「部屋を出たら右、部屋を出たら右、…階段は多分上りで………」
無事に部屋を抜け出して、廊下に寄りかかりながら階段に向かって歩く。
すると驚いたことに、階段から目指す人物が姿を現した。
「………はぁ、やっぱりな」
「土方さん!!!」
お前のやりそうなことなんか全部お見通しだという顔をして、土方さんが近づいてくる。
僕は脱力してドサッとその場にへたり込んだ。
「…………おい、やっぱり部屋には鍵をかけた方が良さそうだぞ、山崎」
土方さんが、階段の上を見上げて言うところをみると、多分後ろから山崎君がくっついて来てるんだろう。
「土方さん!僕、あなたに言いたいことがあって!僕、聞いたんです、組織があなたを……」
「分かったからそんなに叫ぶな。山崎から聞いた」
言いながら土方さんはつかつかと歩み寄ってきて、僕の目の前にしゃがみ込んだ。
「ったく、無茶するなよな。歩けねぇってのに」
「そんなことより!」
「分かった、話はゆっくり聞いてやるから、部屋に戻るぞ」
僕が渋々頷くと、土方さんは、あろうことか、僕を軽々と持ち上げてしまった。
ちょっと待ってよ。僕、土方さんより上背あるよね?しかも筋肉だってついてるのに!
「ちょっと!止めてくださいよ!歩けます!歩けますってば!」
片足に全く力が入らない所為で、思い切り暴れることもできない。
それでも懸命に体を捩っていると、ますます強く抱き込まれてしまった。
「土方さんってば!」
「ぎゃんぎゃんうるせぇなぁ。落っことされてぇのか?」
「はい!今すぐに落としてください!」
「嫌だ」
とりつく島もない土方さんに閉口して、肩越しに後ろを覗くと、しずしずとついてくる山崎君が目に留まった。
恐ろしく怖い顔でこちらを睨んでいるし、その手には、極太の荒縄が握られている。
もしかしなくても、僕が抵抗したらあれで縛るつもりだ。
僕は恥ずかしさも忘れて大人しくすることにした。
優しくベッドの上に下ろされた途端、全速力で布団をひっ被る。
「やれやれ。………山崎、ここはもう大丈夫だ。苦労をかけたな」
「いえ、これも仕事のうちですので」
土方さんと山崎君の会話が布団越しに聞こえ、山崎君が出て行く気配がした。
そこでようやく顔だけ突き出すと、土方さんは椅子を引き寄せて座ろうとしているところだった。
「何か欲しいもんはあるか?」
「は?」
「食いてぇもんとか、何かあったら言えよ」
「何それ」
もしかして、心配してくれてるわけ?
「土方さん、分かってます?僕、貴方の敵ですよ?」
「あぁ、知ってる。でも、"元"だろう?」
「……………何で、」
「ネットの、所謂闇サイトだな。どこら中で、沖田総司を見つけたら警察ではなく我々に引き渡せって、お前の仲間の連中が騒いでるぞ」
「……………」
「懸賞金も、警察よりはずむんだとよ。ずいぶんと、懐が肥えた組織らしいな」
ぐ、と答えに詰まる。
だって、あいつらはきっと、裏で権利者と癒着して、賄賂をたっぷり貰ってるんだ。
その権力者は、……土方さんという可能性だって無きにしもあらずだ。
「…………だからって、僕が土方さんの敵じゃなくなったとは限らないじゃないですか」
警戒心を剥き出しにして、土方さんを睨む。
「あなたが、組織に金を握らせてる可能性だってありますしね」
「………そうか、なるほどな。抵抗勢力が抵抗すべき相手と結びついてるってわけか」
「!」
マズい。余計なことを喋ってしまった。
「それであの時、お前が狙われたのか。お前は権力者たちにとっちゃ、脅威でしかねぇだろうからな」
淡々と他人事のように述べる土方さんに、苛立ちがどんどん募っていく。
「嫌だな、土方さんだってその一人じゃないですか」
「……お前に、俺が怯えるのか?」
「いつ僕に殺されても、おかしくないんですからね」
「俺に、命の危険をわざわざ知らせにきた奴が、俺を殺すのか?」
「………そ、それは、っ…油断させるためってことも、あるじゃないですか…」
「は………まぁ、そういうことにしてやってもいいけどな」
僕は思い切り土方さんを睨み付けると、寝返りを打って彼に背を向けた。
土方さんと話していると、どうにも調子が狂う。
「ていうか、何で命が危ないって分かってて、そんなに落ち着いていられるんですか」
「……そんなの、今更だからな」
「今更?」
僕は憮然として振り返った。
「俺は、いつ殺されたっておかしくねぇ立場だ。先代だって暗殺されて亡くなったわけだし、いつだってそういうリスクを背負って生きてきた」
淡々と言葉を紡ぐ土方さんに、何と言えばいいのか分からない。
確かに、暗殺されるかも、なんて今更だよね。土方さんにとっては。
いくら金持ちで、何一つ不自由ない生活を送っていても、毎日命の心配をしなきゃならないなんて、それはそれで不幸な身分だ。
何だかここまでわざわざ知らせに来たのが無駄足だったような気がして、僕はあんなに必死になった自分が馬鹿らしくなった。
そもそも何で、土方さんのためにこんなにしてあげているのか、自分が分からない。
別に、好きな訳でもないのに。
………………………好き?
「まぁでも、ありがとよ。正直驚いたな。まさか、そんな理由でお前が戻ってくるとは思わなかった」
話し続ける土方さんの整った横顔を、布団に隠れてこっそり盗み見る。
いやいや。
好きなんて。僕馬鹿なの?
「べ、別に…………」
しどろもどろになって、視線をさまよわせる。
「……そ、それより、御当主様は忙しいんだから、早く執務に戻ったらどうですか?」
自分を誤魔化すように問いかければ、土方さんはふんと鼻を鳴らした。
「今の俺の執務は、お前と話をすることだ」
「…………話すことなんてないですよ」
「俺はある」
どっしりと座り込んで、どうやら長居するらしい土方さんに、僕は深々とため息を吐く。
「………何ですか?僕がどうして撃たれて戻ってきたのか聞きたいんですか?それとも、何でわざわざ土方さんに危険を知らせに来たのか聞きたいんですか?」
土方さんは、暫く意味深長な沈黙を守っていた。
が、やがてポケットからあるものを取り出して口を開く。
「これは、お前のか?」
見覚えのある、シルバーに光るペンダント。
それが、土方さんの手からぶら下がって、ゆらゆらと揺れている。
「……何でっ!!」
驚いて首元を確かめると、いつの間にかペンダントが消えていた。
となると、土方さんの手にあるあれは紛れもなく僕のだ。
そういえば、死ぬ覚悟をした時に、首から外して手に握りしめたかもしれない。
それを斎藤君あたりが土方さんに預けたのか。
僕は取り返そうと、慌てて身を乗り出した。
が、土方さんにさっと避けられてしまう。
「返してください!」
「…………お前のみてぇだな」
「返してっ!」
僕は必死に手を伸ばすが、土方さんは返す気がないのか、巧みにかわしてしまう。
「そんなに大事なのか?こんな、古びた…」
あんまりなその言い方に、僕は思わずかっとなって、土方さんに掴みかかった。
「返せって言ってるでしょ!!」
土方さんが狼狽えたところでペンダントを奪い返し、急いで首にかけようとする。
が、静かに紡がれた土方さんの言葉に、思わずそれを取り落とした。
「――俺、その持ち主を知ってるぜ」
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