捧げ物 | ナノ


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季節の変わり目で、三寒四温な気候が続いていた。

まだまだマフラーや手袋が手放せなくはあるけれど、それでも次第に暖かくなってきたのが嬉しくて、ついうっかり体調管理を怠ったのかもしれない。

風邪を引いた。

最初はいつもの花粉症だと思っていたんだけど、どうにも身体が熱っぽくてダルい。

正直、歩いているだけでも辛かった。

首にぐるぐる巻きにしたマフラーを口元までぐいっと引き上げて、僕は這うようにして登校した。



「ったく。体調管理くらいしっかりしろ」


登校してすぐに、僕は担任の土方先生のところへ行った。

ただちょっと、具合が悪いことを知っておいてもらおうと思ったから。


それなのに、開口一番、土方先生は至極不機嫌そうな声色で言った。

病人にそんな厳しいことは言っちゃいけないと思う。

土方先生の、僕を睥睨するようにしかめられた顔も、普段なら全く気にしない…というか、僕が怖じ気づく訳がないのに、今日はやたらと気になってしまうから不思議だ。

やっぱり僕、相当参ってるんだな。


「仕方ないじゃないですか。僕は馬鹿じゃないから風邪だって引くんです」

「ほぉ……体調管理の管理の一つもできねぇような奴にしちゃ、そりゃあ随分な自惚れだな」

「自惚れって酷いですね。僕は土方先生とは違ってか弱くて繊細だから、すぐに弱っちゃうんですよ」

「その図太い神経の、一体どこが繊細だっつうんだよ!!」

「もー、病人相手に怒鳴らないでくださ…けほ…っ」


ゴホゴホと僕が咳き込むと、土方先生はあからさまに嫌な顔をした。

大方、移して欲しくないとでも思っているんだろう。


何だか僕はがっくりして、大きく溜め息を吐いた。


…土方先生のことだから、もっともっと過保護に心配してくれるものだと思っていた。

だから、それを期待して古典準備室までわざわざ来たんだ。

大丈夫か、寒くないか、早く横になった方がいいんじゃないかって、それはもう煩いくらいに構ってきて、こちらから頼まなくても、やかましく世話を焼いてくれるんだと思っていた。

それをきっと僕は、面倒臭く思いつつも享受して、密かに嬉しく思うんだろうなって。

そう、思っていたのに。


何だか、全然想像と違う展開になっている。

どうして、土方先生はこんなに機嫌が悪いんだろう。

どうして、僕に一切構ってこないんだろう。


……あ、いや、別に構ってほしい訳じゃなくて。

煩い過保護な先生じゃなくて、すごく清々してるけど。

でも、なんか調子狂うからやめてほしい。


「ふーん……じゃあ僕、行きますから」

「あぁ?どこにだよ」

「はい?土方先生とうとうボケちゃったんですか?授業に決まってるじゃないですか」

「……授業、受けられるのか?」

「まぁ、このくらいなら……」

「そうか。無理はするなよ」

「はいはい」


最後にちょっとだけ心配性な顔を覗かせた土方先生に嘆息すると、僕はいつも通りを装って古典準備室を後にした。















もうすぐ四時限目が終わるという頃、僕はとうとう限界を感じて保健室に転がり込んだ。

朝はそうでもなかったのに、どうも熱が上がったらしい。

悪寒と頭痛という一番厄介なパターンだ。


「山南先生〜、僕死んじゃうかも」

「どうしました、沖田君。具合が悪いのですか?」


しょっちゅうここで古典の授業のみサボっている僕に、山南先生が慣れた様子で体温計を差し出した。

多分、仮病かどうか見極めるんだろう。

だけど残念、今日の僕は本当に具合が悪いんです。


僕は空いてるベッドに腰掛けると、体温計が鳴るのを大人しく待った。


「七度八分ですか……結構高いですね…」


ピピピ、という機械音と共に体温計を山南先生に渡すと、先生は微かに眉を顰めて僕を見た。


「早退したら如何ですか?」

「早退ですか?………うん、嫌です」

「おやおや、どうして嫌なのか理由を聞かせてもらってもよろしいですか」

「家に帰ったって、誰も看病なんかしてくれないから」

「……あぁ、そうでした。沖田君は一人暮らしをしていたんでしたね」

「それに、早退するくらいなら、そもそも学校になんか来てませんよ」


僕は穏やかな物腰の山南先生に拗ねたように言った。

学校に行ったら、心配性で過保護な誰かさんが色々と面倒を見てくれるものだと思ってたから。

…だから来たんですとは、流石に言えなかったけど。


「それじゃあ仕方ないですね…少し休んでいきますか?私はお昼休みなのでいなくなりますが…」

「はい……ちょっと眠らせてください」


山南先生の返事も待たずに、僕はベッドにごろりと転がった。


「困りましたね……病人を一人にするのは気が引けます。本当は家に帰ってほしいのですが…」

「嫌です」


僕はここだけは最後の砦とばかりにきっぱりと主張した。


「僕、こんなふらふらなのに一人じゃ帰れません」


そう言って、顔まで毛布を引っ張り上げる。


「はぁ……確かに、仕方ありませんね。それでは、何かあった時は内線ですぐ呼ぶようにしてください」

「はい」

「番号はここに書いてあ…」

「はい」

「………せめて冷却シートを貼りま…」

「いらないです」

「…………」


僕は溜め息を吐く山南先生の視線から逃れるように、すっぽりと布団の中に潜り込んだ。

暫くそのままじっとしていると、やがて山南先生が保健室から出て行く音が聞こえてきた。

僕はほうっと息を吐き出して、こっそりと頭だけ覗かせる。


あぁ、また一人になった。

これじゃあ家にいるのと大差ないじゃないか。

それに、さっきよりも悪寒が酷くなっている気がする。

寒いし、ぞくぞくする。

それなのに、顔は火照って何だか熱い。

熱がある時特有の、寒いんだか暑いんだか分からないあの感覚に、僕はとりあえず毛布にくるまってじっとしていた。

少しでも動くと、関節が軋んで痛いから、小さく丸まったまま悪寒と頭痛に耐える。


遠くからお昼休みではしゃぐ生徒たちの喧騒が聞こえてきたりして、それがまた孤独感を煽った。

病気してる時って、何か訳もなく寂しくなったりするんだよねー。

うとうとと微睡みながら、僕はそんなことを考えていた。


やがてぼんやりとチャイムの音が聞こえてきて、僕はあぁ、もうそんなに時間が経ったのかと内心驚いた。

てことは、もうすぐ山南先生が戻ってきてくれるだろうな。

そしたら、今度は素直に冷却シートを貼ってもらおう。

それで、少し落ち着いたらさっさと帰ろう。

……だって、どうせここにいたって一人だし。

今日は、土方先生は世話を焼いてくれないみたいだし。

諦めて、帰ろうっと。


そう決めると、僕は再度目を閉じた。




―|toptsugi#




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