『総司…お前は悪い子だ。だから、もうお前が私から離れられぬように…数日前から薬を飲ませていたんだよ…』
『く…す…り…?』
『そうだよ。お前が私に従順になるようにね…記憶を忘れちゃう薬だ。すごいだろう』
『そ…んな…そんなの…いやだ』
やだ…やだ…忘れたくない。
両親のことも…姉さんのことも…あの人のことも…!
土方さんのことも…
いやだ…!
そこで、映像はぷつりと途切れた。
「そ…じ…総司!起きろって。おい」
「うっ…ん…」
遠くから聞こえる声に導かれて瞼を開けると、心配そうな顔の土方が自分を覗き込んでいる。
自分は汗びっしょりで、荒く息を吐いていて、どうやらひどくうなされていたようだ。
今のは夢だったんだろうか。
それとも、現実に起きた正夢…?
何にせよ、後味が悪いのだけは確かで、吐き気がする。
なんせ、夢の中の自分は土方のことも知っていた。
それに、知らない男のことをお父さんって……。
こんな夢ほど怖いものはない。
知らない男に犯されている。
おぞましかった。
「大丈夫か…怖い夢でもみたのか?」
「はい……そう、みたいです。なんだかよくわからない夢でした。知らない人が目の前にいて、その人をお父さんって…」
「………そう、か」
土方は少しさみしそうな顔をした。
「でも、あんな人…父親なんかじゃないです。たかが夢ですからね。今のお父さんは…土方さんだから。だから、もう考えない」
総司は土方に抱き着いた。
「…総司」
それをわが子のように抱き返し、小さな総司の背中を何度もさすった。
一晩中、総司が落ち着くまでずっと。
次の日、土方が仕事へ出て行ってから数時間後、総司も外に出ていた。
最近、自分から買い物も進んでするようになってから、近所のスーパーへやってくるのが日課だ。
今日は土日だから、一般の学校も休みということで誰も自分を不審に思わない。
平日なら、小学生である自分が一人スーパーにいる時点でおかしいし、見つかれば補導されることもある。
だから、学校に通っている時間帯は外にも出れなかった。
けど、今は堂々と街を歩ける。
今日の夕食は何を作ろうか。
総司は買い物鞄をぶんぶん振り回しながら、スーパーめがけて歩く。
「随分探したよ、総司」
「え」
そんな時、背後から声をかけられた。
ゆっくり振り返れば、見たことがあるような男の顔。
そう、夢の中で見た男の顔だった。
総司は思わず面食らう。
あれはただの夢じゃなかった…?
「そんな驚いた顔をしなくてもいいだろう?」
「あんたは…だれ…ですか」
総司は動揺を隠せない。
「はははは、薬がきいて何もかも忘れてしまったようだね。私のことも。なら、実験は成功だったわけだ。でも、お前が逃げ出したというのは誤算だったよ。本当にいけない子だ」
「…薬…?」
総司の顔がこわばる。
「警察沙汰にしたくなかったから、本当に自分だけでお前を探すのは苦労した。あまりにも見かけないものだから、野たれ死んでたんじゃないかってヒヤヒヤしていたんだよ?ああ、無事でよかった」
「………」
何を言っているのだろう、この人は。
一体だれなんだろう?
総司は話がついいけずにいるが、薄々読めてくるその意味にぞっとする。
やはり、昨日見た夢は正夢なんじゃないだろうかってことに。
じゃあ、自分は…この男に…
恐ろしい事実に気づき、急激に体が冷えていく。
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