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リビングに戻ってきた沖矢さんとコナンくんは、わたしと哀ちゃんが座るソファの向かいに腰を下ろした。
「どうでしたか」
「気持ち悪い盗撮写真ばかりよ。リビングでの写真はまだいいけど……寝室と脱衣所でのものは、言わなくてもわかるわね?」
それだけで何を撮られたのか察せられてしまうことが恥ずかしくて、膝の上で握った手に視線を落とした。
「……そうですか。メールは見ましたが、酷いものですね。誰かに相談をしても、逃げても、カメラの死角で生活しても、カメラそのものを壊しても……それらをばら撒くという内容でした。おそらくは千歳さんが体調を崩してから……"大丈夫か"と気にかけるようなメールも来ていましたが」
「追い打ちをかけるようなものね。何とかならないの」
「カメラをハッキングすることは可能ですが、気づかれれば千歳さんが誰かに相談したと見なされてしまうでしょう。できれば犯人を突き止めたうえで対処したいところです」
「どこから手をつけるかだよね……」
「……もどかしいわね」
バッグから宇都宮さんにもらった部屋のロックの解除履歴を取り出して、机の上に広げた。
ほとんど蛍光ペンで塗り潰されたそれを、三人は興味深げに覗き込む。
「これは?」
「マンションのオーナー……コナンくんと哀ちゃんは知ってるわね、宇都宮貴彦さんが、自分の会社のセキュリティシステムをマンションによく試験導入していて。エントランスと地下駐車場、エレベーターと階段の入り口、それと部屋のロックは、今はカードキーで開けられるようになってるの。その解除の履歴も記録されていて……宇都宮さんにお願いして、それをもらっていつカメラが仕掛けられたのか確かめていたの。緑の線が、仕事で出かけたとき。ピンクが、私用で出かけた記憶があるとき。それで、ここなんだけれど……」
蛍光ペンの一切塗られていないところを指差す。
数日間にわたり、毎日のように開けられた記録が残っていた。
「この期間は泊まり込みで京都に行って観光の通訳をしていたことが確実なの」
「カメラを仕掛けるのに、最適な状況が整っていたというわけですか……」
この日より少し前から、白河さんたちは来なくなっていた。だから、迷惑はかかっていないはずだ。
「でも、住人が持っているカードキーで全部の部屋を開けられるわけじゃないよね?」
「えぇ。わたしが持っているこのカードキーで開けられる部屋は、わたしが住んでいる405号室だけ。このカードキーも一枚しかない。他に開けられるとすれば、管理人さんが持っているマスターキーだけれど……。あの人は機械にめっぽう弱くて、盗聴用のアプリを入れたり、アドレスの偽装したりだなんてとてもできそうにないわ」
「盗まれたっていう可能性は? 管理人さんの様子がおかしかったとか、何か記憶にない?」
「様子がおかしかったこと……」
何か、あった気がする。
スターリング捜査官が部屋に来て、赤井さんが亡くなる前に様子がおかしかったことはないかと質問されて、"何もない"と答えて……。それから買い物をして、いつもどおりにポストを見ようとエントランスに寄って。
「エントランスにいた管理人さんに会ったら……驚かれた日があったわ。わたしが不規則に出かけているのは知っているはずなのに、挨拶をしたら驚かれて。たしか、"ダイレクトメールを捨てられるように箱を置こうと思って、エントランスを眺めて考えていた"、って……」
コナンくんが手を口元に当てて考え始めた。
沖矢さんも膝の上で組んだ手に顎を載せて、思考し始める。
「千歳さん、少し時系列を整理しても?」
「え? えぇ……」
「管理人の様子がおかしかったのは、京都での仕事より前ですよね」
「そうよ」
「その後、おそらくは千歳さんの部屋の様子を撮り貯めて、ある日まとめてポストに入れてきた」
「そう、ね」
「……コナン君」
「うん、読めてきたよ」
いったい何が。首を傾げるわたしを余所に、コナンくんと沖矢さんはアイコンタクトをして頷き合い、何やら完結してしまった。
そして、沖矢さんは組んだ手を解いてまっすぐに座り直す。
「千歳さん、ご両親は? 相談できそうですか?」
浮かぶのは実の両親の顔だけれど、連絡など取れようはずもない。
それに、この世界でのわたしの戸籍情報には、父母は不明と書かれている。
「家族はいないの」
「失礼ですが、恋人は」
いれば、少しは頼ることができただろうか。けれど、別れることを前提に付き合うだなんて、風見に友人になってもらうことより酷だ。
「……いない」
「このことを相談できるご友人は」
白河さんと風見の顔がちらついたけれど、二人は今大忙しだ。
わたしなんかのことで、余所見をさせたくない。
「……今は忙しいみたいで、連絡も取れそうになくて」
沖矢さん――否、赤井さん――の口から漏れた深い溜め息が、心細さをより強めた気がした。
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