陽が沈んで随分経ったころ。
夕食の時間はとっくに過ぎ、もう間もなく皆が寝静まる頃。

食堂に人の姿はまばらだが、名前の姿は見られない。
彼女が行きそうな場所はやはり操舵室か。

名前には不寝番はさせていない。
この時間なら残ってしないといけないこともないだろうが、真面目な名前は毎日のように一日の終わりにも船員たちに挨拶に来ているらしい。

もう一度食堂に名前がいないことを振り返って確認し、操舵室へ向かった。

今日の昼間やけにぼーっとしていた。
気分転換に連れ出してみればいつものように笑顔を見せていたが。
ナースから話を聞いたこともあり、気になった。一人で抱えていないか。

操舵室に入れば、そこにいたのは不寝番と数人だけ、いつもの騒がしさはない。
そのうちそれぞれの部屋に戻っていくのだろう。


「寝ちまったか」
「体壊さねぇ程度には休ませてたとはいえ、頑張ってくれてたもんな」



そんな声がして視線を向けると、テーブルに腕を乗せその上に頭を乗せて眠る名前と、その肩にブランケットをかけようとする隊員がいた。

自然と足がそちらへ向かう。



「マルコ隊長」
「寝てるのか」
「あぁ、ここんとこ頑張ってくれてたからな」
「きっと疲れが溜まってたんだ」
「そうか…」



隊員達にも上手く馴染めているようで、皆名前の話をよくする。
航海の知識も豊富だが、周りをよく見ていて、気が利く。
忙しさでピリピリしがちな操舵室が彼女の持つ空気感で柔らかくなっていると。

近づけばスースーと寝息が聞こえ、その穏やかな表情に、自然と頬が緩んだ。
何より、この空間に安心してくれているのだと伝わってきて、嬉しい気分になる。

手を伸ばして指でその頬に触れる。
僅かに瞼が震えたが起きる気配はない。


そこでこの子が身につけている服が目に入り、静かに固唾を飲んだ。



「じゃマルコ隊長、名前のことは頼むぜ」
「あぁ、お前らもご苦労だったな」
「いやぁ、なんてことないさ」


じゃな。と扉へ向かう船員に片手を上げたあと、また名前を見る。

ナースの話を思い出し、今は髪で隠れているうなじ辺りに視線を滑らせる。


本当にあるのかよい…、噛み跡なんてもんが…。

信じていないわけじゃないが。本当なのかは確かめておきたい。


片手を伸ばす。
名前が起きていないことを確認して、少しゆっくりとした動作で髪をずらす。


さらりと髪を横に流せば、首元を覆うタートルネックが姿を見せた。
この暑い気候が続いてるのにこの服。
ここまではナースの言っていた通りだとため息を吐いた。
今度はその服に手を伸ばして少しだけ下にずらした。



「ん……」



名前が身じろいで慌てて手を離す。
しかし、くっきりと付けられた歯型とうっ血痕は一瞬でも目に焼きついた。

何の見間違いでもなく、明らかに誰かが噛んだ痕だった。
それに、あのうっ血痕、少し捲っただけでも数カ所に見えた。
この様子だときっと身体中につけられてるんだろう。



「はっ…」



白い肌を赤く染めてしまいそうな程に思いの籠ったそれに狂気すら感じる。

どれだけ重い愛だ。
感心すると同時に沸々となんとも言えない感情が沸いてくる。

エースが名前を思ってることはデュースの話からも十分理解できる。

だが、気持ちも伝えず、こんな中途半端なことをいつまで続ける気なんだ。
拒否できない名前に手を出して、痕までつけて。


名前は変わらず眠りに落ちたまま。
その表情は穏やか。だが…。


エースを拒否することも、誰かに話すこともできないまま、ただ、この痕を隠すことしかできなかったんだ。

髪を戻してその頭に手を滑らせる。
気にかけていたつもりだったのに、気づけなかった。

なんでも相談しろとは言ったが、流石にそんなことを話せるわけはねぇよな。


「名前、部屋行くよい」
「ん…」


優しく、なるべく彼女の睡眠を邪魔しないよう声をかける。
起きる様子のない名前を抱きかかえ、不寝番に声をかけ操舵室を出た。

[ 81/114 ]

[*prev] [next#]


もくじ




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -