今日はなんと、総司の誕生日だったらしい。
総司がまだ寝ているうちに出勤して、初めて気が付いた。
それも人から指摘されて、だ。
「土方さんおはよう」
「あぁ、おはよう」
今日も今日とて俺の部署に顔を覗かせた原田に昨日はどうだったのかと聞けば、朝までコースで眠いだなんだと、盛大に惚気られた。
「ま、今日は土方さんの番だろ?」
どこか面白くなく聞いていれば、原田が不可解なことを言う。
「俺?」
「何てったって、今日は総司の誕生日だもんなぁ。予約済みのレストランで優雅にディナー、それからほろ酔い気分でベッドインか?」
「げ……」
俺は思わず間抜けな声をあげた。
「おいおい土方さん……何だぁ?その、カエルの潰れたような声は」
「やべー、すっかり忘れてた」
「……………」
どこまでも不甲斐ない俺に、左之助は呆れ顔で溜め息をつきやがった。
まぁ、つかれても仕方ないとは思う。
ただ、どうしてもイベントごとに疎い性が抜けないのだ。
そうか、今日は総司の誕生日だったのか。
何か大事なことを忘れているような気がしていたが、まさか恋人の誕生日を忘れていたとは。
恋人でもない奴が覚えていたというのに、恋人本人の記憶からはすっかり抜け落ちていた。
誕生日なのに日付が変わってから帰宅して、おめでとうも言わないまま出てきてしまったのだ。
今からでも、メールの一つくらい送るべきだろうか。
「ったく、総司もよくこんな薄情な男を好きでいるよな」
原田の冗談めかした言葉が、俺には冗談に聞こえなかった。
好きでいるのではなく、好きだった。
もう過去形になっていてもおかしくはない。
「誕生日くらい甘やかしてやったらどうだ?昨日だって、結局遅く帰ったんだろ?」
原田の言うことはもっともだ。
だが、どうしたものか。
やはり、何かするべきだろうか。
(でも、今更何をすりゃあいいんだよ…)
総司にまともに向き合えば、一言目には別れを切り出されそうで怖い。
それでも何もせずには居られなくて、プレゼントくらいなら黙ってでも渡せるだろうと、俺は昼休みを利用してデパートまで繰り出すことにした。
何となく、洋服の類を送る気にはなれない。
かと言って、明確にプレゼントが決まっているわけでもない。
広いデパートをふらつきながら、何も買えないまま時間だけが経過していく。
総司は何を欲しがっていただろうか。
以前なら、あれが食べたいだとかこれが欲しいだとかしょっちゅう話していたのに、今は何も思いつかなかった。
その時ふと、若いカップルがとある売り場の前で話している声が聞こえてきた。
「これなんか、お前にも似合いそうだけど」
「えー。やっぱりダイヤがいいよー」
(指輪か………)
俺は何気なく売り場の方に歩いて行った。
最初から、指輪を全く考えていないわけではなかった。
かなり前の話だが、こっそり総司の指の号数を調べたこともある。
だが、指輪なんぞを贈って一体どうしようというのだ。
一生総司を俺に縛り付けておくか?
それとも、形だけでも婚約ということにするのか。
色々考えたが指輪を贈る理由が分からなくて、ついぞ踏み切れずにいた。
でもまぁ見るだけなら…とショーケースを覗き込む。
一体ゼロがいくつあるのかと眩暈がしそうになりながら、総司に似合いそうなものを探してみる。
「お客様、指輪をお探しですか?」
その内に店員に声をかけられてしまい、逃げるに逃げられなくて、俺は仕方なく曖昧な返事をした。
「もしペアでおつけになられるのでしたら、こちらなどおすすめですよ」
そう言って差し出されたのは、よりにもよってプラチナのシンプルなペアリング。
「こちらでしたらシンプルですので、男性の方にも人気の商品となっております」
「はぁ……」
もしかして、結婚指輪か何かと勘違いされたのだろうか。
「プラチナは傷つきにくいですから、非常におすすめです」
にこにこと説明する店員に、そんなことは知っているのだが、と困り果てる。
買うのは、まったくもって構わない。
が、贈る相手に拒否されるかもしれないリスクを考えると、どうしても気が引けてしまう。
しかし、それ以外にいいプレゼントも見つからないし、愛を確かめるにはちょうどいい機会かもしれないと、俺は購入に踏み切ることにした。
ギリギリの時間に会社に戻り、一息ついてからメールを確認すると、珍しくも総司からのものが一通届いていた。
慌てて開けて、内容を確認する。
『今日も遅いですか?』
たった一行、それだけのメール。
だが何となく、俺は総司が待っているような気がした。
もしかしたら、別れ話をされるのかもしれない。
ちらりと目をやると、先ほど買ったばかりの指輪の箱が鞄の中に見えた。
まぁ、当たるだけ当たってみて、砕けたときのことはその後で考えようと、俺は早く帰ると返信した。
送ってから、お誕生日おめでとうと書き忘れたことに気が付いた。
*
約束通り、まだ明るいうちに会社を出た。
家の前で深呼吸してから、鍵を開けて中に入る。
「ただいま…………」
リビングの明かりがついていた。
やっぱり総司は、俺のことを待っていたようだ。
うるさい心臓を宥めつつ、冷えきった手でリビングのドアを開ける。
すると。
「あっ、土方さんお帰りなさい!すっごく早かったですね」
いつもと何一つ変わらない様子で、総司がひょこひょこと歩み寄ってきた。
テーブルの上には、手作りらしい料理の数々と、馬鹿でかいホールケーキ。
「お前、これ……」
「ん?あぁ、最近あんまり一緒にご飯食べてなかったから、たまにはいいかなぁと思って。ほら、実は今日僕の誕生日だったりしますし」
覚えてます?なんてごく普通に聞いてくる総司に、俺は愕然とする。
お前は、それだけで良かったのか?
一緒に食事をする、ただそれだけで…?
呆然と立ち尽くす俺には構わず、総司は冷めないうちに食べようと、にこにこしながら歩いていく。
その手を、俺は咄嗟に掴んだ。
それから、驚く総司を腕の中に閉じ込める。
「土方さん?どうしたんですか?」
「………………」
「……………苦しいんですけど」
俺は、何も言わなかった。
否、言えなかった。
総司の愛が胸に染みて、ともすると泣いてしまいそうだったのだ。
「……………」
総司も、言いたいことは山ほどあるだろうに、ずっと黙って抱き締められていてくれた。
俺をなじっても、怒っても、何をしてもよかったのだ。
それでも総司は何も言わなかった。
ただ、遠慮がちに背中に回された手が、ワイシャツを切れそうな程に掴んでいたから、総司の気持ちは痛いほど伝わってきた。
寂しかったんだな、俺も……お前も。
簡単に詰められる距離だったのに、いつの間にか壁を作って見えなくなっていたらしい。
暫くしてから腕を離すと、総司は俺の顔を覗き込むようにして言った。
「…あんまり放っておかれると、いじけちゃいますからね?」
「すまねぇ…」
「……お帰りなさい、土方さん」
久しぶりに聞いた総司のその言葉に、胸が温かくなる。
「ただいま、総司。それから、誕生日おめでとう」
やっと言えた"おめでとう"。
「お前が生まれてきてくれて、俺は幸せだ」
今一度総司を抱き締めれば、総司は「それでチャラにしてあげますよ」と久しぶりに可愛くないセリフを吐いた。
「それよりほら、早く食べましょうよ。僕お腹すいてるんです」
そう言って俺の腕から抜け出して席につく総司に、俺は深呼吸を一つしてから、切り出した。
「なぁ総司、渡してぇもんがあるんだが…」
総司がはぁ?と首を傾げる。
俺は鞄に手を忍ばせながら、総司はどんな反応をするだろうと、密かに胸を高鳴らせた。
「総司、お前の一生を俺にくれねぇか?」
20130407
奏さんのお誕生日に勝手に捧げさせていただきました。無事貰っていただけたのでこちらにも掲載します。
土方さんが総司の誕生日を忘れる訳がない!とは思いました。実際、最初は一周年記念日かなんかにしてたんです。が、せっかくなので誕生日にしたいなぁと。
結果、うそーん!という無理やりな展開になってしまいました(笑)
何はともあれ奏さんお誕生日おめでとうございます!
▲ *mae|top|―