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 入浴剤入りの湯船でゆっくり温まって、お風呂上がりにはボディミルクできちんと全身の保湿をして。久しぶりにリラックスしながらボディケアができたと思う。誰に見られることもなく、その心配もする必要がないことが、とても快適だった。
 哀ちゃんが次にお風呂に入ると言っていたので一声かけて、洗面所でスキンケアをし、借りたドライヤーで髪を乾かして、歯を磨いた。
 鏡を見て、少し悩んで、アイラインだけ薄く引いておく。降谷さんにも"一瞬別人かと思った"と言われるぐらいに、いつも引いている吊り目ラインは雰囲気を変えてくれるらしいからだ。
 相変わらず隈はひどいけれど、それは隠さなくてもいいだろう。眠れていないことはこの家にいる人たちは知っているのだから。
 リビングに戻ると食事をしていた沖矢さんが気がついて、"ハーブティーはいかがですか"と声をかけてくれた。ダイニングテーブルでは博士も食事をしていて、挨拶をして少しだけ雑談をした。
 お言葉に甘えて淹れてもらったハーブティーを、ソファに座って香りを楽しみながら飲む。コナンくんは、ダイニングで沖矢さんと何やら相談していた様子だった。
 そうしているうちに哀ちゃんが戻ってきて、わたしに近づくとすんすんと匂いをかいだ。

「いい香りね。バラかしら?」
「ボディミルクの匂いね。久々につけたの」
「あの家じゃつけられなかったでしょうね。ねぇ、少し分けて」
「ローズとバニラがあるけど、どっちがいい?」
「バニラもあるの? そっちの方が気になるわ」

 哀ちゃんの希望でバニラの香りがするボディミルクを分けてあげた。小学生だと乾燥はあまり気にならなかったと思うけれど、哀ちゃんは中身は十八歳の女の子なのだし、こういうおしゃれも気になるのだろう。
 肘や踵といった乾燥しやすい場所と、首筋につけて満足したようだった。
 手のひらに残った匂いを楽しんで、哀ちゃんは顔を綻ばせる。

「うん、いい香りね。千歳さん、今回のお礼はこれがいいわ」

 今回のお礼。助けてくれようとしている、この件について?

「こんなのでいいの?」
「こっちが当然のことをしているつもりでも、千歳さんは気にしてしまうでしょう? あの時の請求は、もっと考えてからにして。今回は、私の欲しいものをちょうだい」
「……わかったわ。解決したら、プレゼントするわね」
「えぇ」

 ふと気がつくと、博士がにこにこしながらこちらを見ていた。沖矢さんとコナンくんにも、何か微笑ましいものを見るような目で見られている。
 哀ちゃんもそれに気がついて、三人をじとっとした目で見た。

「……何よ」
「哀君がはしゃいでいるのを見るのが嬉しいだけじゃよ」
「は、はしゃいでないわよ。江戸川君もあなたも見なくていいから!」

 少なからずはしゃいだ自覚はあったらしい。
 頬を染めてぷいとそっぽを向く哀ちゃんに対して、コナンくんは苦笑した。

「悪かったよ。千歳さん、ボクは来月発売の推理小説がいいなぁ!」
「詳しくないから、一緒に書店に行ってちょうだいね」
「では僕はウイスキーを」
「それも詳しくないのよね。いろいろ種類があるでしょう?」
「えぇ。千歳さんはどんな名前をご存じですか?」

 突然、尋問めいたものが始まった気がする。
 ウイスキーについて訊いてくるのは、未だに組織のことを知っているのではないかと考えているからではないだろうか。
 既にコナンくんと知り合いで、わたしに関して知っている情報の交換を終えているというのなら、わたしが怯える哀ちゃんを博士の控室に送り届けたことも知っているに違いない。今日だって、哀ちゃんをカメラの死角となる玄関に残すことについて、わたしは何も訊かなかった。
 あぁだめだ、バーボンとかスコッチとかライしか浮かばない。そうだ、バーボンは赤井さんが飲んでいた。エドも好きなウイスキーがあると教えてくれて、そうだ、フィンチだ。

「そうね……バーボンとか? 前に一緒に飲んだ人が頼んでいたわ。あとは、ドイツ人の知り合いがフィンチが好きって言っていたわね」

 心なしか張りつめていた糸が緩んだ気がする。
 赤井さんはわたしよりもずっと記憶力がいいはずだから、自分が初めて会った日にわたしの目の前でバーボンを頼んだことを覚えているはずだ。そして、ドイツ人の知り合いについても事実なのだから問題はない。

「フィンチ・ハイランド・ウイスキーですね。国際的にも評価の高いドイツ産の」
「そうそう、そんな名前だったわ。それにする?」
「……えぇ、僕もバーボンが好きなんですが、そちらを試してみるのも良さそうだ」
「取り寄せておくわね」

 哀ちゃんの気遣いをトラップに変えてくるとは、この二人も恐ろしい。
 ちょうどハーブティーも飲み終わったし、さっさと寝るに限る。体がぽかぽかして眠たくなってきた。

「そろそろ休ませてもらうわね。体も温まったし」
「カップは洗うので置いておいてください。冷えないうちにベッドへどうぞ」
「……ありがとう」

 就寝の挨拶をして、ポーチを持ってリビングを出た。洗濯は哀ちゃんが博士の家でしてくれると言うので、バスケットに入れてそのまま。至れり尽くせりで、これはお礼は望まれたものに何かプラスしないとと思ってしまう。哀ちゃんに好かれているのはとてもうれしい。
 コナンくんについては、ストーカーからわたしを助けようとしてくれていることは事実だけれど、同時に探られてもいると思う。沖矢さんは哀ちゃんの身辺警護以外はほとんど暇になったのだ、わたしに関しても調べているかもしれない。
 とはいえ、自分のことに関してはぐらかすのはそう精神を削られることではない。これについての対処は後回しにしようと考えて、与えられた部屋の鍵をかけた。

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