り尽くされた後で、総司は土方を睨み上げた。
「…こう、されたかったんだろうが」
昔と何一つ変わらない…いや、昔より若干柔らかくなったような気がする総司の唇に、土方は自らの指を這わせた。
ずっと、これが欲しかった。
でも、二度と失いたくないが故に臆病になり、諦めかけていた甘い温もりだった。
とうとう触れてしまったことに対して、体も心も歓喜にうち震えている。
その一方で、自分の中で描いてきた昔の総司と、今目の前にいる総司の微かな差に、どこか切なさをも感じてしまう。
それでも、総司は総司なのだ。
時代も生い立ちも違うから、差があるのは当たり前。
その中で見つけなければならないのは、決して変わることのない、お互いの本質なのだ。
唇を合わせてみて初めて、土方は何も変わらぬその温もりを感じ取って、思わず涙を零しそうになった。
「なぁ……総司…」
土方は総司の肩口に顔を埋めながら、震える声で言った。
「もう、俺はお前を手放してやれそうにねぇぞ………」
「嫌ですよ……絶対手放したりなんかしないでください…」
総司は泣きじゃくりながら返答する。
「総司、愛してる……」
「…っ……嬉し…」
総司は土方が見ていないのを良いことに、思う存分泣いた。
土方の言う"総司"が、心から自分だけをさしているわけではないことが何となく伝わってきて、また泣いた。
(それでも僕は、土方先生が大好きなんだ…)
そしてきっと、土方もいつかは"亡霊"ではなく自分だけを見てくれるようになると、総司は信じているのだった。
「………また、来るな」
玄関先まで見送りに出て、簡単な挨拶を交わす。
本当はもう少し土方に居てほしかったが、明日も学校だろうと厳しいことを言われた。
「僕も今度、土方先生んち行っていいですか」
「あぁ、おいで。……それから明日はちゃんと学校来いよ」
「……まったく、誰のせいだと思ってるんですか」
「はは…悪かったな」
土方の唇が軽く額に触れ、そこからじんわりと熱が広がっていく。
「…っ、おやすみなさい」
顔を真っ赤に染めながら、総司は怒鳴るように言った。
「おやすみ、総司」
苦笑して土方が歩き出す。
額をそっと触りながら、総司は帰って行く土方の後ろ姿を、いつまでも見つめていた。
2012.04.16
11000番を踏んでくださった藤波様に捧げます。
SSLで転生で、土方さんにだけ記憶があって、でも総司は土方さんに惹かれてて、記憶のある土方さんはどう接して良いか悩むお話ということで書かせていただきました。
シリアス甘、守れてませんね。
書き直してこれかよお前!みたいな。
現代だし、たまには臆病で情けない土方さんもいいかなーと思った結果こうなりました。
どうしても、昔の勇ましかった総司が忘れられない土方さん、みたいな。
SSLを生かせてないのが最大の敗因。
どもすいません。
やっぱり転生ネタは力みすぎて失敗するのです(泣)
何となくまとまりのない文章になってしまいましたが、よかったら受け取ってください。
この度はリクエスト、どうもありがとうございました!
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