宝物 | ナノ


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ずりずり・・・ずり・・・―――。

「・・・っも、もう・・・ちょっと・・・・・・っ、あ!!」

つるん・・・・・・がっしゃん!!



「総司ぃいいいっ―――!!!!!」




相棒を少しでも助けたいと思うのは、人間だって小人だって同じはず。
それなのに、身体の小さな総司はどうにもそれが上手くいかず、来る日も来る日も失敗ばかり。

失敗して「ごめんなさい」で済むのならば可愛いものだが、一回二回どころか何十回と繰り返されると、最初こそ寛大だった土方の怒りも、段々と蓄積されていくわけで・・・。
加えて、好意としてやっていることを悪意に取られてしまうと、もっと厄介なわけで・・・。

「はぁ・・・。だからって、あんな鬼みたいな顔して怒ることないのに・・・・・・鬼副長なのは確かだけどさ。」

二本の角が艶やかな黒髪の隙間からにょきにょきと生えてくるんじゃないかと思ってしまうほどに、あの時の土方は凄まじい形相でこちらを睨みつけていた。

震え上がらなかったのは、怒り狂う彼を長いこと傍で見てきたからに他ならず、この時ばかりは『慣れ』という自身の体質の変化を心底ありがたいと思ったものだ。

(悪戯する気なんてこれっぽっちもなかったのに、頭っから決めつけてくれちゃって・・・。)

ぷうっと両頬を膨らましながら身体を後ろに倒す。
柔らかく弾力性のある其処に背を預ければ、巻きつくように丸められていた黒い尻尾がゆらりと揺らめき、寝言を呟くように低く唸る声が耳に届いた。


あまりに一方的で理不尽な扱いについつい意固地になってしまった総司は、ちょうど遊びにきた黒猫のとしぞーの背に乗って、着の身着のまま屯所を飛び出してしまった。

やりきれない感情に任せて、行く先も定めずひたすら走り回ってはみたものの、次第に頭が冷静さを取り戻し始めると、途端に己の行動の浅はかさを知る。

そして、至った経緯を思うと帰るに帰れなくなり、川縁の土手に腰を下ろして深いため息を何度も何度も吐き漏らしていたというわけなのだ。

おまけに、自分をこの場所まで運んでくれたとしぞーは、一番の相棒である土方よりも自分のことばかりを構ってくれたことにすっかり満足したらしく、草むらにどっかりと寝そべり昼寝を始めてしまった。

のんびりしているというか、肝が据わっているというか、とにかく一度寝たら中々起きようとしない為、帰るにしてもとしぞーが目を覚ましてくれないことには始まらない。
屯所内だけでも一人だと移動に苦労するばかりなのに、外に出てしまってはとてもじゃないが無事に帰りつけないだろう。

「土方さん・・・まだ、怒ってるかなぁ。」

夕焼け色に変わりゆく大きな空を眺めながら、総司はぽつりと一言、どこか切なさを滲ませた声音で呟くのだった―――。











墨濡れになってしまった書類を書き直さなければと筆を取ったものの、手首に鉛玉でも括り付けられているのはないかというほどに、一向にその手が文字を連ねることはなく、いつしか空は暮れ時を告げる茜色へと色を変えつつあった。

怒りが治まったわけではないし、謝罪の言葉一つなく飛び出していったわからずやの相棒への咎めの気持ちも全くもって薄れてはいない。
・・・いないのだが、何故にこうも、彼の行く先が気掛かりでならないのだろう。

『土方さんの馬鹿っ!!唐変木っ!!何もわかってないのはそっちの方でしょ!!!』

連日連夜、書類仕事にばかり感けていたせいか、ついうっかり転寝をしてしまった。
文机に突っ伏すようにして寝入る自分を横目に、総司は・・・。

「ったく、いくつになってもガキみてぇな真似ばかりしやがって・・・。」

形は小さいが、中身は元服を済ませた大人と同じだという。

しかし、それはあくまでも外見的な年齢であって、彼の精神は限りなく童と同列。
ああ言えばこう言うし、彼の為を想って心を鬼にすれば、例外なく噛み付いてくる。

末子として生まれたせいもあってか、年下の扱いには滅法不慣れな己は、そんな総司を言い負かすことでしか更生させる術を知らない。
強引過ぎる無茶苦茶なやり方であることは重々承知の上だ。

(申し開きの一つもさせてやらなかったな・・・。だからあいつ、あんなに食って掛かったのか。)

無鉄砲な彼の行動により被った災いはこれまでにも多々ある。
故に、今回も当然の如く『悪戯』と決めつけて即座に怒声を張り上げた。

だが今にして思えば、その時の自分の行動に十割十分の正当性があったのかどうか甚だ疑問だ。

全てにおいて自分が正しいと信じきれないからこそ、胸に渦巻くささくれ立った不の感情を、何時まで経っても拭い去ることが出来ないのだろう。


「・・・・・・にしても、遅ぇな。」

あと半刻もすれば夕餉だというのに、一体何処で不貞腐れているのやら・・・。
大方、引っ込みがつかなくなって帰るに帰れずにいるのだろう。

心配がある程度の一線を越えた土方は、乾ききった筆を硯箱の中にそっと仕舞い、漸く重い腰をあげるのだった。



八木邸の時分とは違い、西本願寺はとにかく広い。
移転からさほど経っていないこともあり、勝手知ったる場所を捜索するのとでは掛かる手間が桁違いだ。

小さな総司一人だけならば移動距離も大凡に特定出来たのだが、運悪く今日はあの黒猫が馬代わり。
極端な話、敷地内にいるのかすら怪しいものだった。

「おう、土方さん。血相変えてどうしたんだ?」

「原田・・・か。お前、何処かで総司の奴を見なかったか?」

浅葱色の羽織を纏い、いかにも巡察帰りですという出で立ちの原田に向かい、ため息交じりに問い掛ける。

酒が入るといい加減な奴だが、こういう切羽詰った時の相談役は最も適任と言えるだけに、土方はあえて包み隠さず事情を明かした。


事の次第を聞き届けると、原田は困ったように渇いた笑みを漏らす。

「あのなぁ土方さん。あんた達の仲に土足で踏み込むわけじゃねぇけどよ・・・そいつはちと、総司に対して強く当たりすぎじゃねぇか?」

「今回が初めてってんなら、俺もそこまで怒りゃあしなかったさ。大人げねぇと・・・わかってはいるんだ。」

天下の鬼副長も、総司が絡むと途端に愚痴っぽくなってしまう。
己の至らなさを痛感しているからこそ、相手のことを心から大事にしたいからこそ、必然とそうなってしまうのだ。

逆を言えば、土方と総司の間にはそれだけの強い絆が確かに息衝いているということ。
『相棒』という呼称だけでは納まりきらない、愛情にも似た、かけがえのないそれが。

「そう思ってんなら答えは一つだろ。早く迎えに行ってやった方がいいぜ?」

「だから捜してんだよ・・・。はぁ・・・総司の奴、何処で何していやがるんだ・・・。」

「(この人をこんな顔にさせられるのは総司だけだな・・・)総司が一緒だったかどうかまではわからねぇんだが、確か・・・巡察の帰り道で千鶴が『としぞーを見た』とか言ってたな。」

確信めいた情報が提示され、項垂れていた土方の瞳にぱっと光が灯る。
喜びや安堵を一足飛びに、掴み掛からんばかりの勢いでもって鋭く問い詰められ、原田は緊張の面持ちのまま即座にその場所を教えてやるのだった。







「あとはこれを結べば・・・・・・うんっ、中々上手に出来た!!」

手持ち無沙汰を解消したくて始めた花冠作りにすっかりのめり込んでいた総司は、完成品を納得の表情で見詰め、大きく頷いた。

身の丈に合わせて拵えた冠の一点に、一際大きな白い花を添えて。
本来の用途で使うには些か目立ちすぎるそれも、人間の指に填めれば、忽ち可愛らしい指輪に様変わりする一品だ。

土方に贈るつもりで作っていたわけではなかったのに、手を動かしていくうちにいつの間にか彼の為を想って作業を進めていた。

理不尽に叱りつけられ、行方知れずの相棒を捜しにも来ない土方だが、それでも総司の心に在るのは『大切な相棒』という純粋な想いだけ。


ぐううううぅ・・・―――。


「お腹空いたなぁ・・・。」

土方が起きたら、一服がてら一緒に食べるつもりでいた、近藤の土産の饅頭。
饅頭への未練もそうだが、何より残念でならないのは、多忙の合間を縫ってふれあう時間を割いてくれる彼とのあたたかい一時に他ならない。

悪意など無かった。
ただ・・・ほんの少し失敗してしまっただけ・・・・・・それだけのこと。

「帰りたい、な・・・土方さんのとこ・・・。」

間違ってもいないのに謝るのは癪だが、すれ違ったままの関係でい続けるより良いかもしれない。
自分の言葉に、大人しく彼が耳を貸してくれるかどうかは知れないが・・・。



出会うまではずっと一人だった。
頼れる仲間などいなかったし、頼ろうとも思わなかった。

『孤独がなんだ・・・。僕一人だって、立派に生きていけるんだ―――。』

強く自分に言い聞かせながら、毎日毎日、生きるのに必死だった。
寂しいとか、悲しいとか、温もりを求める心とか、そんなもの・・・感じたこともなかった。

『あぁ?なんだお前、俺の荷物に紛れ込んで一体何してやがった?』

『腹、減ってんだろ?こんなんで腹の足しになるかはわかんねぇが、俺は甘いもんはあんまし食わねぇんでな。ほら・・・やるよ。』

『なんだ、その・・・・・・お前さえ良ければ、一緒に来ねぇか?』

『俺が傍にいてやる。ずっと、死ぬまで傍にいてやるから。』


『これからよろしくな、相棒―――。』


一緒にいて楽しいと思えたのは、後にも先にも土方だけ。
勿論、血の繋がった親兄弟は除いての話だが。

寝食を共にする内に飼い馴らされてしまったとか、そういう物理的な理由じゃない。
心と心が繋がっているような、もっと深い、強いもの・・・・・・『絆』とでも称すべきか。

とにかく・・・今の自分には、土方のいない生活など到底耐えきれるものではない。
離れ離れの時間に止め処もない憂いを覚えているこの事実が、全てを物語っているのだから。

「寂しいよぉ・・・、土方さん・・・。」

限界を感じた己が無意識に言葉を発すると、間を合わせたように熟睡していたとしぞーが跳ね起き、周囲の音を拾おうとするが如く耳を動かす。
そして、花冠を手に項垂れていた総司の襟首を銜え、自身の背に向かって寸分の狂いもなくポ〜ン!!と放り投げた。

突然身体が宙に舞い、驚くことも慌てることも出来ずにきょとんと目を丸くしていると、としぞーが勢い良く駆け出して草むらから往来へと躍り出る。

「総司っ!!!」

これまた間を合わせたように聴こえたのは、息せき切って走ってくる土方の至極心配そうな声だった。




―|toptsugi#




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