84

 通話状態にしたスマホを耳に当てて、はい、と繋がったことを伝える。
 すると、焦ったような――もっと具体的に言うなら降谷さんに麻薬取引の情報を見られたときのような――藤波さんの声が聞こえてきた。

『今は大丈夫?』
≪えぇ、近くにも誰もいないわ≫

 ドイツ語で伝えてくるのは、盗聴を危惧してだろうか。

『まず、君のストーカーは外国語の音声を訳すようなプログラムは持っていない。だからドイツ語でなら喋っても大丈夫だ』
≪そう……調べてくれたのね≫
『電気料金のことだけで十分だよ。明らかに君が置いたものじゃないカメラはいくつもあるし、そいつらが映像を送っている先のパソコンをハッキングしてみれば君の画像が大量にあるし。犯人の身元が割れたからスマホの契約浚ってみたら、明らかに強要罪になるようなメールが出てくるし。そのスマホに、マイクで常に音を拾って送信するように設定されたアプリも入っているし。……なんで相談してくれなかったのさ』

 拗ねたような声に、顔が綻んでしまう。
 相談しても、迷惑じゃなかったのか。

≪相談したのがバレたらと思うと怖くて≫
『その割に、今は違うところで療養できてるよね?』
≪運よく連れ出してもらえたの≫
『そっか。こっちでできることはある?』

 藤波さんにしてもらいたいこと。
 降谷さんと白河さん、風見の安全の確認だ。
 いくら彼らが来なくなってからカメラが仕掛けられたとわかっていると言えど、心配なものは心配だ。まだ赤井さんに見られているだけならいいけれど、記録として残るのはまずい。

≪念のため、あなたたちが映ったデータがないか確認してくれる? わたしの方は大丈夫、もう少しで解決しそうなの。多分示談になるわ≫
『そこまで見通せてるの? 随分優秀な人間に助けてもらったんだね』

 優秀。それはそうだ、なにせ動いているのは名探偵と呼ばれる工藤新一くんと、現役FBI捜査官の赤井さんだ。
 これはけして言えないことだけれど。

≪……同時に少し探られてもいるから、できるだけ早く離れたいのだけれど≫
『なるほどね。まぁ君の戸籍については今更だよ。そういうことなら、大人しくしておくよ。プリンターだけいい感じに故障させておくね』

 写真の増刷がされないような処置は施してくれるらしい。

≪お願い≫
『……それと』

 声色がとても真剣なものになった。
 雰囲気が変わったことを悟って、相手に伝わらないことを理解していながら表情を引き締める。

『これは降谷さんからの伝言。――"もっと僕を信頼してくれていると思っていた"』

 ずきりと、心臓が痛んだ気がした。
 わたしからの信頼なんて、彼にとっては邪魔なだけだと思っていたから。
 そもそも、連絡なんて取れる状況になかった。藤波さんに一本化してくれと言われていた。

『話は次に会ったらしようってさ。ごめんね、ちょっと後処理で忙しいからまた連絡するよ』

 反論は許されないまま、通話を切られてしまった。


********************


 降谷さんの誤解を解けないまま、ストーカー事件はみるみる解決していった。
 コナンくんと打ち合わせたうえで、宇都宮さんが明らかにわたしでない出入りの形跡について警察に相談。一度わたしに連絡が来て、部屋を調べるから立ち会ってくれという依頼が来た。警察官の声でざわつく廊下に向かいの大学生が"何かあったのか"と出てきて、宇都宮さんの会社からの通報で不法侵入や窃盗の痕跡がないか調べることになったと知らせることができた。
 わたしの不可抗力。相談なんてしていない。ひたすらに怯えるふりをした。
 部屋を調べれば案の定隠しカメラが出てきて、それは誰が仕掛けたものかと調べが進められて。同時にマスターキーに関して調べられれば、管理人さんは数日間紛失してしまっていたこと、気がついたら戻ってきていたこと、そしてそれについて江戸川コナンという少年が調べていたということを、話してくれた。
 参考人としてコナンくんが呼び出されて、カードキーの複製をしたお店を伝えると、警察はすぐに確認に行った。カードキーの複製を依頼したのが406号室の大学生であるとわかり、カメラに残った指紋、そして調べられたパソコンの中に盗撮した映像とそこから切り取った写真が残されていたことから、住居侵入罪を犯したことは確実だとされた。
 突然、ずっと手に持っていた、送りつけられたスマホがメールの着信を知らせた。
 アドレスは406号室の彼が普段使っていると思われるもの。まさか、そんな。

『ばらしたな もうおしまいだ ばらまいてやる ぼくはひとりじゃないんだぞ』
 
 まさか、うそだ。協力者の存在なんて、あるはずが。

「ひ……っ」

 漏れた小さな悲鳴と、床に落ちたスマホの音。そこにいた全員が振り返って、コナンくんはすかさずスマホを拾い上げた。メールを確認して、舌を打つ。
 恐怖で凍りついたわたしの体を、宇都宮さんが支えてくれた。
 406号室の彼が、歪んだ笑みを浮かべる。あぁ、そんな、どうしてここまできて。

「……なんてね。お兄さんのお友達三人、全員確保したって!」
「え……?」

 コナンくんのカミングアウトに、つい先ほどまでとは違う意味で固まった。
 呆然とコナンくんを見つめる人たちの中、一切気にせずにコナンくんはこちらを向く。

「千歳さん、びっくりさせてごめんね。昴さんと毛利のおじさんとで、米花駅前にいたお兄さんの友達を探ってもらっていたんだ。それと、黒川さんっていうボディーガードのお姉さん! 千歳さんの様子が最近おかしかったから、独自で調べてくれてたみたいだよ。それで、手伝ってくれたんだ」

 沖矢さんとコナンくんは彼の友人が協力者であることをメールの履歴で知り、手を打ってくれていたらしい。
 すぐに、彼の友人が連れてこられた。406号室に集められ、わたしは黒川さんに付き添ってもらいながら話を聞いた。
 彼の友人三人は、遊び感覚だったらしい。メールで合図がされたら、米花駅前で写真をばら撒く。それで一人の女の生活が壊れる、写真を見る通行人のいろいろな表情が見られる。それを、楽しみにしていたのだと彼らは言った。
 そんな協力を依頼した当の本人は、本当にわたしに好意を持っていたらしい。沖矢さんの言っていたとおりだった。わたしが愛想よく会釈をしていたことを、彼は好意から表れる笑顔とともに会釈されているのだと受け取っていた。だというのに、話しかけてくることもない。痺れを切らして、今回の暴挙に出た。向かいの部屋に住む自分に相談に来てくれないだろうか、そんな期待をして。
 気味の悪い執着心に付き合えるほど、わたしの心に余裕はない。
 聞いても詮無いことと、やっぱり心には響かなかった。

[BACK/MENU/NEXT]
[しおり]

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -