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 後のことを警察に任せて、宇都宮邸に招かれたので素直にそれを受けた。
 黒川さんは断固としてついていくと言って聞かず、付き添われたままだ。
 そこで、宇都宮さんから謝罪を受けた。本来マスターキーを紛失したら、すぐにそれを無効にして新しいものを作るのだという。雇った人間を、すぐに報告するように教育できなかった自分の落ち度だと、宇都宮さんは懇切丁寧に謝ってくれた。

「悪いのは悪用した彼らでしょう? 宇都宮さんが気に病む必要はないわ」
「うん、でも安心して暮らしてもらえるようにするのが僕と管理人の仕事なんだ、それを怠ってはいけない」

 彼の言うことの筋は通っているし、落ち度があることを認めてそれを真摯に伝えてくれているのだから、こちらがそれを責めるつもりがなくても、受け入れた方がいいのだろう。

「そういうことなら謝罪は受け入れるし、許すわ。ただ、あの部屋には、ちょっと……もう住みたくないから、代わりに別の部屋を紹介してくれる?」

 深く頭を下げていた宇都宮さんは、ぱっと顔を上げた。

「もちろんだよ! 二つ上の階の真上の部屋はどうだい? 5号室ってやっぱり人気がなくてね。周りに男の一人暮らしの部屋はなくて、女性同士のシェアとか、ファミリーばかりだよ。家賃の変更なし、引っ越し費用も全額こちらで持つよ。管理人はもっとしっかりした人間にする。セキュリティも、最近生体認証を導入できる状態にしたんだ。それを入れるから、前よりは良くなるはずだ」
「……そこまでしてくれるなら、十分よ。ありがとう」
「荷造りもナディアと一緒に手伝うから。……本当に、最悪の事態にならなくて……良かった」

 宇都宮さんは、目頭を押さえて俯いた。
 そこへ、ナディアさんがノックをしてから入ってきた。

「あなた、千歳さんが来ているならお茶をお出ししないと……」
「あぁ……ごめん、気が利かずに」
「千歳さん、こんにちは。あら……? 少し、痩せたかしら。いいえ、痩せたっていうより……」

 部屋に入ってきたナディアさんは、ソファには座らずにわたしの前で屈んで顔を覗きこんできた。

「ちょっと、色々あって。……黒川さん」

 自分の口からは言いにくいし、宇都宮さんもそれは同じだろうし。
 事情を把握している黒川さんに話してもらえばいい。そう思って名前を呼んだ。その意図はきちんと伝わって、黒川さんはひとつ頷いて見せた。

「はい。どこか別室をお借りできますか? 私の方からお話ししておきましょう。その間に、お二人は引越しの段取りを」
「お隣のお部屋に行きましょう。黒川さんはお茶はいかが?」
「お心遣いたいへんありがたいのですが、職務上水分の補給は控えなければならないので、遠慮させてください」
「あぁ、そうだったわね、ごめんなさい」
「いえ」

 二人が部屋を出て行って、入れ代わりで使用人さんがお茶を持ってきてくれた。
 宇都宮さんは近くの棚の引き出しからノートを取り出し、ペンを持つ。

「契約書の作り直しと、業者の手配はこちらでするよ。書斎の鍵以外に何か手は加えてたっけ?」
「いいえ、あれだけよ」
「あれも念のため新しいのにしよう。カードキーと暗証番号方式のままでいいかい?」
「えぇ、そのままで」

 宇都宮さんはわたしの気が回らないところまで細かく気にして、やらなければならないことと日取りを決めてくれた。
 引越しが終わる頃には体調も良くなって、仕事も再開できるだろう。
 打ち合わせが終わってお茶請けのお菓子をいただいていたら、ナディアさんが戻ってきた。目を潤ませて、手をぎゅっと握ってくる。

「千歳さん、怖かったわね……! まさかそんなことになっていたなんて、気がつかなくて……」
「もう大丈夫よ。今は引っ越しについて考えているところなの」
「できることがあれば手伝わせてね、お願いよ」
「えぇ、ありがとう。荷造りの手伝いをお願いするかも」
「ぜひそうして」

 同性であるナディアさんになら、荷造りも頼みやすい。快く引き受けてくれそうなので、素直にお願いすることにした。
 あとは住所が変わるなら住民票を変えなければならないし、そうだ、税務署にも届出をしないと。

「宇都宮さん……」
「うん?」
「住所が変わった時の事業関係の手続き、あなたの顧問税理士さんに依頼できないかしら。費用は気にしないわ、面倒になってしまって……」
「あぁ、それなら話をしておくよ」

 ちょっとお金を出せば面倒な手続きをしなくて済むのだ、使わない手はない。
 引越しについてもわたしは荷造りをするだけでいい。
 それが終われば、ようやく元の生活に戻れる。
 工藤邸まで送ってくれるという宇都宮さんの言葉に甘えて乗ったBMW。後部座席に黒川さんと並んで座った。
 他人がいるからかボディーガードの役割に徹して口を開かないけれど、挙動を気にされているのはわかる。
 今度は味方してくれないだろうなぁなんて思いつつ、窓の外を眺めた。

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