朝、何度擦っても閉じそうになる目をなんとか開き、いつものように部屋を出てリビングへ向かった。

カウンターから、心地の良い包丁の音が聞こえ、名前の顔が見られる。


「はよっ」
「おはよ、エース」


癒される笑顔を見せてくれて、今日も一日頑張るかという気持ちになれる。

…だが今日は、いつもとは少し違った。


ガシャンッ!


「大丈夫かっ!?」
「う、うん。あー、落としちゃった」


どうやら鍋を倒したらしい。急いでキッチンに入れば名前が落とした食材を拾っていて、火を点ける前で良かったと安心しつつおれも手伝った。


「ありがとうエース。洗わなきゃね」


そう言って鍋を持ち上げた名前の身体が一瞬ふらついた。
慌ててその身体を支えるとごめんと言う。


「大丈夫か?しんどいのか?」


額に手を当てて確認すると、少し熱い気がした。


「ちょっと頭がボーッとするだけ。今日は講義ないし、お弁当と朝ご飯作ったらちょっと寝るね」
「いや、今寝ろ」
「え!?」


ちょっと!と抵抗する名前を担ぎ上げ部屋に連れて行きベッドに寝かせた。
それでも名前は起き上がり、おれを睨み付けて抵抗した。


「大丈夫だってば!」
「じゃあ熱計れよ」
「……」


ほら、やっぱり自覚あるんじゃねぇか。絶対熱あるだろ。


「はぁっ、辛いんならちゃんと言えよ、お前が無理してもおれら嬉しくねぇぞ」


手を伸ばして髪をくしゃりと撫でてやると下を向いて俯いた。


「でも…、わたしが作らないでお弁当どうするの」
「昼飯代渡せばいいだろ」
「朝ご飯は?ルフィ、朝からたくさん食べるよ」
「……おれが作る」


そう言うと数秒間が空いた。


「むっ、無理だよー!」
「無理とはなんだ!朝から鍋ひっくり返すやつよりましだろ!?」
「それはそうだけど、エース料理できるの?」
「やったことはあるぜ!」
「調理実習だけでしょー」


むすっと顔を膨らませる名前はなんとかしておれを振り切り飯を作りたいらしい、でもおれだってそうはさせるかとベッドの前に立ちはだかった。

そうなると、先に折れたのは名前だった。


「もう、わかった。寝るから、寝ればいいんでしょー」
「おう、わかればいいんだ」
「ルフィには謝っておいて、お金は引き出しにあるからね。それから…」
「わかってるって!大丈夫だから寝ろ!」
「う、うん…」


心配そうにおれを見つめながらもちゃんと布団に入ってくれた名前に一安心し、部屋の扉へ向かった。


「ねぇ…」
「ん?」
「ほんっとに大丈夫?」
「大丈夫だって」


確認するように言う名前に笑ってそう言ってやると、呆れたように微笑んで頷いてくれた。

















「おれ名前の飯がいい〜!!」
「わがまま言うんじゃねぇ!」
「名前〜!!めしー!!」
「おいこら!」


名前の部屋へ向かおうとするのを引き留めるとさらに暴れるルフィ。


「名前は熱があんだぞ!死んじまってもいいのか!」


そう言うとピタと動きを止めたルフィ。やっとわかったか、とおれも安堵の息を溢すと、ルフィの目は涙で溢れていて、おれはギョッとする。


「名前…、死んじまうのか……?」
「え、いや…」
「うっ、うわぁーーん!名前ーー!!!」
「お、おいっ!静かにしろって!」


んなでっけぇ声で喚いたら名前が起きちまうじゃねぇか!!
そう言ってもわんわんうるさいので、さっさと昼飯代を持たせ、世話のかかる弟を迎えに来てくれた仲間たちに託した。

それから名前の部屋を覗くと、規則的な寝息が聞こえてとりあえず安心する。




「さて…と」


自分でもため息が出るほどキッチンを荒らしてしまった。
やべぇよなこれ…。
鍋を倒す程度じゃ済まなかったおれの料理の腕。玉子焼きは黒くなるし、味噌汁焦がすし。ある意味奇跡が起きてんじゃねぇかとさえ思う。

名前の飯も作りたかったんだけどなぁ。時計を確認すればもう家を出なければならない時間で、片付けて作る余裕がない。


「……よし」


ポケットから携帯電話を取り出し、自分の担任の電話番号を引っ張りだした。


プルルルルルル……


《あ?》


第一声がこのドスの効かせたものとは職業を疑うが、こいつは紛れもなくおれの担任教師であるスモーカーだ。


「あー、スモーカー?おれ今日休むわ」
《おい…、今学期のてめぇの遅刻・欠席の数知ってるか?またサボりなんて言いやがったら、追いかけて無理矢理にでも連れてくるぞ》
「いや、体調不良だ!発熱だ!」
《あ?その割には元気そうだが、何度だ》
「50度だ!」
《てめぇ…!》
「ま、そういうことだから!」


死んでるじゃねぇか!とかなんとか聞こえたがすぐに切ってやった。
よし、これで心置きなく名前の飯が作れる。








コンコン


いつもなら絶対にしないノックをした。
返事は返ってこなかったが、ドアノブに手を掛け扉を開いた。


「…まだ寝てんのか」


名前はまだベッドに横になったまま。そっと額に手を触れると、やっぱりさっきと同じで少し熱かった。
そこで頭を持ち上げ持ってきた氷枕を入れてやる。


「エース…」
「起きたか」
「…うん」
「飯、食えるか?」
「作ってくれたの?」
「おう」
「ありがとう」


名前を起こして、さっき作ったたまご粥を器に入れる。名前はボーッとおれの動きを見ていた。


「…エース」
「ん?」
「なんか…、大っきくなったね」
「急にどうしたんだよ?」
「まさかエースに看病される日がくるなんて、思ってなかったから…」


まぁ確かに、うちの家族はみんな身体が強い。姉も例外ではなく、クラスの半分がインフルエンザにかかった時もピンピンしていたし、風邪なんてのも滅多に引かなかった。
だからこんなに弱々しい名前を見たのは初めてかもしれない。


「ま、たまには甘えろってことだな。ほら食え」
「う、うん」


スプーンでたまご粥を掬い、息を吹きかけて軽く冷ましてから名前の口元にもっていってやる。
嫌がるかも、とかいう心配は杞憂だったようで、すんなりと口を開いてくれた。


「おいしいね…」
「ほんとか!」
「うん、エースがこんなに上手だなんて思わなかった」
「へへっ」


まぁこのたまご粥の完成までには数々の試練があったんだが、名前には言わねぇ。キッチンもなんとか片付けたし、洗濯もほした、とりあえずいつも名前がやってくれている家事は終わったと思う。


「あれ?エース、学校は?」
「あぁ、休んだ」
「休んだの!?」
「おぅ!」
「そこまでしてくれなくても良かったのに…」
「いいじゃねぇか、それに今回はちゃんとスモーカーに連絡したから大丈夫だ!」
「ほんとかなぁ……」









その後、中学校から連絡があり、なんとあのルフィが体調不良で帰宅した。
しかも顔面が涙でぐっちゃぐちゃ。すぐに名前の部屋に飛び込み、名前に抱きついた。


「名前ーーーー!!!おで、朝飯食っでねぇし!名前が死ぬって言われて!!おれ名前死んでほじくねぇがらー!!」
「う、うん、わたしは大丈夫だよ、死なないよルフィ」


名前は、面白そうに笑いながら、泣き叫ぶルフィの頭を優しい手つきで撫でていた。


ちょっと、羨ましい……。


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