次に目を覚ますと、知らない白い天井が広がっている。
まだおぼろげな薄眼をこすり、ゆくり体を起こした。
八畳くらいの寝室に小さなベッドで眠っていたようで、キョロキョロと四方八方と見渡す。
机とイス、クローゼット、テーブル、ランプ等、最低限な家具が置いてあり、サイドテーブルには茶色い写真立て。
その写真立てに写っている顔は二人の男性。
剣道着を身につけた格好で、照れながら二人は笑顔を向けている。
一人は優しそうで威厳ありそうな顔立ちに、もう一人は役者かモデルの職に付けそうなほど整った綺麗な顔立ちの男。
二人とも、どこかで見た覚えがあるような二人組だ。
でも、見た覚えなんてないし、会った事もない。
…多分。
それしても、自分は誰なんだろう…。
「目が覚めたか」
そこへ、端正な顔立ちの黒髪の男が部屋に入ってきた。
写真立てに恥ずかしそうに写っていた男の一人だった。
「……あなたは…誰ですか?」
ぼんやりとした様子で訊いた。
「やはり…覚えてないのか…」
当然の反応だが、男は少し残念そうな顔を見せた。
「え?」
意味ありげな一言を聞いた気がする。
「いや、なんでもない。俺は土方だ。土方歳三」
「ひじ、かた…さん?」
「そうだ。昨日、雨の中で倒れてたお前を助けたのは俺だ」
「雨の中…」
思い出せない。
この人が言っているのだから、本当にそうなのかもしれない。
でも、自分にはなぜか記憶がない。
思い出そうとすれば、頭が痛くなる。
「で、お前は名前は…」
「…名前?」
考えてみた。
自分の名前を。
しかし、答えは出てこなかった。
「…僕は…誰なんでしょうか…」
少年は自分が誰が本当にわからない。
「誰、なんでしょうかって…お前、名前わからないのか?」
「…はい」
悲しそうに話す少年はこくりと頷く。
「記憶喪失…か?なら、昨日はどこにいて何をしていたかわかるか?」
「昨日…は……っ…ァ」
少年は動悸が苦しくなってきたように、呼吸を荒くする。
体を小刻みに震わせて、思い出そうとするのをまるで体が拒絶しているように、息苦しさがとまらない。
痛々しい姿に、土方は少年の手を握った。
「いや、いい。無理して思い出そうとするな」
こんな辛い様子を見せるという事は、きっとこの少年を恐怖に陥れる何かがあったんだろう。
少年の心を強くえぐるような何かが…。
無理して話す事により、心も脳も傷つけてはよくない。
記憶を失うほどだ。
相当な事があったに違いない。
「怪我…痛むか?」
話題を変え、手足の包帯やガーゼに目を移す。
「…いえ。なんでこんな傷だらけなのかわからないので…。でも、平気です」
ぎゅっと包帯が巻かれてあるもう片方の腕を握る。
「そうか。なら、しばらく休んでろ。今、食事作ってやるよ」
「あの…土方さん」
部屋から出て行こうとする土方を呼びとめた。
「どうして…僕によくしてくれるんですか?僕とあなたは赤の他人なのに…。助けてくれたし…」
今日会ったばかりで、しかも傷の手当てまでしてもらって、食事まで。
「愚問だな。そんなの人として当たり前の事をしただけだろ。お前が誰だろうとなんだろうと助けるのに理由なんてないからな。お前みたいな傷だらけの小さいガキなら…尚更だ」
「…土方さん…」
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