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 翌朝は、少し遅くなったけれど思いの外すっきり起きられた。ぐっすり眠ることができて、頭も軽くなった気がする。
 アイラインが滲んでいないことを確認して、着替えてから部屋を出た。
 自分の声が聞こえたのでそーっとリビングを覗くと、コナンくんが変声器を使って沖矢さんと会話をしていた。どうやらしばらくあのスマホを放置してもいいように理由を聞かせているらしい。書斎に籠もりきりになるとか、人使いが荒いという文句だとかが盛り込まれている。
 会話を終えたコナンくんは、スマホを箱に戻してこちらに歩いてきた。箱を小脇に抱えて、しー、と静かにするように合図をされる。
 頷いて、ひとまず洗顔しようと洗面所に向かった。一旦アイラインを落としてから洗顔とスキンケアをして、普段よりは控えめにだけれど化粧も施して。見られた顔になったなというところでリビングに戻る。
 コナンくんは箱を置いて戻ってきていた。

「おはようございます。あまりふらつかなくなりましたね」
「千歳さん、おはよう」
「おはよう。そうね、よく眠れたもの。体の調子がいい気がするわ」
「それは良かった。灰原さんが朝食にとスープリゾットを作ってくれていますよ。食べますか?」
「えぇ、いただくわ」

 沖矢さんはコーヒーを淹れながら、コンロに置かれた小鍋を火にかけ始めた。
 完全に眩暈やふらつきがなくなったわけでもないので、きっと手伝いを申し出ても断られてしまうだろう。
 ダイニングテーブルのコナンくんの向かいに座った。

「今日は博士とあちこち出かけて、ボクたちの推理が合っているか確認してくるよ。千歳さんは灰原と昴さんと留守番してて」

 どうやらわたしは出歩かなくてもいいらしい。それも当然か、犯人には沖矢さんの論文の手伝いのために書斎に籠もると伝えている、外を出歩けば疑われるに違いない。同じ理由で、沖矢さんもお留守番なのだろう。

「わかったわ、お願いね。でも、推理って……?」

 "読めてきた"とかなんとか言っていたのは覚えているけれど、裏づけ調査に移れるほどまでとは思っていなかった。

「千歳さん、前に管理人さんが挙動不審の日があったって言っていたよね。その時に管理人さんはマスターカードキーを失くしていて……それを拾った、もしくは盗んだ犯人が、カードキーを複製したんじゃないかと思うんだ。杯戸市まで足を延ばせば、そういう複製を請け負ってくれるところもあるし。まずは盗聴器だけ仕掛けて、千歳さんが長時間外出する日がないかを確認。京都での観光について……話せる範囲でいいから、どういう段取りをしたか教えてくれる?」
「依頼人は仲のいい人で、宿や空港からの移動手段の手配も全部わたしがしたのよ。たしか、宿の手配は電話で……、そう、それで」
「そういうこと。あとは千歳さんが出かけている間にカメラを仕掛けて準備完了。しばらく撮り貯めた写真と一緒にスマホも送りつければいい。電気料金が上がったりとかしなかった? 多分配線を弄って、電気の供給が途切れないようにしているはずだよ」
「……少し高くなったと思っていたわ」
「やっぱりね。そういうことだから、まずは千歳さんのマンションに行って、管理人さんにマスターキーを失くしたことがないか確認してみるよ。それからSNSから犯人の顔写真が入手できてるから、カードキーの複製を請け負っているお店に聞き込みをしてみる」
「……そこからバレたりしないかしら?」
「マンションの管理人さんから依頼されたことにするから、大丈夫だよ」

 とにかくわたしが相談してしまったことはバレないように徹底してくれるようだ。
 沖矢さんがリゾットとフルーツ、麦茶を持ってきて、わたしの前に置いてくれた。
 コナンくんに促されて、手を合わせてからリゾットに手をつける。
 沖矢さんはローテーブルの方で何やら紙に書き込みをしていた。
 食事を終えて、心配要らないからと片づけはさせてもらって。ソファに座るように促されて、大人しく従った。
 手渡された書類にはびっしりと文字が書かれていて、その中のラインマーカーを引かれた部分を浚う。

「さて、ここからは少々難しい話になります。犯人がわかって、確証も得た後どうするかという話です。千歳さんの場合、された行為についてはいわゆるストーカー規制法に定められているものがぴったり当てはまるでしょう。恋愛感情によって、監視していると思わせるような事項を告げること、性的羞恥心を侵害すること……でしょうか」
「……そうね」
「ですが、この場合は適用範囲外なんです。この法律は主に交際・婚姻関係にあった人間や、親族と密接な関係にある人間からの行為にしか適用されません」

 とん、と長い指がその部分を叩いて示した。

「そうなの……。どうにもできないってこと?」
「盗撮・盗聴については難しいでしょうが、"裸体の写真をばら撒く"といった内容は名誉を害する旨を告知する脅迫罪に該当……そして引っ越しという千歳さんが法律上許されている権利の行使を妨害していますから、強要罪に当てはめることもできるでしょう。専門家ではないのでこの程度の不確かな説明しかできませんが」

 理系で日本の法律にもそこまで明るくはないだろうに、ここまで調べてくれたらしい。
 とはいえ、されている行為が脅迫罪か強要罪になるとわかったのは大きかった。

「いいわ、十分。警察に相談さえできれば、解決できそうなのね」
「えぇ、そこが鬼門になりますが。そこで、千歳さんが持ってきた部屋のロックの解除履歴です。住居侵入があったことを相談し、その結果部屋に何かされていないか調べてもらうのがいいんじゃないかと思います。当然、千歳さんからではなくセキュリティシステムを管理している宇都宮さんの会社からがいいでしょう」

 わたしのまったく関知しないところで、宇都宮さんが不審なロックの解除に気がついて警察に相談した。結果、隠しカメラが出てくれば、そこから芋蔓式に犯した罪を暴くことができる。そういうシナリオにすればいいということか。

「……なるほど」
「宇都宮さんと親しいなら、明らかに出張してるのに部屋が開けられてる、って疑問に思ってもおかしくないしね。実は光莉ちゃんとは連絡先を交換してるんだ。博士の家に遊びに来てもらって、宇都宮さんへの手紙を預かってもらおうよ」
「!」

 まさか、光莉ちゃんとの繋がりを持っていたなんて。
 博士の家は哀ちゃんの家でもあるから、女の子同士で遊ぶために呼んだとしても違和感はない。

「……解決、できそうなのね。ほんとうに……」

 どうしたらいいかわからなかった。
 相談しようにも、バレてしまわないかと不安で。食事も睡眠もままならなくなって、余計に考えることができなくなって。
 もしも脅迫の通りに、写真をばら撒かれてしまったら。――きっと、情報提供のメリットより、顔の知られたわたしと関わるリスクの方が大きくなる。
 本当の身分証を預けたまま、コンタクトすら取れなくなってしまったら。

「千歳さん?」
「!」

 膝の上で握った手に落ちていた視線を、ゆっくりと上げた。
 コナンくんが握りしめた手を解くように、手のひらに指を挿し入れてくる。覗き込んでくる顔は、心底心配そうだ。

「顔色悪いよ? 灰原もまだ来ないし、もう少し寝てきた方がいいんじゃないかな」
「……そうね、そうするわ」

 コナンくんの頭を撫でて、ゆるりと口角を上げて見せた。変わらず心配そうな顔をするコナンくんにどうすることもできず、ソファから立ち上がる。光のちらつく視界には、とうに慣れていた。
 探るような視線が浴びせられている。
 ――沖矢さんの顔は、見られなかった。

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