捧げ物 | ナノ


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俺たちは今、倦怠期なのだと思う。


「行ってらっしゃい」

「…………あぁ」


同棲を初めて早数ヶ月。

最初の頃は毎日何十秒もして、その所為でいつも遅刻しそうになった"いってらっしゃいのキス"を、いつの間にかしなくなった。

おはようのキスも、ただいまのキスも、おやすみなさいのキスも、みんないつの間にかなくなった。

メールも一回もしない日だってあれば、来ても返さない時だってある。


―――別に、嫌いになったわけじゃない。

何か気に入らないことがあるわけでもない。

なのにどうして、心がこんなにも冷めているのか。

自分自身のことなのに、よく分からない。


「あっ、土方さんおはよう」


会社のデスクにつくなり、同僚の左之に声をかけられた。


「あぁ、おはよう」

「土方さんグッドニュースだぜ。今日予定されてた役員会議が、延期になったんだよ!」

「え…」

「だから今日は早く総司ンとこに帰ってやれるぜ?良かったな!」

「お、う…………」


慌てて予定表を確認しに行って、左之の言葉が真実であることを知る。

思わずため息が出た。

早く帰るのは気が重い。





「部長、ここにサインお願いします」

「ああ」

「部長、今度のミーティングの日程はどうなさいますか?」

「あぁ、後で連絡する」


仕事に忙殺されるのは、今の俺に取ってはものすごく有り難い。

今頃は講義中であろう総司のことを考えなくて済むからだ。

それでもふとした折りに頭を過ぎったりして胃の辺りがシクシクと痛むのは、どうしても避けられないのだが。


(いつからシてねぇかな……)


卓上カレンダーを捲って仕事の予定を確認していた時に、ふと思う。

半ば無意識の内にカレンダーを前に戻し、先月のところで手を止めた。

小さく印がついた日曜日。

そういえば、二人で映画を見に行った。

その帰りに体を重ねたのが最後かもしれない。


(もう一ヶ月か………)


一カ月も開くなんて、最初の頃は考えられないことだった。

毎日貪るようにがっついて、朝まで何度も求めあっていたというのに。

俺たちは、一体どこで変わってしまったんだろうか。

ぼうっと考える頭を振り、仕事に戻る。

そのまま耽り込んでいたら、いつの間にか定時を過ぎ、夜になった。





「あれ?土方さんまだいたのか?」


ほとんど誰もいなくなったフロアに、左之がぬっと顔を出す。


「あぁ。今日中に片付けてぇ仕事があったからな……それより、お前こそ何でまだいるんだよ」


今朝方、会議がなくなったとか言って喜んでいたのは誰だったか。


「いやぁそれがな、俺の部下がミスっちまって、今までずっとフォローしてたんだ。好事魔多しってのは本当だな」

「好事って…………あぁ、そういや付き合って一カ月だったか?」

「そうなんだよ。今日でちょうど一カ月なんだ。夕飯食う約束してたのに、待たせちまって怒ってんだろうなぁ……」


左之には、付き合ったばかりの彼女がいる。

左之のことだからいつまで続くかは分からないが、今の俺にはとてつもなく眩しく見えた。

そうか………一カ月ってのは、俺たちにとっては体も重ねずに過ぎていく期間であっても、熱い恋人たちにとってはちょっとした祝いになるのか。

俺たちも、そうだったかもしれない。

同棲してからは数ヶ月しか経過していないが、付き合い出してからを考えれば、かなりの時間が経過している。

一カ月なんて遠い昔の記憶だが、確か総司に強請られて何かやった気がする。

それこそ、豪華な夕飯でも食べに行ったっけか。


「じゃあ、早く行ってやれよ」

「あぁ、先に帰らせてもらうぜ。……つーか、土方さんも無理に残業しねぇで早く帰ってやれよ?」

「あぁ………」


俺はそれから数時間後、日付が変わる直前になって、ようやく帰宅した。





総司はダブルベッドの隅で丸くなって寝ていた。

そりゃあそうだ。

起きていたら、早く寝ろと催促していただろう。

けれど、最近ではそれもなくなった。

最初の頃は何時まででも起きて待っていた総司を、何度叱ったか分からない。

そこから何故かなし崩しになって朝まで…というのが、いつものパターンだった。

が、最近では総司が起きて待っていることは稀だ。


「総司、それは俺の枕だ………」


俺の枕をしっかり敷き込んで眠っている総司に、もしかしてこいつは寂しいのだろうかと少し考える。

それからいやいやと頭を振った。

寂しかったら、憤慨して怒鳴り込んでくるような奴だ。

寂しいとは素直に言わなくても、決して俺が構うのを大人しく待っているような奴ではない。


(それに、電話もメールもねぇしな…)


寂しいなんて、俺の都合のいい妄想だろう。

総司は、きっともう俺に愛想を尽かしているはずだ。

ただ、ろくに会話もしていないから、言い出すきっかけが見つからないだけ。

本当は別れたいと、そう思っているに違いない。

俺は深々と溜め息を吐くと、起こすのも忍びないので枕は諦めてネクタイを引き抜き、それからリビングに行って、ラップにくるまれたまま冷え切った夕飯を食べた。




―|toptsugi#




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