土方歳三は沖田総司から心底嫌われている。
それが土方の見解だった。悲観する訳じゃなく、ありのままの事実として思っていた。
「こっち見ないでもらえます?」
「僕に触らないでくれませんか」
「用が無いなら近寄らないでください」
今まで沖田から掛けられた言葉の数々。これでもまだ、ほんの一部にすぎない。容赦なく突き放すくせに、いざ関わらなければ足袋に虫に入れたり、笠を濡らしたりと些細な嫌がらせをしてくるのだ。
いくら前向きに考えようとも好意など微塵も感じられない沖田の態度。いくら近藤のお気に入りでも、さすがに苛立つのが正直なところだ。
試衛館での稽古を終えた今もこうして、沖田と関わらないように道場の隅を陣取った。手ぬぐいで滴る汗を拭く。一息吐いたところで背中に視線を感じて振り返ると、苛立ちの原因が土方を見つめていた。
「……なんだよ」
その姿を認めた途端に訝しげに瞳を歪める。ここまでくれば最早、条件反射の域だった。
「なんでもないですけど」
「用が無ければ来るなと言ったのは、てめえだろうが」
それでも沖田は何かを言わんとして土方を見つめている。あの小生意気な沖田のことだ。きっとまた良くないことでも企んでいるのだろう。
「俺も暇じゃねえんだ。毎度てめえに付き合ってられねえよ」
沖田は唇を噛んで、ぐっと押し黙る。憂いのある緑色の瞳を揺らして引き返していった。
去り際の小さな背中を見て罪悪感で胸が痛んだが普段からやられっ放しなのだ。たまにはこのくらい言ってやっても構わないだろう。と、心の中で言い訳をした。
身支度を済ませて帰路に着こうとしたところで近藤と出会う。
「トシじゃないか。総司とは会わなかったのか?」
出会い頭で沖田のことを聞かれ口元が引きつる。先程の沖田の表情が浮かび小さく頭を振って追い払った。
「さっき会ってきたよ。あいつ俺の顔見りゃあ突っかかって来やがって。ちっとも可愛くねえ」
近藤は一度大きく目を丸めて、それからゆっくりと目尻に深い皺を刻んだ。
「俺はトシが羨ましいがな」
「はあ? なんでだよ」
「総司が子どもらしさを出すのもトシの前でだけだろう。俺にも少しくらい、ワガママを言ってほしいものだが」
あんなにも沖田から好意を示されているのに、そんな思いを抱いていたのは意外で土方は一瞬瞠目する。
「それじゃお互い無いものねだりじゃねえか」
はは、と声に出して二人で笑い合う。
他愛もない話が落ち着いたところで、「いつもすまないな、」と近藤が切り出した。
「あいつは家庭の事情もあって、人付き合いに関して少々不器用な面もある。総司も気に入った相手にどう接していいのか、分かりかねているのだろう」
「……いや、気に入られてねえだろ。あれは」
今までの沖田の態度を思い返すが、いくら考えようとも好意だとは感じられない。
「言葉よりも態度に出やすい子だ。本当に嫌いな相手とは関わろうとすらしない。……きっと、気の引き方を知らんのだろう。いくら腕が立つと言っても、まだ子どもだからな」
そう、子どもなのである。
年のわりに大人びた口調であったり、芯のある考え方をするが、まだ年端もいかない子どもなのだ。
沖田の事情を哀れもうとは思わない。今更、幼子のような扱いをする気も無い。だが、もう少し歩み寄ってもいいのではないかと、ほんの少しだけ考えを改める。
「そうだ、トシに伝えねばならんことがあったのだ」
何かを思い出した近藤かが口を開いた。
僅かな内容ではあったが聞き終えた土方は、途端にぐしゃりと顔を歪める。
「……チッ。あいつはなんで言わねえんだよ。悪い近藤さん。ちょっと行ってくる」
「ああ。行ってやってくれ。部屋にいるはずだ」
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