「そういえば、お前の名前だが…しばらくは総司だ。沖田総司…いや、土方総司か」
「え、総司?」
「そうだ。知り合いが新選組の沖田のファンだったらしいから、お前の名前も総司にしたらいいんじゃないかって思ったんだが…」
本当はそんな理由なんかじゃない。
自分とこの少年は、もっと深い部分で繋がっている事を自分以外は誰も知らない。
「…わかりました。じゃあ、総司でいいです」
「なら、決まりだな」
かくして、少年は総司として名前をつけられた。
「でも、僕…いいんでしょうか。ここにいて…」
「いいんだよ。記憶喪失なんだろ?それに…お前、行く宛てなんてなさそうだからな」
「………」
あんな夜中で、まるで逃げて来たと言わんばかりの姿を見れば、きっと路頭に迷っている事など一目瞭然。
怯えるようにガタガタ震える様子は、ひどい目にあって命からがら逃げてきたんだろう。
こんな総司を放っておくわけにはいかない。
――…守ってやりたい。
一人の人間として。
しばらく手元に置いておこう。
総司の身元引受人が来るまでの間、自分の義理の息子にでもして。
長いか短いかわからないが、少しでもこの総司を手元に置いておけるのなら、総司を助けてやれるのならそれに越したことはない。
「心配するな。お前がいいっていうならずっといていいんだ」
「土方さん…でも」
「いいって言っているだろ。お前一人くらい面倒見てやる」
土方の大きな手が、総司の頭を撫でる。
その眼差しもとても慈しみにあふれていた。
心からの優しさがにじみ出ていて、総司の心はほのかに温かくなる。
熱い物がこみあげてきそうになって、思わずふんばった。
まだ出会って間もないというのに、この人なら信じられる、自分を受け止めてくれるってそう思った。
その日から、総司と土方の共同生活はスタートした。
最初の一日目や二日目は、総司はどこかよそよそしかったが、時間が経つことによってそれは慣れていった。
「えーと、まず…野菜を切って…」
「何してんだ」
夜6時過ぎ、まだスーツ姿で帰宅したばかりの土方が、台所へやってきた。
総司がピーマンを切っている。
「夕食です。土方さん、いつも仕事夜遅くまで働いてるでしょう。今日は僕が料理作りますから」
「総司…あんまり慣れない事して無理するなよ」
土方はふっと嬉しそうに微笑む。
「見ててくださいよ、ちゃんと野菜炒め作って見せま…いたっ」
手元が狂い、包丁でさくっと指を切ってしまった。
「ほら…何やってんだ」
「うう…こんなの平気で」
苦笑いを浮かべて手を見ると、指先から血が流れる。
「かしてみな」
土方が総司の手を掴んで、顔の前に持ってくる。
そしてそのまま、血が出ている人差し指を口に含んだ。
「あ、ちょ…」
総司は呆気にとられた。
土方はなんの躊躇いもなく、流れ出る血を舐め、吸い取っていく。
それが妙に恥ずかしく感じて、総司はドキっとした。
「血が止まったら消毒して、絆創膏貼っておきゃあいいだろ」
「はい…でも、土方さん…いつも女の人にこんな事してるんですか?」
何気なく訊いた一言に、土方はらしくもなく動揺する。
「な…す、するわけないだろ。お前限定だ!」
「え…僕限定?」
「あ、いいんだよ!そんな事気にしなくても」
土方は顔を赤くしていた。
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