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「沖田、ずいぶんとおイタがすぎるじゃないか。ここまでお前を育ててやった俺たちを裏切って、今までどこに雲隠れしていた。言ってみろ」

「先に裏切ったのはあんたたちじゃないかっ!僕のこと、殺そうとしたくせに!」

「はっ、…言いがかりはよしてくれ」

「言いがかりなんかじゃない!あのテロの日、僕に細工したライフルを渡しただろ!」

「さぁ、何のことだかな」


…相手はあくまでもしらを切るつもりらしい。


「なら、今朝のは何?僕を狙撃手に狙わせたでしょ!」

「さぁ、それも俺には……」

「知らないとは言わせねぇぞ!俺は知ってるんだからな!」


不意に隣で、井吹君が大声を上げた。

はぁ、とため息が出る。

余計なこと言っちゃって。黙っていれば助かったかもしれないのに。

ほんと馬鹿だよ。


「貴様……」

「………いいよ、しらばっくれなくて。あんたたちが僕を殺そうとしてることくらい、もうバレバレだから。まぁ、元から隠すつもりもなかったんだろうけど」

「ふん……ずいぶんと生意気な口をきくようになったな」

「…ねぇ、理由を教えてくれない?何で僕を殺す必要があるの?」

「……殺すつもりはないと言ったら?お前は組織に戻るのか?」


リーダーの言葉に僕は瞠目する。


「戻ってどうすると言うのさ。僕のこと飼い殺しにするか、捨て駒にするか、どっちにしろ早いうちに殺すくせに」

「………もう戻らない気か?」

「みすみす殺されに戻るなんて、バカみたいじゃないか」

「そうか………残念だ」

「僕を殺せなくて?」


挑発するように言うと、隣で井吹君が焦ったように僕の名前を呼んだ。


「お、沖田っ!」

「僕、言ったでしょ。何で僕を殺すのか、教えてほしいって」


時間を稼ぎながら、この絶望的な状況から逃れる方法を考える。


「僕は、所詮ただの人殺しだ。世の中のため市民のため、なんて大義名分を掲げてはいるけど、そんなのただの言い訳にすぎない。例え相手が悪徳政治家だったとしても、僕が殺人を犯してきたことに変わりはない」

「…………何が言いたい」


リーダーは油断なく、銃を構えて僕を狙っている。

その後ろには、見たことのある顔ばかり、数名の手下が並んで、僕だけでなく井吹君にまで銃口を向けている。

恐らく、背を向けた途端に撃たれるだろう。


「だから、さ……僕はあんたたちにとっては、最初っから使い捨ての殺人兵器でしかなかったってことでしょ?で、何でだかは分かんないけど、もう僕がいらなくなったから、殺そうとしてるんでしょ?」

「ふん………大胆な推理だな」

「は、はぐらかしてないで、早く言いなよ。何で僕を殺そうとしてるの?僕なんか殺したって、何のメリットもないよ?」


じりじりと後ずさりながら、リーダーを睨みつける。


「別に、……殺そうとしているわけではない。これからの活動には、お前が必要だ」

「は……?」

「ただ、もうお前のその殺人の才能は不要だがな。我々は、お前の存在を切り札にしたいだけだ」


僕は慌てて井吹君を見た。


「何で?君が暗殺計画って言ったんだよ?」

「し、知らねえよ!俺は確かに聞いたんだから!生け捕りにして、絶対逃がすなって……」


…どうやら、リーダーの真意は他にあるらしい。

井吹君も知らなかった何かが、水面下で進行している。


「ふん……貴様、いつの間に盗み聞きしたのだ」

「うげっ……そ、れは……」

「まぁいい。雑用係には用はない。連れて帰って煮たり焼いたり好きにしてやる」

「ちょっと!井吹君にまで手を出すことはないでしょ!」


僕は焦って、井吹君を庇うように立ちはだかった。


「井吹君を撃たないでよ!あんたたちが用があるのは僕の方でしょ!?」


僕だって、こんな雑用係に用なんかない。

だけど、わざわざ僕を探しにきてくれた、その恩には報いたいと思う。


「ほう……その代わりに、お前は何をする?」


抜け目なく交換条件を突きつけてくるリーダーに、僕はごくんと生唾を飲み込んだ。


「………何でも言うこと聞くよ。僕のことを生け捕りにしたいなら、どうぞ、ご勝手に」

「沖田っ!」

「井吹君は黙ってて!!」


僕の剣幕に、井吹君も、組織の者たちまでもが口を噤む。


「…………いいだろう。連れて行け」


リーダーは満足そうな笑みを浮かべて、部下に指示を出した。

皆が一斉に銃をしまい、僕たちの方に歩み寄ってくる。


「沖田っ!一体どういうつもりだよ!」

「いいんだよ…僕はもう……」


どうなってもいい、と言いかけて、あまりにも悔しそうな顔をする井吹君に気圧され、何も言えなくなってしまった。


「ふざけんなよっ!!お前、俺がどんな思いでここまで来たと思ってるんだよ!」


もう、井吹君に構ってはいられない。

努力を無駄にするようで申し訳ないけど、こうする以外、今この場を切り抜ける方法なんてないだろう。

僕は降参するように、リーダーに両手を差し出した。

その手をリーダーが掴み、「こいつは俺が連れて行く」と一言告げる。

すると部下たちは井吹君を乱暴に追い立てて、アジトの方へと歩き出した。


「……お前、この服はどうしたんだ」


途中で、リーダーが気付いて言う。


「………土方にもらった」

「土方だと?」

「……僕、別に逃げてたわけじゃないし。土方家の領地に侵入して、何かしら弱味を握れないかって、それなりに頑張ってたんだ」


逃げたなんて言ったら、命の保証はない。

そう判断して、咄嗟に半分事実の混ざった嘘を告げた。

今となっては、土方さんが敵だったのかも味方だったのかも分からない。

確かに最初は殺してもいいくらいの気持ちでいたけど、実際に会ってみたら、そんなに悪い奴じゃなかったってところかな。

弱味なんか握って、どうするつもりだったんだろう、僕。


「弱味、か………」


リーダーは面白そうに笑みを浮かべる。


「なに、何か変?」

「いや………よりにもよって土方家とはな。お前も随分なところに忍び込んだものだ」

「………?」


何か含みのある言い方に、もしかしたら、次に殺すのは土方さんなのかもしれないと予想する。

もし、殺せと言われたら。

もしくは、陥れるための切り札になれと言われたら。

僕は、その任務を遂行できるだろうか。











「………で、また牢屋なわけ」


アジトに連れ戻されてからすぐに、僕は独房へとぶち込まれた。

今までは僕がこの牢屋を見張る側だったのに、まさか中に入ることになるとはね。

やっぱり組織はもう、僕のことを仲間だと思っていないのだと確信する。

ここ数週間で、牢屋に出たり入ったり。

これじゃあ本当に、誰が敵だったのか分からない。

今度はベッドすらない独房の中、最初はどうやって逃げ出そうかとうろついていたけれど、今は疲れて床に寝転がっている。

金属製の扉、鉄格子の填められた窓、食事を出し入れするための小さな穴、石の床。

まぁ、逃げ出すことは不可能だろう。


「……ねぇねぇ」


僕は食事用の穴から顔だけ突き出して、外の見張りに声をかけた。

…一人。

なんだ、随分甘く見られたもんだ。

僕が、こいつを殴ってでも脱獄するとか、考えなかったのかな。

……でも、それも無理か。


「なんだ、沖田」

「あれ、名前知ってるの」

「……ここにはお前を知らない奴はいない。みんな、お前の存在に期待してる」

「…………」


勝手に重宝されているのが、気持ち悪い。

今まではどんなに成果を上げたって、誰一人褒めやしなかったくせに。


「ねぇ、僕の何がそんなに重要なの?僕、役に立とうと思ってここまで来たのにさ、いきなり牢屋に閉じ込められて、事情も聞かせてもらえないなんて酷くない?」

「仕方ないだろう。リーダーがそういう方針なんだから」

「ねぇ、……僕はもう仲間じゃないの…?」


上目遣いを心掛けて見張りを見つめると、そいつはウッとつまりながら、困ったように頭を掻いた。


「お、俺は知らねぇよ。と、とにかく、リーダーを呼んできてやるから。そしたら、善処してもらえ」

「うん。ありがと」


去っていく見張り番に、僕はニッコリ笑って見せた。

身体を使って、敵を誑かしたことだって少なくない。

ハメ殺しにしたことだってある。

使えるものは、何だって使う。

今はとにかく………理由が知りたい。

僕が必要な、その訳を。


「……どうだ、牢屋に入れられる気分は」


やがて、リーダーがやってきた。

僕は再び穴から顔を突き出して、外の様子を伺う。

なんだ、見張り番まで戻ってきちゃったのか。残念。


「別に、何とも。ただ、好きなものが食べられないからちょっと嫌かな…」

「は、好きなものだと?笑わせるな」

「それ以外は、なかなか快適ですよ?雨露は凌げるしね」


ケロリとして言ってやると、リーダーは鼻を鳴らして嫌そうな顔をした。

そんな顔されてもね。

僕をこう育てたのはあんたたちなんだから。


「……それはそうと、何故俺を呼びつけた」

「そんなの決まってるでしょ。僕の任務を教えてもらうためだよ。僕はこんなところに入るために、ここに戻って来たんじゃない」


睨むようにリーダーを見る。

リーダーは少し考えた後で、また薄ら笑いを浮かべながら、僕に言った。


「任務内容、か。………そんなに知りたいのなら教えてやろう。お前の任務は、生きて、無傷でここにいることだ」

「なっ……!!!」


怒りの余り、ガシャンと派手な音を鳴らして、扉に体当たりする。


「始めに言っただろう。お前の戦闘能力はもういらないってな」

「だからって!何で牢屋に入る必要があるのさ!!」

「お前が逃げないように……もしくは、お前が攫われないように、だ」

「攫われる……?」

「お前には、次の計画実行日まで、ここで大人しくしていてもらう」

「ちょっと待ってよ。何それ、訳わかんない。今まで僕のこと散々こき使ってたくせに、何で今度はこんなご丁寧に保護するわけ?」

「今度の計画は、何としてでも成功させたいからな。お前はそのためには欠かせない手段だ」

「今度の計画って一体何なの?!そもそもさ、革命やテロっていうのは、抵抗勢力が一丸となって初めて成功するものでしょ?こんな、誰が敵で誰が味方かも分からないような裏切りだらけのチームじゃ、今の政府なんか倒せるわけない!それどころか、権力者一人殺せないよ!」

「は、……随分生意気な口をきくじゃないか」

「あんたたちなんかに任せてたら、世の中酷くなる一方かもね。お金で動く奴らが起こした革命なんか、好転するとは思えない!そんな計画、上手くいくわけがない!」


激昂する僕を、リーダーは穴の向こうから黙って見つめていた。


「ふん、自分が今までしてきたことの責任から、逃れたくなったのか?」

「違う!……ただ、こんなの間違ってるって言ってるんだよ!今度は誰を殺すつもりなわけ?」

「………考えてみろ。この地域で、今一番力があるやつは誰なのか。今まで手を出すに出せなくて、苦労してきた相手は誰だ?」

「!!………まさか、…」

「そんなの、土方歳三以外にいるわけがないよな?」


そう言い捨てて去って行ったリーダーの言葉に、僕はしばらく動くことができなかった。

――――土方さんを、殺す?




*maetoptsugi#




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