宝物 | ナノ


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最近また忙しさに取り紛れているのだろう、広間で土方の姿を見かける回数がめっきり減ってしまった。

朝夕の食事時にさえ、その姿を見ることは滅多にない。最近では時間を惜しんで、食事を運んでも手を付けずに返されてくることさえ珍しくもなかった。

多忙であればあるほど無理をする土方が、限界を越えてしまわないように。以前ならこんな時、無理やりにでも土方のところに押し掛けて、部屋の中から引きずり出していたのだけれど。

そこまで考えて、総司は軽く溜め息をつく。

今はそんなことをしなくても、自分などより余程上手く土方を気遣うことの出来るあの子がいる。

広間の入り口辺りでお膳を持つ男の格好をした女の子の姿を、総司は無意識に眺めていた。

「土方さんの分、持って行って来ますね」

そう言ってにこりと笑う千鶴。

こんな男ばかりの場所に居づらいだろうことは容易に想像できる。身の置き所のないような気持ちも味わっているはずだ。それでも千鶴は、健気にも自分の出来ることを探して一生懸命に頑張っている。

ただでさえ無愛想だと言うのに、忙しい時の土方ときたら、手が付けられないほどに素っ気ない。それでも心配だからと、お膳を運んで来てくれる彼女を誰が邪険に扱えるだろう。

自分の迷惑と紙一重の気遣いなど、土方にはもう必要ないのだ。

そのことを明るい笑顔を見せる彼女の姿に、ぼんやりと自覚する。

「千鶴ちゃん、お膳持って行くついでに土方さんのこと叱ってやってよ。心配かけるんじゃない! ってね」

「そ、そんな……土方さんを叱るなんて、無茶です」

首をぶんぶんと振りながら、困ったような顔をする。そんな千鶴の姿は素直に可愛いと思う。

「大丈夫だって。この仕事馬鹿! ぐらい言ってもいいから」

その言葉にまた、あたふたとしている千鶴を目の端に留めながら立ち上がった。

「なんだよ、総司もう食べねえのか? 全然減ってねえぞ」

横合いからかけられた平助の声に、「ちょっと食欲ないんだよね」と口元だけで笑う。

「食べてもいいよ」そう言い終えるや否や、いつものごとくその場で争奪戦が始まった。その様子に微かな笑みを落とし、背を向ける。

広間の入り口ですれ違いざま、「土方さんのことは、きみに任せたからね」と声をかける。ちくりと感じた痛みを無視したまま、焦る千鶴に笑いながら総司は広間を後にした。

もう自分が無理に土方の邪魔をして、休ませたりする必要なんてない。そう思うと気楽になるどころか、気は滅入る一方だ。

なんとなく屯所には居たくなくて、散歩がてらにぶらぶらと歩く。髪の毛をなぶる冷たい風に、逆らうように歩を進めた。

冬枯れの土手に寝転がると、視界一面が空になる。冬の空は、綺麗に晴れ渡っているのに、どうして物悲しく見えるのか。

夏よりも幾分か色素の抜けた青空を眺めれば、自分に穿たれた空洞の思いもかけぬ深淵に気づく。

突如湧き上がった寂しいという感情から、総司は目を背けた。見ないふりさえしていれば、この感情もいつかは去ってゆくだろう。無意識のうちに、痛みを堪えて眉を顰める。

何を為すべきなのか、何を見ていればいいのかは分かっている。この手は、剣を握るための手だと理解している。

総司は自分の節くれ立った手を見つめた。ごつごつと硬い手は、誰かを癒すためのものではない。

翳した手が瞼に影を落とした。

土方が隊務に忙殺されているのは、今に始まったことではない。しかも何事も他人任せには出来ない性格だ。当然のように、必要以上に仕事を抱え込むことになってしまう。

今の自分に出来ることはと言えば、せいぜい無理をし過ぎないよう土方の動向を見張っていることぐらいだ。

千鶴へと譲り渡してしまった場所が、意外にも自分にとっては大切なものだったらしい。

多忙を極める土方を休ませるためには何をすればいいのか。口で言っても聞かない上に頑固な土方相手だと、強引に邪魔をする以外の方法が自分には分からない。

その点千鶴ならば、自分とは違って土方の邪魔をせずに上手く休ませることが出来るだろう。

その事実が、忘れたはずの鈍い痛みを呼び覚ます。

「あーあ」

わざとのように息を吐き出し、総司は無意識に痛みに触れようとする手を握り締めた。

* * *

なんだか調子が調子が良くないようだと気づいたのは、我慢出来ないほどの、胃の腑の痛みに襲われてから。

息をするのも苦しいほどの激痛に耐え兼ねて膝を折ると、背後から「おい総司! 大丈夫か?!」と切羽詰まった声がかかる。

その声があまりに切迫していて、こんな時なのにおかしくて笑いそうになったのだが、実際には笑みを浮かべることさえ出来なかった。



「どうして、もっと早くおっしゃってくれないんですか?」

枕元に座る山崎の叱責の声に、総司は布団に横たわったまま口を開く。

先ほど苦い薬湯を無理やりに飲まされたせいで、痛みはましになったものの、機嫌の方は最悪だった。

「だって――」

「だって、ではありません」

「けど、痛いって認めたら本当に取り返しつかないぐらい痛くなるような気がするんだよね。我慢してたら、そのうち痛みも治まって、やっぱり気のせいだったんだなって思えるでしょ?」

「そういうおかしな我慢をするから、今こうしてつけが回ってきているんです。沖田さんはもっと自分の体を大切にすることを覚えてくれませんか?」

そうでないと、皆が迷惑です。ぴしりと言われて、総司はむっつりと黙り込んだ。

「では、俺はこれで。今日一日は、安静にしていて下さい」

総司が何事かを言い返す前に、山崎は障子の向こう側へと消えた。

その場の険悪な空気を変えるかのように、平助が声を張り上げる。

「け、けどよ、新八っつぁんがいて良かったよな。俺じゃ総司運べねえもん」

「おうよ、任せとけ。つっても、俺もまさか総司を横抱きにする日が来るとは思わなかったけどな」

あははと笑う二人に総司は、痛みだけのせいではなく苦い顔を向ける。

「それ、二度と言わないでくれるかな?」

「俺らが言わなくても、結構な数の隊士が見てたぜ」

その言葉に総司は思い切り眉を顰めて、溜め息をついた。

今頃、一番組組長が二番組組長に横抱きにされていたという噂で持ちきりだろう。それを考えると、憂鬱になる。

「あとさ、このこと土方さんにだけは言わないでよね」

そう言い終わるや否や、ぱーんと勢い良く障子の開く音がして、そこには土方が息を切らして立っていた。見上げれば、鬼副長の名に相応しい険しい形相。

「おい! 総司が倒れたってのは本当か?!」

「もう伝わっちまってたみてえだな」

「さすが土方さん、早耳だな」

囁き合う二人に土方は鋭い視線を向ける。

「新八、平助、ちょっと外してくれ」

「おいおい土方さん、総司は病人なんだぜ?叱るにしても、もうちょっと穏やかに――」

「分かってるよ。いいから、ちょっと外してくれ」

土方に真剣な目を向けられ、二人は心配そうな視線を残しながらも、言われるがまま立ち上がった。

その後ろ姿を見送った後、総司へと向き直り、土方が口を開く。

「一体、どういうことだよ? なんでこんなになるまで黙ってたんだ?」

自分の方が病人みたいな顔をしているくせに、まだ土方はこうして総司を心配するのだ。それを思うと、自分自身が情けなくなった。

「どういうことも何も、ちょっと調子が良くなかっただけですよ。すみませんね……組長が倒れたりして」

「俺は、そういいうことを言ってんじゃねえんだよ!」

予想以上に激した土方の顔を、痛みを堪えながら見上げる。

「じゃあ、何が言いたいんですか?」

「何を我慢してんだよ?」

「我慢なんて、してませんよ」

そう答えると、治まりかけていた痛みがぶり返す。

さっきの薬、全然効いてないな。なんのために、嫌な思いをして苦い薬を飲んだと思っているのだ。

痛みに眉を顰めたままの総司に、土方が視線を落とす。

「じゃあ、俺が部屋に篭ってたら、いっつも邪魔しに来るお前が、なんで来ねえんだよ?」

「はあ? ちゃんと千鶴ちゃんがお膳運んでるんだから、僕は必要ないでしょ?」

「馬鹿野郎! お前が俺を引きずり出さねえで他の誰が出来んだよ、そんなこと!」

「……何、それ? それって、そんなに威張って言うようなことですか?」

その子供じみた言い分に呆れながらも、少し胃の痛みが薄れてきたように感じる。

「うるせえんだよ! 俺を引きずり出すのはお前の役目だろうが! お前の代わりなんてのはな、誰にも出来ねえんだよ」

土方が赤くなりながらも、偉そうに口にしたその言葉に少し笑ってしまって。一度笑い出すと、その笑いが止まらなくなった。

大笑いしたら、なんだか痛みが徐々に治まってきた気がするから、不思議だ。ようやく止まった笑みの名残りを滲ませたまま、総司は大きく息をつく。

「ほんと、仕方のない人ですよね」

総司が笑っている間中、ずっと仏頂面をぶら下げていた土方が、その言葉に僅かに表情を和ませた。

「柄にもねえ遠慮してんじゃねえよ」

そう言われてみると、そうなのかなと思う。

「確かに、僕の柄じゃなかったかもしれないですね」

「つまんねえ遠慮なんかして、心配かけさせんな」

近づいてきた土方の手が、確かめるように総司の頬を滑る。目を閉じてその感触に身を委ねれば、いつになく安らぐ心。閉じた瞳をそのままに総司は口を開く。

「土方さん」

「なんだよ?」

「僕、風邪とかじゃないですから、うつりません。だから、つまんない遠慮しなくていいですよ?」

言い終えて見開いた視界の真ん中で土方は、溜め息を零していた。

「……早速かよ」

呆れたようにそう口にしながらも落とされた唇は優しくて、その久し振りの感触に、総司は土方の首筋に手を回す。

他の誰にも自分の代わりは出来ないのだという土方の言葉が、このどうしようもない痛みを癒してくれた。

* * *

「沖田さん!」

おろおろと自分がの名前を呼ぶ声に、総司は縁側から腰を上げる。立ち上がり、声のした方向へと足を向ける。

「何?どうしたの、千鶴ちゃん?」

尋ねると彼女は総司の姿を認めて安心したように、ほっと息をついた。

「土方さんが、またお部屋に籠られてしまって……お膳を運んでも、手を付けて頂けないんです」

「しょうがないなぁ、もう。いい加減、人に迷惑かけるの止めて欲しいんだけどな」

総司の言葉に千鶴がくすりと笑う。

「本当ですね」

「しょうがないから、行って来るよ」

「はい、お願いしますね」

土方の表情を崩すのも、部屋から引きずり出すのも、どうやら自分じゃないと出来ないらしいから。

「ひーじかたさん」

仕方なく、総司は笑顔で副長室の障子を開けたのだった。


〜END〜





白日の夢の瑞穂様からいただきました!

寂しさに向き合えない子、総司!!
まさにですよね!
もうこの切→甘感がたまりません!
不器用な総司が可愛すぎる)吐血

リクエスト通り…というか更に素敵な作品をいただいてしまいました……感動です。

瑞穂様、本当に本当にありがとうございました!!!!!




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