「名前、悪いがゆっくりはしてられねぇ。すぐ脱出するぞ」


ひとしきり泣いて、涙を乾かしたわたしに、エースくんは真剣な表情でそう言った。いまだに瞼が熱を持っているけれど、それを冷ます時間なんてあるわけない。エースくんは変装までして潜入してきてくれたのだ。額には汗が浮かんで、息切れもしている。きっとわたしのためにこの基地内を走り回ってくれていたんだろう。エースくんがリスクを冒してきてくれたのに、それをここで無駄にするわけにはいかない。わたしは力強く頷いた。

今は深夜のようで、一番警備が手薄になる時間らしい。だからエースくんもここに来れたと。そして、白ひげ海賊団の襲撃を恐れているのか海側への見張りは強化されているらしい。エースくんの脱出計画は、その逆をついて、基地の裏側、つまり山側へ脱出しようというものだった。エースくんのストライカーは島の裏側に隠してあるようで、それに乗って次の島へ行く。そこでモビーディック号と落ち合おうというわけだ。


「まぁ…、問題は山越えだな、おれは一人だったから半日もかからずここへ来れたけど、名前の体力も考えると一日はかかるかもしれねぇ」
「大丈夫!山越えなら子どものころにたくさんしたから…!!」


わたしが力強く言い切ると、エースくんは一瞬驚いたような表情をしたけれど、そうだったな。と表情を緩めた。大丈夫と言ったものの、山登りなんて何年もしていない、当時も3人に置いていかれていたというのに。エースくんが来てくれたことで、今のわたしはなんでもできてしまうような気がしていたのだ。


「よし、行くか」
「うん…!」


立ち上がったエースくんについて立ち上がる…つもりが、盛大にふらついた。長時間座って過ごしていたのが足が驚いたのかもしれない。「おい…!」と言うエースくんの胸に倒れ込み、咄嗟にその逞しい腕で支えてくれて、倒れずには済んだ。


「ごめんっ…、でも大丈夫…!」
「無理はするなよ」
「うん」


数回足踏みをして、しっかりと地面を捉える。よし、もう大丈夫そうだ。最終確認のように顔を覗き込まれ、頷いて返事をした。エースくんに手を引かれ、その格子の扉をくぐり、私は数日ぶりに牢から出ることができた。

少し長い通路を歩き、重そうな鉄の扉を開いてそこを通る。その扉のすぐ横に二人の海兵が倒れていた。入る時にエースくんがやったのだろう。


「気をつけろよ」
「うん…」


エースくんはその二人を避けて、慣れたように通路を歩いていく。エースくんの言う通り、手薄な時間帯だからか、しばらく人に会うことはなかった。そして、ある扉の前で立ち止まった。その扉の小窓からみるにその先は外。


「こっからだな…」


さすがに外に出れば基地の周辺を警備する海兵がいるはず、エースくんは覚悟したように扉を開いた。ギィ…。といかにも重そうなその扉を開けば月明かりがやけに眩しく感じた。

外に、出られた…。

そんな思いが頭を駆け巡るが、そのような感動に浸れる時間はない。わたしは引かれるがままエースくんの後を追う。広場を抜けて目指すは基地の裏側。その時、けたたましい警報音が響き渡った。


「くそっ!」


おそらく、エースくんが倒した見張りの海兵が目を覚ましたのだろう。大きな警報音に基地全体が騒がしくなったのがわかった。きっと基地中の海兵たちが集まってくる。見つかる前になんとか柵を越えたい。わたしもエースくんも同じ考えで、繋がっていた手をぎゅっと力強く握られて少しスピードが早まった。

「わっ」

その時、突然視界が真っ白になり思わず目を細める。眩しい光がわたし達を照らしていた。見張り台から「いたぞ!」と海兵が大きく叫ぶ。チッとエースくんの舌打ちが聞こえた。


「火銃!!」


エースくんが手を構え、指先から火の玉が飛び出す。パリンッ!と音がして、照らしていた光が消えた。突然の暗転に目が慣れないながらエースくんを見ると、エースくんは自身の手を見つめて首を傾げていた。


「どうかした?」
「ん?あぁ…いや、なんでもねぇ」


その様子を不思議に思いつつもまた走り出したエースくんについて行く。基地の裏側に回ると、基地全体を囲う柵が見えてきた。


「いたぞー!!」
「逃がすなーー!!」


と、後ろから声がして見ると、何十人という海兵がわたし達に向かって走ってきていた。あまりの人数の多さに心臓がバクバクと速くなる。ここで捕まってしまっては終わりだ。エースくんもその人数の多さに眉を寄せ、舌打ちをした。


ザッ…!!


エースくんが足を止めて向かってくる海兵たちを睨みつける。


「炎上網ッ………!!!」


エースくんが大きく手を振って、目の前に大きな炎の壁ができ、海兵たちの姿が見えなくなった。


「はぁ…はっ……行くぞっ…!」


すぐに手を取られ走り出す、するとすぐに柵の一部に穴が開いている箇所が見えてきた。入る時にエースくんが開けておいた穴だそうだ。そこを潜れば裏の森に繋がっていた。


「待て火拳!!」


柵を潜ってすぐに3人の海兵が待ち構えていて、それぞれが銃や刀を構えている。さすがに基地の外側にも警備は配置されていた。先ほどよりも人数は少ないにしても進行方向に立ち塞がる3人を見てこめかみに汗が伝った。


「くっそ…」
「すぐに戻れ!!」
「んなわけにはいかねぇ!」
「こちらも、逃がすわけにはいかない!」


バァン!と音がして、発砲したのだとわかるのも束の間、エースくんに手を引かれ、背側に庇われる。


「いッ…!!」
「エースくん…!!?」


音のすぐ後にエースくんの肩から血が流れ出るのが見える。赤い血が腕を伝って、ぽたりと地面に落ちた。その光景に頭の中が混乱する。どうして。自然系のエースくんに銃が効くの…!?驚くわたし同様、エースくん自身もよくわかっていないようで、痛みに耐えるように腕を押さえた。



「エースくん!!」


思わず叫んで、その腕をみようとすれば、手で制された。わたしの動きが止まったのを確認して、エースくんは目を閉じて大きく息を吐くと、右手にぐっと力を込めた。エースくんの手が炎に包まれる。


「火拳ッ!!!」


「「うわぁぁっ!!」」


大きな炎の拳に、前に立ちはだかっていた3人が吹き飛ばされていった。


「はっ…、大したことねぇやつらだな…。はぁっ…」


心配で腕に触れ見つめれば、ふっ。と口角を上げて返された。


「傷が…」
「これは後でいいから、他のやつが来る前に行くぞ」


心配するわたしを他所にエースくんはわたしの手を掴み、森の中へ入った。

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